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第四章その1 ~大ピンチ!?~ 無敵の魔王と堕ちた聖者編

魔王の強さはどれほどか

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 太古の昔より、日本を魑魅魍魎ちみもうりょうから守り続けた全日本神道連合ぜんにほんしんとうれんごう、略称全神連ぜんしんれん

 退魔を生業なりわいとするその組織に身を置き、更に人型重機のパイロットでもある逢坂おうさか湖南こなんは、目の前の光景を呆然と眺めた。

 姫様や黒鷹くろたかさんより遅れる事しばし。駆けつけた琵琶湖は、かつて湖水浴で賑わった懐かしきレジャースポットだったのだが…………
そそり立つ邪神の巨体は、過去の楽しい思い出など、まとめて絶望の色に塗り潰してしまっていた。

 立ち上がるその身の丈は、100メートルを超えるだろうか。

 全身を覆う、鎧のごとく硬質化した黒い外皮。

 頭だけは女性のそれのようで、長い髪の合間から、幾本もの角が天を突き上げている。

 牙の生えた口元が大きく開くと、凄まじい咆哮ほうこうが響き渡り、稲光いなびかりが辺りを煌々こうこうと照らした。

 その声が、その威容が、見る者の心を恐怖で鷲掴みにしていく。

 厳しい修行を積んできた湖南こなんでさえも、息をする度に肺が痙攣けいれんし、鼓動が乱れるのを感じた。

 間違いなくこれが魔王ディアヌスの戦闘形態バトルフォーム

 かつて肥河ひのかわ、つまり旧島根県の斐伊川ひいがわ流域を統べ、神代かみよの世界を暴れ回った八岐大蛇やまたのおろちが、人型に転じた姿であった。



 湖岸に到着していた戦力は、即座に攻撃を開始した。魔王の雄たけびに引き寄せられるように、無意識に引き金を引いたのだ。

 抵抗や攻撃というより、もはや悲鳴に近い行動だっただろう。

 だが甲高い音を立てて殺到する弾丸は、魔王の体に触れる事無く爆散していく。

 幾重にも張り巡らされ、光り輝く防御魔法が、あらゆる攻撃を無効化しているのだ。

 通常、いかな強い敵であっても、その防御魔法はこちらの攻撃を受けると弱る。光の幾何学模様きかがくもようが乱れていき、いつかは突破出来るはず。

 だがこの魔王は力のケタが違う。こちらの決死の攻撃など、意にも介していないのだ。

「もっと……もっと出力パワーを上げないと……!!!」

 湖南は焦り、銃の属性添加機の出力を上げる。

 貫通力を高めるため、弾丸にコーティングする電磁式のパワーが上がると、弾はますます強い光を帯びた。

 属性添加機は電磁過負荷オーバーロードで明滅し、今にも火を噴き出しそうである。

 ……だが届かない。

 この混乱が起こって10年、人々が必死に積み重ね、高めてきた技術が、目の前に立つ魔王の巨体には、蚊ほどの効果も与えていないのだ。

「嘘でしょ……どんだけ頑丈タフなのよ……!!」

 湖南が呟いたその時だった。

 人の抵抗を見下すように眺めていた魔王ディアヌスだったが、ふいにその双眸そうぼうが細められる。笑ったようにも、さげすんだようにも見えた。

 ディアヌスはゆっくりと右手を前に差し出すと、手の平を上に向ける。

 やがて魔王のたなごころの上に、小さな光の玉が現れた。

 青白く、静かな印象の光だったし、どこか夜空の星のように、淡く優しい輝きであった。

 だが次の瞬間、光は見る間に巨大化していく……!

 光の周囲には大量の呪詛じゅそ文字が高速で駆け巡り、辺りの水蒸気が凍ってきらきらと輝いていくのが見えた。

 湖南は慌てて隊員に叫ぶ。

「でかいわ、冷気の爆弾みたい! 津和野つわのさん、耐冷気結界!!」

「もうやってますわ!!」

 画面に映る20代後半ぐらいの女性、つまり津和野が、必死の表情で答えた。

 愛機の背に装備した巨大な属性添加機……大注連縄おおしめなわのようなそれが輝くと、出力全開で味方前方に光の結界を発生させた。

「ナイス津和野さん、これで少しは……」

 だが湖南がそう言いかけた時。希望はすぐに絶望へと変わった。

 見上げる魔王のその周りに、次々と別の光球が浮かび上がったからだ。

 燃えるような赤、太陽のような白。次々に発生する各種の光は、瞬く間に巨大化していく。

 それらの光の意味を読み取り、湖南は思わず呟いた。

「…………雷撃、炎熱、地崩じくずし…………竜巻、水薙みずなぎ、重力波、精神錯乱せいしんさくらん……霊魂破壊……!? ちょっと、まだ出るの………!!?」

 防御の結界を担当する津和野も、画面上で呆然と呟いた。

「…………だ、だめですわ…………逃げて……」

 瞬間、視界が真っ白に染まった。

 操縦席まで凍り付くかと思われる超低温で、周辺の木々が破裂していく。中の水分が膨張したせいだろう。

 津和野の結界である程度相殺されたはずだったが、そもそもの力のケタが違うのである。

(こ、これじゃ歩兵は…………)

 そう思った時、今度は物凄い光がひらめき、辺り一帯に極太の雷が、豪雨のように降り注いだ。

 激しい落雷音と共に、操縦席の機器が火花を上げる。

 機体の人工筋肉が破裂し、画面に次々警告が表示されたが、攻撃はまだ終わらなかった。

 辺り一帯をなぎ払う超高温の業火が、大地を揺るがす大地震が。

 一発一発が必殺の威力を誇る神代かみよの魔法が、立て続けに炸裂しているのである。

「あなた達だけでも……生き延びて下さいっ!!」

 一瞬、モニターに津和野が映ったかと思うと、強く押さえつけられるような感覚が全身を襲った。

「つ、津和野さん!?」

 叫ぶ湖南だったが、モニターは砂嵐に染まり、もはや何が起きているのかすら分からない。

 …………やがて衝撃が止んだ時。

 辛うじて復帰した一部のモニターパネルが、眼前に立つ黒焦げの機体を映し出した。

 背部には、注連縄のような属性添加機の痕跡が見える。

 添加機は最後の力を振り絞って青く輝いていたが、やがて光は消えてしまった。

 恐らく津和野の機体が、最後の力で才次郎と自分に結界を被せ、守ってくれたのだろう。

 やがて津和野の機体は、項垂うなだれながら前に倒れ、再び動く事は無かった。

「つ、津和野……さん……!!!」

 湖南は必死に手を伸ばし、そこで意識を失った。

 これが魔王、受肉したいにしえの大邪神。

 いかに人があらがおうと、届く事なき高みにあるのだ。
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