上 下
61 / 110
第四章その6 ~いざ勝負!~ VS闇の神人編

女神への当てつけ

しおりを挟む
 ほぼ同時刻。

 女神・木花佐久夜姫このはなさくやひめは、霊峰れいほう富士のいただきに浮かんでいた。

 全身を白く清らかな……しかし膨大な霊気で包み、髪や着衣がゆっくりと揺らめいている。

 山全体の力が女神に宿り、また女神の力が山麓さんろくに駆け巡っていく。ぐるぐる巡る凄まじい霊気の循環は、時を重ねる事に激しさを増していった。

 この霊気で結界を張り、ディアヌスを縛るのが目的であるが、当の佐久夜姫さくやひめは、眼前に映し出される映像に気を取られていた。

「あれって、もしかして……」

 佐久夜姫の言葉に、傍らに立つ岩凪姫が答えた。

天之破魔弓あめのはまゆみ……あからさまな当て付けだな。私の術を真似ているのだ」

 岩凪姫は眉間に少し皺を寄せた。

「恐ろしい弟子に育ったものだ。本来なら、私がこの手で倒すべきなのだろうが……」

「あの邪気の中で、清浄な神々わたしたちでは長く動けないわ」

 佐久夜姫はそう言って首を振った。

 清い気の中で邪神が長く居られないように、邪気に溢れた現世では、善なる神々が長時間戦う事は難しい。

「あの子達を信じましょう。そう決めたんでしょう?」

 佐久夜姫の言葉に、姉神あねは静かに頷くのだった。



「凄く濃い邪気を練ってきたね。まるで邪気の溶岩みたいだ」

 雲上に浮かぶ闇の神人を見据え、狛犬のコマは感想を述べた。

 今は子犬ぐらいの大きさになったコマは、鶴の肩に乗って後ろ足で立っている。

 偵察がてら、遠間とおまからこっそり相手を覗き見た鶴とコマは、見つからないうちに雲の中へと身を隠した。

「あれだけ濃い邪気なら、もう触手みたいなもんだ。いくら気の海に潜っても、触られた時点でバレちゃうよ」

 コマは困ったように言うが、鶴は首を振った。

「でもコマ、濃いおかげで逆にバッチリ見えるわ。目をつぶっていても邪気の動きが分かるわよ」

「なんだかえらく前向きだね」

 コマは珍しく感心している。

 この隙にもっと感心させるべく話を盛っても良かったのだが、今はそれどころではない。

 鶴はそっと胸の前で手を合わせると、半透明の立体地図を表示させた。

 いつもお馴染み、敵の動きを映し出す道和多志みちわたし大鏡おおかがみであるが、その半透明の地図上に、敵の邪気の広がりがくっきりと示されている。

 大量の黒い邪気が、とろみのある液体のように広がって、山肌を駆け下り、またのぼっていく。くまなく地形を撫で回し、雲下に潜む者を探しているのだ。

 そこで何かの気配を感じ取ったのか、黒いエネルギーの矢が、天下る龍のように駆け下りていく。そのまま大地に炸裂し、周囲一帯の木々を溶け崩れさせた。

 コマは警戒しつつ感想を述べた。

「凄い威力だな。天之破魔弓あめのはまゆみを真似てるんだ。見つかったら避けるしかないけど……たぶん、そんな何回も避けられないよ」

 鶴もその威力は想像がつく。

 大威力の邪気を、矢のように、流星のように鋭く放つ技。

 恐ろしく速く、かつある程度目標を追尾するため、極めて厄介な攻撃だ。

 本来なら警戒すべき事態なのであろうが、鶴は自分でも怒りが沸いてくるのを感じた。

「……前に習ったわ、ナギっぺの技よね」

 ぎゅっと強く拳を握り締め、鶴は呟く。

「……なんでかな。なんだかちょっと、腹が立つわ……!」
しおりを挟む

処理中です...