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第四章その3 ~ようこそ関東へ!~ くせ者だらけの最強船団編

飯テロと眠り姫

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 ドカドカとやかましい足音が響き、十数人ほどの集団が、入り口に顔をのぞかせた。どうやら整備の人員のようだ。

「あいつ来たんだって?」

「それでどこだよ」

 作業服やツナギに身を包み、手や腕すら汚れたままの彼らは、そう言って遠慮なく室内に踏み込んできた。

 老医はジト目でツッコミを入れる。

「お主ら、手ぐらい洗って来んかっ」

「洗ってるよ美濃木みのきさん、しわに入り込んで取れねえんだよ」

 先頭に立つ灰色がかった短髪の男性が、そう老医に反論した。

「それにしても騒がしい。ワシの弟といい、お前ら機械屋は人を治すには向かんの」

「そりゃそうっすけど……ああ親方、ここですよ」

 20代後半ぐらいの若者が言うと、彼らは鳴瀬少年のベッドを取り囲んだ。

「えっ? えっ?」

 雪菜は勢いに圧倒され、名残惜しくも少年の手を離してしまう。

 整備員達は少年の顔を覗き込み、口々に感想を述べた。

「こいつまた倒れてんのかよ」

「だいぶでかくなったなあ」

「でも顔変わってねえよ」

 彼らはそこで雪菜にも振り返った。

「で、このべっぴんさんは彼女さん……いや、鶉谷うずらたにの姉ちゃんか!」

「えっ……そ、そうですけど……ウズラ違いでは……??」

 雪菜は不思議そうに彼らを見つめたが、そこで記憶の糸が繋がった。

 そうだ、彼らには見覚えがある……!

 鳴瀬少年と初めて出会った横須賀の避難区で……この関東で出会った整備員達である。

「み、皆さん、まだこちらで頑張ってらしたんですね……!」

 雪菜が言うと、彼らは笑って頷いた。

「一番頑張ってるのは鶉谷のお姉さんでしょ。伝説のパイロット集団で、おまけに今は軍のお偉いさんだ」

「い、いえいえそんな私なんて、ミジンコみたいな働きですから」

 雪菜は超絶謙遜けんそんするが、整備班の若者達は、既に少年の方に向き直っていた。

「でもまあ、これなら多分大丈夫だろ」

「ああ大丈夫だ」

「なんでですかっ!?」

 雪菜は思わず憤慨ふんがいする。

「意識不明なんですよ!? 原因だって分からないし……」

 だが作業員達は笑い飛ばした。

「だってこいつの場合、怪我してない方が珍しいもん」

「こんなの多分屁でもないさ」

「顔見せていきなり倒れてるとか、何年経っても変わらねえな」

「……そ、それは確かに……そうですけども」

 雪菜は遠い記憶を思い出した。

 幼少から人型重機に乗り始めた鳴瀬少年は、本当にしょっちゅうケガをしていた。

 戦闘の負傷だけではない。むしろ戦闘にはズバ抜けた才能があった。

 だが生来せいらい運が良くないというのか、間の悪い所があった彼は、生傷の絶えない日々を送っていたのだ。

 クレーンに引っかかって振り回され、輸送車両に跳ね飛ばされて。

 必死に「よし!」と安全確認し、注意散漫さんまんではないはずなのに、なぜかあちこちケガをする。

 整備中の重機の腕……その肘関節の固定が甘くていきなり動き、頭をひっぱたかれた時には、さすがの大人達も心配よりも笑いが勝った。

 ゴムのような人工筋肉が制動ブレーキをかけてくれて、大事には至らなかったが、重機にチョップされた少年、と整備兵の間で伝説になったのだ。

「……ま、そういう事だな。こいつなら、多分大丈夫だろ」

 あの短髪の男性……当時よりだいぶ白髪の増えた整備班の主任は、そう言ってポケットをまさぐる。

 取り出したのは、いかにも手作りの溶接感が感じられる、いびつな金属レバーだった。

 それは雪菜も見覚えがある。

 幼い鳴瀬少年が練習していた、人型重機の操作シュミレーター……そのレバーの金属部分が壊れ、この主任が作ってくれたのである。

「シュミレーターが壊れたなんて言ってきたから、電子系かと思ったんだが。練習しすぎて物理的に擦り切れちまってたんだ。ありえるか普通、鉄だぞ鉄?」

 彼はそこで少年の手を取り、操作レバーを握らせた。

「……こいつはなあ、どこに何回叩き落とされても、最後は必ず這い上がって来る。俺達のお墨付きだ」

 確か自分も以前、同じような事を言った覚えがある……と雪菜は思ったが、整備班の若者達は笑っている。

「ですよねえ」

「いい意味でおかしいっスよほんと」

「………………!!」

 熱い何かがこみ上げてきて、雪菜はぎゅっと胸の前で手を握り締めた。

 そうだ、みんなの言う通りだ。

 この子はいつも奇跡を起こしてきたのだ。

 決して器用な子ではない。恵まれた境遇では無かっただろう。

 幼くして家族を亡くし、全てを失って……けれどズタボロになりながら明日を探して、呆れるぐらいに努力してきた。

 そして今、こうして多くの人に認められている。

 彼の帰りを、沢山の人が待っているのだ。

 雪菜は眠る少年を見つめ、祈るように呟いた。

「……大丈夫よ鳴瀬くん。あなたなら、絶対大丈夫だから……!」

 だがそこで、整備班の若者がおふざけを言った。

「そうだ鶉谷さん、眠り姫ならチューしたら起きるかもですよ?」

「そりゃいいや」

「よっ、良くないですっ! しかも、こんな人前で!」

 赤い顔で抗議する雪菜に、一同は更にどっと笑った。

 他の患者さんには申し訳ないが、明るい、楽しい空気が室内に渦巻いている。

 彼らの声を聞いたせいか、眠る鳴瀬少年の表情は、少し穏やかになったようにも思えた。

 そこで隣のベッドから、変な寝言が聞こえてくる。

 うどんが~とか、お好み焼きが~とかいうその呟きに、雪菜は泣き笑いのように微笑んだのだ。
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