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第四章その2 ~大活躍!~ 関東からの助っ人編

恋する鐘とナマズ隊長

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「ご当地と言えば、隊長の弥太郎やたろうはんはどこの人や? さっきから大人しいけど」

「うっ……!?」

 今まで居心地悪そうにしていた弥太郎は、びくっとなってはしを止めた。

「そ、それは………………い……たま……ですが……」

「何ぃ、埼玉ぁ!?」

「やめろひかる!」

 ひかるがわざと大声で繰り返し、少年は慌てている。

 難波は全く空気を読まず、無神経に少年に尋ねた。

「ふーん、そういや埼玉そっちは何が有名やったんや?」

「うっ……!」

 弥太郎はたちどころに固まったが、カノンや難波が「あぁ……」という雰囲気になりかけたのを察し、慌てて弁解し始めた。

「ちっ違うっ、無いんじゃないんだ! よく地味とか言われるけど、自然もすごいし、工業とかも意外とすごい! 東京にも近くて……そそそうだっ、東京にも近いですし!!」

「混乱しすぎやろ。なんで最後敬語やねん」

 難波のツッコミをよそに、少年はどんどん卑屈になってくる。

「そ、それにほら、意外とアニメの舞台が多いんでございますよ? あと盆栽も凄いんで……そっそうだ、おせんべいも自分の家で焼いたりしますし……特徴が無いんじゃないんです、全部が凄いから個性がないように見えるだけなんです……!」

 少年はだらだら汗を流しながら訴えかけるが、そこでニヤニヤ顔のひかるがトドメをさした。

「な~るほどねえ。それで、あえて上げるとしたら特徴は?」

「あっ……ああああっ……」

 弥太郎は画面蒼白になって固まっている。

 ひかるはそんな少年の肩を叩き、勝ち誇ったように言った。

「ほらほら、そんな無個性じゃ生きてけないよ~? そだね、あんたのじいちゃん、吉川よしかわでナマズ料理やってたっしょ。だからナマズの帽子かぶって、語尾にナマズ付けて喋りな。ほらほら、さっそく言ってみるナマズよ」

「い、言ってみる……ナマズ?」

 段々洗脳されていく弥太郎に、見かねて海老名が助け舟を出した。

「こらひかる、そのへんで勘弁してあげて」

「おー、相変わらず海老名っちは余裕だね~。さすが第3船団で人気ナンバーワンの海老名たつ……」

「ウォッホン!」

 そこで海老名が咳払いをした。

「海老名たつ……」

「エヘン、ゴホン!」

「だからたつ……」

「海老名でいいでしょ!」

 彼女は段々呼吸が荒くなってくる。

 ひかるは「ナマズ……」と呟いている弥太郎をよそに、トドメの質問を口にした。

「え~っ、龍に恋と書いて龍恋たつこなのに?」

「それを言うなって言ってるのよっ!」

 さっきまで冷静そのものだった海老名は、真っ赤になって憤慨ふんがいした。

「なるほど分かった、ヤンキー感や。一気におしゃれがぶっとんだなあ」

 難波が理解すると、海老名はがっくりと手をついて項垂れた。

「だ、だから言うなって言ってるのに……!」

「立派な名前じゃ~ん、なにを恥ずかしがってんのさ~」

 ひかるは満足げに海老名の肩に手を置いた。

「だいたい海老名っちはお洒落オシャンティ過ぎるんだよ、近寄りがたいからそのぐらいでいいってば。ちなみに龍恋たつこってのは、江ノ島のミニデートスポット・龍恋りゅうれんかねにちなんでて、ご両親は江ノ島のしらす丼屋の……」

「なによ、何が悪いのよっ! 生しらすおいしいでしょ!」

 海老名はヤケクソのように反論した。

「あなたには分からないだろうけどっ、神奈川には日本の全てがあるのよ」

 海老名は痴態を誤魔化すように、演劇のような身振り手振りで熱弁する。

「時には横須賀でお洒落なカレーや洋食を味わい、時には湘南しょうなんの海で青春を満喫! でも江ノ島みたいに、裏路地のごちゃごちゃした下町情緒もあって、一方で鎌倉に行けば、古きよき日本の伝統も味わえる! 温故知新おんこちしんの何でもあり、日本丸ごとのっけ盛りと言っても過言じゃないわっ!」

「ナマズナマズ、おかしくてヘソが茶ー沸かすわ」

 ひかるは変な笑い方で受け流したが、弥太郎が割と必死に抗議する。

「おいひかる、俺の個性取るなよっ」

 一連の騒動を眺め、カノンは素直な感想を述べた。

「……な、なんかこの船団の皆さん、滅茶苦茶元気ですね」

 カノンは一同を見渡し、思い切って尋ねてみる。

「こんな事言っていいか分からないんですけど……あんな魔王と戦うのに、怖くないんですか?」

 一同はカノンを見つめ、少し真面目な顔になった。やがて代表してひかるがつぶやく。

「う~ん……そりゃ怖いよ? 私もみんなも、ナマズ隊長も」

「……そうね、ひかるの言う通り」

 ナマズ、とうなずく弥太郎の隣で、海老名も感慨深そうに言った。

「今でこそこんなだけど、当時はひどいもんだったわ。どうしていいか分からなくて、毎日泣いてた。こんなレーションなんて無くて、かっぴかぴのご飯とか……何も貰えない日も多かったわ」

「…………」

 カノンは手元のレーションに目を落とした。

 自分もそう、『こちら側』に来て最初に食べたのは、硬く冷えた米だった。

 震える手で受け取った素朴な干しいい……その味を思い出すカノンをよそに、海老名は続ける。

「……でもね、必死で生きて戦ってるうちに、皆があたしたちを希望にしてくれたの。日本で初めて、餓霊の大軍勢を追い返したんだから……そりゃ凄い注目よ。視察だっていっぱい来たし、日本中が期待してくれてるんだって、肌で感じたわ」

 海老名は膝を抱え、当時を思い出すように語り続けた。

「……だから思ったのね。私たちが暗い顔をしてたら、この国のみんなが不安になるって。逆に私たちが自信に溢れてれば、人は希望を持てるわ。どんなにピンチになったって、まだこの国は負けてない。まだ第3船団あいつらがいるって……!」

「日本で最初の大勝利……横須賀の奇跡ってヤツやな」

 難波が言うと、海老名は微笑んだ。

「そこは訂正。奇跡じゃない、何度でもやってやるわ」

 そこで弥太郎が、治療室の方を振り返って言った。

「……まあ、その奇跡だか、必然だかの立役者が寝込んでるわけだが……」

 難波はそこで皆に尋ねる。

「せや、何となく思うとったけど、みんな鳴っちを知っとるんやな」

「……そりゃまあ、元々こっちで戦ってたからな。ガキん頃から」

 翔馬が腕組みして言うと、海老名は苦笑した。

「……あの歳で人型重機に飛び乗るとか、頭おかしいと思ったわ。人喰いのバケモノが、うじゃうじゃ押し寄せてたのよ?」

「それはあたしも思うな~……あっ、思うナマズ」

「だから個性とるなよっ」

 じゃれ合う一同を代表して、翔馬はぽん、と胡坐あぐらの膝を叩いた。

「……ま、お前らも知ってるだろうけど、あいつはダルマみたいな奴だから。倒れても倒れても、絶対最後は起き上がってくるぜ」

「そうね、だから心配ご無用。対ディアヌスの同盟も動き出したし、希望を捨てない事よ」

 海老名の言葉に、カノン達も頷いた。

(そうだ、しっかりしなきゃ……あの人が起きて来るまで、あたし達で守らないと……!)

 心に誓うカノンだったが、そこで難波がふと呟いた。

「……あ、あれ、カノっち……」

「えっ…?」

 カノンは難波に目を向ける。

 難波は戸惑っているようで、態度が妙にぎくしゃくしていた。

 彼女は強ばった表情で体を寄せ、カノンの耳にささやいてくる。

「……そ、そうやカノっち、さっきの包丁洗ってきいや。ついでに顔も洗ったら……」

「洗う……? あっ……!」

 カノンは一瞬頭が働かなかったが、そこでふと思い当たった。

「ごっ、ごめんなさい……! ちょ、ちょっとお水借ります!」

 カノンはうろたえ、それから急いで立ち上がった。声は少し震えていたと思う。

 手で胸を押さえ、祈るような気持ちで通路をひた走った。
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