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第四章その4 ~守り切れ!~ 三浦半島防衛編

すんごいお仕置き。内容が気になる

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「ただいまみんな、私よ!」

 ボロボロの格納庫に、少女の明るい声が響く。

 やがて照明をさえぎり、宙に巨大なものが飛んだ。たてがみと尾をなびかせた、象ほどもある巨大な獅子……いや狛犬だ。

 狛犬は着地し、とどろくような大声で咆えた。鬼達は迫力に押され、たじろいで後ずさっていく。

 その狛犬の背に立つのは、あの鎧姿の姫君である。八百万の神々に選ばれ、地上を魔の軍勢から奪い返すべく差し向けられた、大祝鶴姫おおほうりつるひめその人だった。

 鶴は誠の機体を見つけると、元気良く手を振った。

「黒鷹、おかえりなさい!」

「そっちこそ、ヒメ子!」

 誠が答えると、ようやくカノンの腕が誠から離れた。これで動きやすくなったし、これなら負ける要素はない。

「ど、どうしてあたしの殲滅呪詛が……」

 刹鬼姫が混乱しているので、鶴はびしっと彼女を指差して言った。

「どうもこうもないわ、私がやったの! 霊力で禁じたから、害のある術は使えないわよ!」

 出された攻撃に対処するのではなく、魔法の発動を禁じる。最初から術を編み込めないよう押さえ込む。

 余程の実力差が無ければ無理だろうし、刹鬼姫もそれは分かっているようだった。

高天原たかまがはらの神人め……くそっ、あの天音あまねにやられたはずでは……!」

 悔しげに鶴を見上げる刹鬼姫だったが、そこで格納庫に残りの鬼が駆け込んできた。倒れた仲間を分担してかつぎ、先頭には小柄な紫蓮が見える。

「こりゃいかん、反魂の魔法陣が消えたぞ! 人の鎧がどんどんやってくる!」

 焦る紫蓮達の後ろから、長い黒髪をうなじで縛った長身の女性、つまり鳳が姿を見せた。

 そして地響きを上げて格納庫に踏み込むのは、いかにも個性的な武装が目立つ、関東のエースパイロット専用機だった。

「個性の塊・春日部隊、到着~! いやあ、割と余裕だったよ?」

 ド派手なカラーリングの機体が言うと、紺色の機体がゲンコツを頭に落とした。

「バカ言わないのよひかる、いつもそうやって……ちょっと!?」

 彼女はなおも小言を言おうとしたが、外部拡声器スピーカーから「納豆最高~♪」と歌声が聞こえてきたので、慌てて拡声器を切ったようだ。

 代わりに金色に塗られた機体が、誠の方に語りかけてくる。

「その機体、てことは不死身の誠か!? 俺だよ、ダルマの翔馬だよ!」

「不死身かどうか知らないけど、一応合ってる」

 誠が答えると、モニターにいっぺんに皆の顔が表示された。

龍恋たつこ、ひかるに翔馬…………弥太郎っ、みんなも生きてたのか」

 誠が言うと、彼らは一気に言い返してくる。

「言ってらあこいつ!」

「あなたが倒れてたんでしょうがっ!」

「何ださっきの間は!」

 一斉に文句を言うが、みんなとても嬉しそうだ。

「うんうん、すんばらしいわ。楽しそうで何よりね」

 賑やかな雰囲気が嬉しいのか、鶴は調子にのって再び刹鬼姫を指差す。

「つまるところあなたの負けよ。大人しく鶴ちゃんのお縄につきなさい。降伏したら割とすんごいお仕置きはするけど、命までは取らないわ」

「くそっ、くそっ……! 何でいつもこんな事に……あいつのせいだ! あいつが全て原因なのだ!」

 刹鬼姫は最早悔し涙を浮かべていた。

「言い残す事はそれだけね。それじゃ早速捕まえるわよ。術で滅茶苦茶に縛って、巻き寿司セットにしてくれるわ」

 鶴がコマの背から飛び降り、鬼達に歩み寄っていく。だがそこで、刹鬼姫は不敵に笑った。

「……確かにあたしらの負けだ。負けだが……貴様等の世話にはならん……!」

 刹鬼姫は身をかがめると、大きく跳んで鶴から距離をとった。他の鬼達も彼女の傍に着地する。

(……何か最後の悪あがきでもするのか?)

 誠が警戒していると、刹鬼姫は左手を前に差し出した。手首には腕輪らしきものが付いており、見る間に光を帯びていく。

「無駄よ、さっきも言ったじゃない。危ない術は使えないわよ?」

 鶴が言うと、刹鬼姫は牙を剥き出して笑った。

「バカめ、これは転移の腕輪……定めた場所に戻る秘宝だ。貴重な呪法具じゅほうぐだが、ここで使わせてもらう」

 刹鬼姫は、そして他の鬼達は、一斉に光に包まれた。

「さらばだ、高天原の神人よ! そして人間ども、この借りは必ず返すぞ!」

 それだけ言い残すと、鬼達は唐突にその場から消えたのだ。

 まんまと逃げられたわけだが、鶴はすぐに機嫌を直した。

「逃げたのは残念だけど、流石は私だわ。戻ってすぐに大勝利ね」

「また君はすぐ調子に乗るなあ」

 子犬ぐらいに縮んだコマが、鶴の肩に飛び乗りつつツッコミを入れるが、鶴はそこで不思議そうに呟いた。

「……でもあれ、本当に逃げるための道具かしらね?」

「どういう事だ?」

 誠が機体から降りながら尋ねると、鶴は首をかしげて答える。

「それが黒鷹、確かに転移したんだけど、別の術もくっついてたみたいなの。そっちは発動しなかったけど……」

「ま、まあ発動しなかったんならいいのかな……?」

 誠はその言葉の意味が気になったが、そこでふと我に返った。

「……って、なごんでる場合じゃない! 今日は何日の何時だ!? ディアヌスはどうなった!?」

 口々に説明する一同の話を要約すると、まだ誠が倒れてからそれほど時は経っていないし、ディアヌスも動き出していないらしい。これならなんとか対策の時間はあるはずだ。

 誠は皆を見渡して言った。

「みんな、ちょっと聞いて欲しい。ディアヌス戦の対策会議をしたいんだ」



 誠の後を追い、カノンもそっと機体から降り立つ。

 騒がしくも楽しげな人々のやり取りを……そして目の前の愛しい人を眺めながら、カノンは思った。

(ほんとにバカ……何百年経っても変わらない。あれだけ酷い呪いを受けて、あんな大変な目に遭っても……目覚めてすぐにこれなんだから)

 無器用で、一生懸命で……だからこそ愛おしかった。

 けれど間もなく別れの時が訪れる。

 じんと胸に焼きつくような痛みが走ったが、カノンは何とかそれをこらえた。

(もうすぐお別れ……でも我慢しなきゃ。最初から分かってたんだから……!)

 そこであの鎧姿の姫君・鶴と目が合った。彼女は記憶を制限されているが、恐らくこちらの変化に、カノンの正体に気付いたはず。

 ……それなのに、彼女はにこっと微笑んでくれた。

(なんでみんな、こんなに優しいんだろう……!)

 また泣きそうになるカノンだったが、そこで誰かが肩を叩いた。

 振り返ると、栗色の髪をショートカットにした少女……つまり難波が立っていた。

 難波は両手を大きく広げ、カモン、と呟く。

「…………」

 カノンは少し迷ったが、恐る恐る身を寄せる。

 難波はぎゅっとカノンを包み込んだ。こちらの背を、そして髪を撫でながら彼女は言う。

「……よう頑張ったな、偉かったでカノっち」

 初めて人間界で出来た親友は、優しくそう言ってくれたのだ。

「…………っ」

 今度は本当に涙が出て、カノンは無言で頷いた。
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