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第四章その7 ~急転直下!~ 始まりの高千穂研究所編

兎の目が赤いのは、恋しくて泣いてるから

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「いかんな、完全に盲点だった」

 筑波は腕組みし、行ったり来たりしながらぶつくさ言い始めた。

「祭神達から聞き出した記録によると、他の6体の祭神と違い、テンペストだけが早々にディアヌスに倒されていた。つまりニセモノ…………精巧に作った身代わりだったんだ」

「だからテンペストは高千穂から出てない。身代わりを破れさせ、自分は死んだと見せかけてたんですね」

「そうだな。そしてもしテンペストの協力が得られれば……」

「不安定だった震天も完成……砲撃にも間に合うかもしれませんね」

「そうだ! その通りだ!」

 筑波はびしりと人差し指を誠に向けた。

「だが問題もある。テンペスト本人に出る意思が無ければ、簡単に回収出来ないだろう。ディアヌス程ではないにしろ、そもそもが強いんだからな」

 そこで誠の左手の甲の、直径数センチ程の青い細胞片が輝いた。

 第5船団の祭神ガレオンの体を培養・移植したものだが、だからこそ遠く離れていても、ガレオンの思念を受け取れるのだ。

 逆鱗げきりんと呼ばれるそれを明滅させ、低く理知的な声でガレオンは言った。

「聞こえるか、ナルセ」

「ガレオン? 大丈夫、聞こえてる」

 誠が答えると、脳内にサファイアブルーの巨体のイメージが現れた。座して壁にもたれるガレオンは、西欧の騎士鎧を刺々しくさせたような形状フォルムである。

 ……今思えばその鎧のような質感は、魔王ディアヌスのものとよく似ていた。

「ナルセよ、テンペストは私が説得しよう。ディアヌスに勝てるのなら、我々にデメリットは無いはず。それに私なら、高千穂研で彼の位置も感じ取れる」

「分かった、それじゃすぐ向かおう!」

 誠は興奮気味に答えたが、そこで背後から聞き慣れた声がかかった。

「……待て黒鷹。今の高千穂は厄介だぞ?」

 振り返ると、そこには見上げるような長身の女性が。つまり、言わずと知れた岩凪姫が立っていた。

 この破天荒な冒険が始まってから今まで、誠達の日本奪還を見守り続けた存在である。

「え、確か富士山にいたんじゃ……」

「これは分け身わけみ、伝言用の分霊ぶんれいだ。私の本体は富士にいる」

 女神は頷くと、手短に用件を伝え始める。

「それより今は高千穂だ。列島に大地の気が溢れ始めた今、あそこは力の溜まり場になっている。最初にディアヌス復活のための強力な術が使われたからな。力場がひずみ、エネルギーを引き寄せやすいのだろう」

「入れないって事ですか?」

「……いや、普通ならばだ」

 岩凪姫は腕組みし、目を閉じて答えた。

「現在の高千穂は、強い創世のエネルギーに満ちている。並の人間ではたちまち不調をきたすし、逆に霊力メインの存在でも駄目だ。私や鶴、あの闇の神人だって同じ事だし……つまり今現在、入れるのはお前とカノンぐらいのものだ」

 そこで女神が手をかざすと、カノンが姿を現した。見慣れたパイロットスーツに着替えたカノンは、普段よりかなりおどおどしている。

「黒鷹よ。お前は我が神器の太刀を宿しているし、一定時間なら保護できよう。ただし、耐えられる事とダメージが無い事は違う。今後体には更なる不調をきたす可能性もある」

「俺はしょうがないです。けどカノンも? カノンはどうして入れるんです?」

「……それについては、今は聞くな。私からは、今は言えない」

「……分かりました。あなたがそうおっしゃるなら」

 誠は素直に納得した。この女神がそう言うのなら、聞かない方がいいのだろう。

 最初に四国で会った時は、随分ひどい事を言って疑ったのに、今は不思議と彼女を信じる気持ちになっていたのだ。

「それならすぐに行くがいい。言うまでもないが危険な道のり。長時間過ごせば、魂が取り込まれるやもしれん。時間との勝負だぞ?」

「了解しました。カノン、行くぞ!」

 カノンは無言で頷くと、岩凪姫に頭を下げた。やけに丁寧な一礼で、まるで今生の別れのようだ。



 ともかく2人は白い人型重機・心神に乗り込んだ。

 誠は起動準備を進めていくが、後ろの補助席にいるカノンが、妙にもぞもぞ動いている。

 振り返ると、しきりとパイロットスーツの腰を気にして、手で引っ張っているようだ。

「どうしたカノン?」

「えっ?」

 カノンはびくっとなって、それから赤い顔で答えた。

「……す、座るとちょっと……生地が突っ張るみたい。お尻、大きくなったのかな……?」

「いや、別に見た目太ってないもん。背が伸びたんだろ?」

「たぶん…………」

 カノンは口を開きかけたが、そのままじっと誠を見つめる。瞳はウサギのように赤いし、頬も桜色に染まっていた。

 誠は先のカノンの言葉を思い出した。

『大好き……!』

 そう言われ、強く抱き締められた記憶が蘇る。

「……そっ、それじゃ行くから……!」

 誠はどぎまぎして視線を前に戻した。

 機体を起動させ、格納庫から外に踏み出していく。



 同じ頃、例の鬼神族の本堂である。

「……ご苦労だった。有意義な報せだ」

 配下の報告を受け、五老鬼で最も小柄な1人……確か金羅かならが、満足げに笑みを浮かべた。

「……運は最後に味方したな。今の高千穂では魔法は使えん。自由に戦えるのは、強い肉体を持つ鬼神族われわれだけだ」

 金羅は配下の鬼に言った。

「再び転移の呪法具を授ける。こうなれば、せめてあの人族の勇者だけでも討ち果たせ。それのみが我ら鬼神族の面子を保つ道である」
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