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第四章その1 ~大ピンチ!?~ 無敵の魔王と堕ちた聖者編

四国からの増援

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 その日この国の人々は、初めて邪神と相対あいたいした。

 琵琶湖に立ち上がる黒い巨体を目にした時、彼らは瞬時に理解したのだ。

 生きとし生ける全ての者のはるか頭上に君臨する、恐怖の邪神の実力を。

 いかな抵抗も灰燼かいじんに帰せしめる、絶対的破壊者の再来を。

 かつて須佐之男スサノオの知略で首を落とされ、魂を8つに砕かれた魔王が今、再び肉の体を得て復活した。

 あれを止められる生物は、この地上に存在しない。



『魔王ディアヌス弱体化、琵琶湖にてほぼ孤立状態』

 第2・第4船団から発せられたその誤情報デマは、不気味とも思える速度で日本全土を駆け巡った。

 各地をべる船団政府は、先に結ばれた『対ディアヌス軍事協定』の取り決めに従い、急ぎ戦力を送ったのだ。

 だがほどなくして、人々は『先遣隊壊走』の報せを聞く事になる。

「どないなってんねん。敵の大将、弱ってたんやなかったんか……!?」

 栗色の髪をショートカットにした少女・難波なんばは、身を乗り出して呟いた。

 ディアヌス討伐のために急行中の、航空輸送機の中である。

 簡素な搭乗者控え室ウェイティングルームには幾つかの椅子が据えられ、難波達はそこに腰掛けてモニターを見ていたのだ。

 次々画面に舞い込む損害報告に面食らう難波を、かたわらの少女・カノンがたしなめる。

「……どうもそうじゃないみたいね。このみ、ちょっと落ち着きなさいよ」

「せやかてカノっち」

 カノンは静かに首を振った。緩やかにウェーブを描く長い髪から、甘い香りが漂ってくる。

 彼女の名は望月もちづきカノン。大人びた風貌にたがわず、冷静な判断力を持つ親友だ。

 難波の所属する隊の副官たる人物なのだが、当の隊長はよその船団に遠征中で、しかも琵琶湖で魔王と交戦した可能性が高いという。

「う~ん、落ち着けて言われてもなあ……」

 難波は頭を掻きながら、不安を抑えきれずに歩き回った。

「だから座ってろって。座禅ざぜんしろとまで言わんが、慌てたってどうなるもんでもないだろう」

 座席に座る巨大な毛玉……もとい、もっさりした頭髪に全身を覆われた少年がそう言った。

 彼は毛の合間から手を伸ばし、剃刀かみそりで髪をそり落としていく。

 数瞬後、スキンヘッドになった少年は、やはり難波と同じ隊に属する香川だ。

 あの鎧姿のお姫様・鶴姫つるひめの魔法により、頭髪が異常な速さで伸びるようになった彼は、日に何度も毛玉に姿を変えるのである。

「ああすっきりした。落ち武者ヘアーじゃなくなったのはいいが、伸びるの早過ぎるからなあ」

 ほうきで髪を片付ける香川に、もう一人の少年が言う。

「けどよぉ香川、これが落ち着いていられるかよ。敵の魔王が暴れてんだろ?」

 少し小柄だが、短髪でいかにも活発そうな彼は宮島。

 今は頭の後ろで手を組んで、はやる気持ちを抑え切れないように、足のかかとを小刻みに上下させている。

「ああ、早く助けに行きてえよ。状況もよく分かんねえし、隊長どうしてんのかなあ」

「……生きてるわよ絶対。殺しても死なないんだから、あのバカ……!」

 カノンは少し怒ったように答える。ぎゅっと胸元で手を握り、まるで祈るような仕草だった。

(うわあ……いつもやけど、ごっつ絵になるやんカノっち……)

 こんな状況ではあったが、難波は思わず見とれてしまった。

 人並み外れた容貌と、スレンダーなのに出るところがしっかり出た肢体。

 難波も女性的な魅力には自信がある方だったが、このカノンという副官には、どうも美の女神がえこ贔屓ひいきしているのではないかと勘ぐってしまう。

 どこか日本人離れしたスタイルの良さとでもというのか……まるで幼い頃に憧れた、西洋童話のお姫様だ。

 見た目よりかなり力も強いし、どこで身につけたのか、熟練の医師にも劣らない医療技術まで持っているのだ。

(こういうのが生まれながらの『反則級才能チート』持ちなんやな)

 と難波は思うが、そこでふとカノンの首筋辺りに、模様のようなものが浮かんだ。

「えっ……?」

 難波が目を凝らすと、模様は既に消えている。

 たぶん見間違いだろう。我ながら相当追い込まれているようだ。

 難波は気持ちを入れ替るべく、ぶんぶん首を左右に振った。

「鳴っち、うちらが行くまで無茶せんでや……!」

 難波が遠い隊長に言い聞かせるように呟いた時、不意にモニターにノイズが走った。

 不規則に滅茶苦茶な映像が入り乱れると、小さな生き物達が画面に映る。

 子犬ぐらいの大きさの彼らは、それぞれキツネ、猿、狛犬、牛……龍と鹿だけは他より大きいが、要するにこの連中は、八百万やおよろずの神に仕える神使しんしなのだ。

「あれっ、なんや、神使のみんなか?」

 難波が驚くと、神使達はてんで勝手に飛び跳ねながら訴えかけてきた。

 牛は『モウ大変です』とプラカードを掲げているし、龍はダンベルでお手玉を、鹿は煙管キセルで猿の菅笠すげがさをばんばん叩いて叫んでいる。

「そ、そないいっぺんに喋られても分からんで……」

 難波が閉口していると、牛が一同を代表して語りかけた。

「慌ててもウシわけありません、本当に一大事です! とにかくここに! 出来るだけ早く来て下さい!」

 狛犬とキツネが掲げる地図の一点を指し示し、牛は手足を振り回して叫んだ。

「姫様と黒鷹くろたか殿もおられますが、とにかく大ピンチで! 早くしないと、黒鷹殿は亡者モウじゃになります!」

「よ、よっしゃ、任せとき!」

 難波は頷くと、壁の通信端末で操縦席に連絡を取る。

 航空班は即座に応答、当初の目的地である琵琶湖方面から、やや東寄りに進路を変えた。

 難波はわざと強気を装い、パイロットスーツの胸を叩いた。あの鎧姿のお姫様が、いつもしていた仕草をまねてだ。

「よっしゃ、うちらが行くなら安心やで! 亡者だかモジャモジャだか知らんけど、こっちには元祖モジャモジャ・香川がおるしな!」

「そっそうだ、よく分からんが任せとけ!」

 急に話をふられ、香川も慌ててこくこく頷く。

 興奮してぐっと拳を握ったせいか、ズボッと髪の毛が伸びて逆立ったが、今そんな事はどうでもいいのだ。
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