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第四章その5 ~さあ反撃だ!~ やる気満々、決戦準備編
聖夜には牛と踊ろう
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決戦を控え、第3船団の旗艦・武蔵の司令部は、すったもんだがようやく終わった。
侵攻中のディアヌスは、明日の朝には日本アルプス南端を通過し、そこで足止めの少数精鋭部隊が戦闘を仕掛ける予定だ。
ディアヌスを待ち伏せすると見せかけ、実際は闇の神人を攻略するためである。
遠い間合いからこちらの戦力・動きを全て感知するあの鳳天音を倒さぬ限り、旧富士市一帯におけるディアヌス攻略戦が成功する事は無いからだ。
最後の決戦に備え、兵員達は交代で休憩を取っており、あれほど騒がしかった司令部は、嵐の前の静けさといった印象だった。
「……それにしても、寒くなったわね」
制服ジャケットの腕をこすり、軽く足踏みをしながら、雪菜は独り言のように呟いた。
元は艦内の大型格納庫であるため、この対ディアヌス臨時特別司令部は、暖房の効きが悪いのである。
「そりゃまあ、そろそろ冬だからねえ」
傍らに腰掛け、モニターを見つめていたヒカリは、そう言って頭の後ろで手を組んだ。
簡素なオフィスチェアは、とにかく数を揃えるためにかき集められたのだろう。彼女がパワフルに動く度、椅子はギシギシしわがれた悲鳴を上げていた。
今は珍しく真面目な顔のヒカリは、黙っていれば文句なしに利巧そうなのに、口を開けば一気に親しみやすい印象に変わるのだ。
「ボクはよく分からないけど、モテる2人はラブい冬物語があるんだろう? 折角の機会だ、いっちょボクに話してごらんよ。ほらつかさ、何をグズグズしているんだ!」
「言えるかっ! ってか、言うような事あるかよ……」
軍用の制服ジャケットに身を包み、頭に赤いバンダナを被った青年・赤穂士はそう言った。
名前の由来は彼の祖父だという。
息子夫婦から名付けを頼まれ、酒を片手に一日中うなった挙句、『士浪だ、いい名前だろう』と電子メールを送った。
しかし実際には、誤表記からの消し間違いで『士』だけになってしまい、酔っていたのもあってそのまま送ってしまった。
畜産業を始めた頃に多大な援助をもらっていたので、両親は「最高ですお父さん!」と返信し、結局彼は『士』となったのだ。
名前を見た人は「えっ、赤穂浪士!? あっ、いや、赤穂……士?」と戸惑うので、いちいち説明の手間がいるのだ。
そんな生まれながらに苦労人の彼は、バンダナの頭を掻きながら気まずそうに言った。
「そもそもうちは、混乱が始まる高1までずっと畜産だったからな。クリスマスも牛が恋人だよ」
なかなかの男前なのに、つかさは辛気臭いことを言う。
ヒカリは椅子をギシつかせながら、楽しそうに半回転した。
「いいねえつかさ、モテない男子はボク大好きだよ。見てて安心するからね」
「どういう意味だっ、ほっとけよ」
つかさは眉をひそめるが、彼は根本的に優しいので、あまり激しく怒る事はない。それを知り尽くしているため、ヒカリはなおも調子に乗った。
「同じ隊のよしみだ、寂しいならいつでも呼んでくれたまえ。ボクも一応乙女だから、デートと言えば格好はつくし」
「中身もねえのに、2人して見栄張ってどうすんだよっ」
つかさは嘘が苦手なので、そういう見栄も張らないらしい。再びバンダナに手をやりながら、雪菜とヒカリを見て言った。
「……てか2人とも、ここはいいから先に寝とけよ。戦いになったら休めないだろ」
「つかさは寝ないの?」
雪菜が尋ねると、彼は腕組みして目を閉じた。
「俺はなんだかんだ言って、家畜の出産とかで徹夜は慣れてる。けど女はあれだ、夜更かしはお肌が荒れるだろ?」
「ほら見た事か、結局ボクを乙女扱いしてるじゃないか。全く素直じゃないんだから、惚れてるならそう言えばいいのに」
「うるせえこのボケッ、いいから寝ろっ!」
つかさは怒鳴り、それから少し間をおいて言った。
「……お前は昔から落ち着き無いからな。頼むからじっとしてろよ?」
つかさに念を押され、ヒカルは肩をすくめて立ち上がった。
「仕方ない雪菜、ボク達レデーはお肌を労わろう」
「……そ、そうね、寝るのも仕事よね」
レデー?と戸惑いながらも雪菜は頷いた。
「多分これから、何もかもぶっ通しになるものね……」
侵攻中のディアヌスは、明日の朝には日本アルプス南端を通過し、そこで足止めの少数精鋭部隊が戦闘を仕掛ける予定だ。
ディアヌスを待ち伏せすると見せかけ、実際は闇の神人を攻略するためである。
遠い間合いからこちらの戦力・動きを全て感知するあの鳳天音を倒さぬ限り、旧富士市一帯におけるディアヌス攻略戦が成功する事は無いからだ。
最後の決戦に備え、兵員達は交代で休憩を取っており、あれほど騒がしかった司令部は、嵐の前の静けさといった印象だった。
「……それにしても、寒くなったわね」
制服ジャケットの腕をこすり、軽く足踏みをしながら、雪菜は独り言のように呟いた。
元は艦内の大型格納庫であるため、この対ディアヌス臨時特別司令部は、暖房の効きが悪いのである。
「そりゃまあ、そろそろ冬だからねえ」
傍らに腰掛け、モニターを見つめていたヒカリは、そう言って頭の後ろで手を組んだ。
簡素なオフィスチェアは、とにかく数を揃えるためにかき集められたのだろう。彼女がパワフルに動く度、椅子はギシギシしわがれた悲鳴を上げていた。
今は珍しく真面目な顔のヒカリは、黙っていれば文句なしに利巧そうなのに、口を開けば一気に親しみやすい印象に変わるのだ。
「ボクはよく分からないけど、モテる2人はラブい冬物語があるんだろう? 折角の機会だ、いっちょボクに話してごらんよ。ほらつかさ、何をグズグズしているんだ!」
「言えるかっ! ってか、言うような事あるかよ……」
軍用の制服ジャケットに身を包み、頭に赤いバンダナを被った青年・赤穂士はそう言った。
名前の由来は彼の祖父だという。
息子夫婦から名付けを頼まれ、酒を片手に一日中うなった挙句、『士浪だ、いい名前だろう』と電子メールを送った。
しかし実際には、誤表記からの消し間違いで『士』だけになってしまい、酔っていたのもあってそのまま送ってしまった。
畜産業を始めた頃に多大な援助をもらっていたので、両親は「最高ですお父さん!」と返信し、結局彼は『士』となったのだ。
名前を見た人は「えっ、赤穂浪士!? あっ、いや、赤穂……士?」と戸惑うので、いちいち説明の手間がいるのだ。
そんな生まれながらに苦労人の彼は、バンダナの頭を掻きながら気まずそうに言った。
「そもそもうちは、混乱が始まる高1までずっと畜産だったからな。クリスマスも牛が恋人だよ」
なかなかの男前なのに、つかさは辛気臭いことを言う。
ヒカリは椅子をギシつかせながら、楽しそうに半回転した。
「いいねえつかさ、モテない男子はボク大好きだよ。見てて安心するからね」
「どういう意味だっ、ほっとけよ」
つかさは眉をひそめるが、彼は根本的に優しいので、あまり激しく怒る事はない。それを知り尽くしているため、ヒカリはなおも調子に乗った。
「同じ隊のよしみだ、寂しいならいつでも呼んでくれたまえ。ボクも一応乙女だから、デートと言えば格好はつくし」
「中身もねえのに、2人して見栄張ってどうすんだよっ」
つかさは嘘が苦手なので、そういう見栄も張らないらしい。再びバンダナに手をやりながら、雪菜とヒカリを見て言った。
「……てか2人とも、ここはいいから先に寝とけよ。戦いになったら休めないだろ」
「つかさは寝ないの?」
雪菜が尋ねると、彼は腕組みして目を閉じた。
「俺はなんだかんだ言って、家畜の出産とかで徹夜は慣れてる。けど女はあれだ、夜更かしはお肌が荒れるだろ?」
「ほら見た事か、結局ボクを乙女扱いしてるじゃないか。全く素直じゃないんだから、惚れてるならそう言えばいいのに」
「うるせえこのボケッ、いいから寝ろっ!」
つかさは怒鳴り、それから少し間をおいて言った。
「……お前は昔から落ち着き無いからな。頼むからじっとしてろよ?」
つかさに念を押され、ヒカルは肩をすくめて立ち上がった。
「仕方ない雪菜、ボク達レデーはお肌を労わろう」
「……そ、そうね、寝るのも仕事よね」
レデー?と戸惑いながらも雪菜は頷いた。
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