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第四章その2 ~大活躍!~ 関東からの助っ人編

バケモノ女の呪い

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 第3船団の旗艦『武蔵むさし』に設置された『対ディアヌス臨時特別司令部』は、かなりの混乱に見舞われていた。

 ドクロの降伏勧告により、人々の怯えや動揺が表面化。一部の人はヒステリックに泣き叫び、各避難区で問題を引き起こしていた。

 映像に映る彼らは、目を見開き、必死に降伏を呼びかけている。

 あれだけ冷酷無比な行いをしてきた相手に降伏し、生殺与奪せいさつよだつの権利を与える……それが地獄への特急便である事を、何一つ理解していないのだ。

「……ったく、信じられねえな。あんな誘いに乗る奴があるか……!」

 赤いバンダナを被った青年……元神武勲章レジェンド隊のパイロットであり、今は第3船団で指揮をとるつかさが、悔しそうにそう言った。

「降伏して外堀埋められたら終わりだろ。大阪の陣と同じだろうが」

「みんな正気じゃ無くなってるのよ」

 雪菜も悔しさを隠し切れずに言った。

 しかし恐るべきは敵方の策。知恵ある敵と対峙するとは、これほど危険な事なのだ。

 全てを薙ぎ払う邪神の力を有しながら、二の手三の手を打ってくる。必死にあらがおうと力を結集しているこの国を、内側から引っ掻き回そうとしているのだ。

「……流石のボクも、このまま決戦とは行きたくないね。希望的条件が少なすぎるよ」

 やはり神武勲章レジェンド隊のパイロットであり、普段はエネルギーに満ち溢れるヒカリも、今は覇気に乏しかった。

「……こんな時、あの子達が居てくれれば……」

 弱気のせいだろう、雪菜はつい内心を口に出してしまった。

 ヒカリは少し気遣って問いかけてくれる。

「あの子達って、例の鳴瀬くん達の事かい? 確かに居れば心強いだろうね」

「彼らに頼り過ぎてるのは分かってるの。でも……」

 雪菜は少し迷いながら答えた。

 大人として情けないのは承知しょうちだが、それでもこんな状況下だ。奇跡に近い何かの力にすがりたくもなってしまう。

 だが今度の敵は、そんな最後の希望すらも打ち砕こうとしていたのだ。

 ごったがえす司令部の人波を押し退け、歳若い少年兵が駆け寄ってくる。

「……も、申し訳ありません、鶉谷うずらたに少佐。配下の方々のご容態が変わりまして」

「鳴瀬くん……鳴瀬少尉達の!?」

 食いつく雪菜に、通信兵は言いにくそうに報告を続ける。

「はい、それが……他の方々は比較的無事なのですが……鳴瀬少尉が、どうもおかしいそうなんです」



 救護室に着いた一同は、医療班から説明を受けた。

「容態が急変……?」

 カノンの問いに、医療班の青年は頷いた。

「ええ、最初は問題無いと思ったんです。外傷も少ないですし、内臓にも異常がない。それが段々苦しみ始めまして……」

 彼はモニターを操作し、横たわる誠の脳波形を映し出した。

 脳波は著しく乱れ、波形はいびつに暴れまわっている。

「ご覧の通りです。とても意識を失ってるとは思えませんし、最大限の大声で叫びながら眠っているようなものですね」

 その言葉通り、ベッドに眠る誠の表情は苦しげで、呼吸もかなり荒かった。

 カノンはそこで思い出した。

『あんまり、無事、じゃないわ! 呪いを受けてる!』

 あの戦いの最中さなか、確か鶴はそう言ったのだ。

「呪いだわ……お姫様が言ってた」

 カノンが呟くと、難波が驚いたようにこちらを見る。

「呪いってカノっち、あのバケモンみたいな女がやったんか?」

「そうとしか考えられない。外傷がほぼ無いし、精神だけを攻撃されたって事だと思う」

「そ、そんな事出来るんかいな……」

「出来るわ。あの化け物なら。魔王と契約した……闇の神人だもの」

 苦しむ誠の頬に、カノンはそっと手を触れる。

 確かに感じる。激しい呪詛が滅茶苦茶に入り乱れながら、愛しい人の身の内を駆け巡っているのだ。

(お願い、治まって……っ!)

 カノンは目を閉じ、意識を集中する。脳裏には、魔法で治癒ちゆを行う鶴の姿が思い浮かんだ。

 あの鎧姿のお姫様のように、この人の危機を救いたい。

 だがどんなに懸命に念じても、少年の呪いはとけないのだ。

「…………」

 カノンは諦め、そっと手を離した。

 そうだ、最初から分かっている。

 自分はこんな高度な術をとく事は出来ない。

 長い間に色々な知恵を身に付けたけれど、元より器用な一族ではないのだ。

 馬鹿力だけが自慢の、ガサツで粗野な育ちだったのだから。
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