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第五章その10 ~何としても私が!~ 岩凪姫の死闘編

引っかかったな、愚か者が!!!

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 絶え間なく肌を刺すような痛みに耐えながら、岩凪姫は飛び続けた。

 邪気はますます濃くなって、ただ飛行するだけでどんどん力が奪われていく。

 それでも目を凝らし、どこかにいるはずの幼子を捜した。

(子供の足にしては、やけに速いな。まさか見落としたか……それとも乗り物を使ったのか?)

 後者の可能性は十分にある。

 以前見た事があるが、避難区で物資を運ぶ『浮上式自走運搬台車エレメンタル・ターレ』は、かなり操作が簡単だからだ。

 スクーターのような運転席と、その後ろの台車部分。

 非常にシンプルな乗り物であり、座席に立って運転すれば、子供が使えない事もない。そしてスピードだって結構出るのだ。

(早く……早く見つけねば、妹達も限界が来る。その子を助けて、大地の裂け目をふさいで、それから戻って柱を止めて、黒鷹達に加勢して……それまで私の命がもつか?)

 無理に無理を重ねた算段だったが、だからと言って他に手が無いのである。

「……っ!?」

 ふと前方の地表に、巨大な黒い塊を発見した。

 まるで台風のように渦巻く、膨大な邪気の集合体である。

「何だ? 濃い邪気が、ここだけ異様に密集している……?」

 渦巻きながら漂う邪気は、時折青紫の光を発していた。

 そして光を帯びる度、気味の悪いうめき声が聞こえてくるのだ。

 あたかも冥府へいざなう亡者どもの声のように思えて、岩凪姫は空中を後ずさった。

(……猛烈に嫌な予感がする。あれに近づくべきではない)

 そう考え、迂回しようとする女神だったが、そこでふと、眼下のあるものに気付いた。それは小さな靴だったのだ。

「靴……子供の靴か!」

 岩凪姫は高度を落として降り立った。

 小さな靴は、片方だけが転がっている。

 良く見れば、靴以外にも幾つか荷物が散らばっており、それが邪気の渦へと続いていたのだ。

「まずいな、この中か」

 さすがに一瞬躊躇ちゅうちょした。

 いかに神である自分といえど、あの中ではろくな力も使えない。

 消耗も相当だろうし、ここで力を使い果たせば、地の裂け目を塞ぐ霊気が残らないかもしれない。

 …………それでも他に選択肢は無かったのだ。

 人の言葉ならぬ呪詛を唱え、全身を幾重にも光で覆う。短時間ならこれで耐えられるはずだ。

 意を決し、低空飛行で邪気の渦に飛び込んだ。

「ぐっ……!!!」

 先ほどまでより遥かに強い圧迫感。分かっていた事だが、長くはきっともたないだろう。

 必死に目を凝らしていると、不意に泣き声が聞こえた。

「!」

 声のする方向へ飛ぶと、まだ幼い男の子が、うずくまって泣いていたのだ。

 傍らには予想通り、横転した自走運搬台車ターレがあった。

 邪気の渦に突っ込んだはいいが、前も後ろも見えなくなり、倒れて動けなくなったのだろう。

 岩凪姫は地に降り立ち、そっと子供に歩み寄る。
「もう大丈夫だ、助けに来たよ」

 そう出来るだけ優しい声で言ったのだが…………

 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 凄まじい轟音、そして地響き。ただ事ではない衝撃である。

「何だ……!?」

 消耗を度外視して感知能力を最大限発揮し、邪気の向こうを透かし見る。

 彼方の空は、既に黄金こがね色に輝いていた。

 地表から巨大な光の半球が現れる様は、あたかも輝く太陽が、地の底から顔を出したかのようだ。

 そしてその光球から、無数の光の龍が舞い上がった。

 龍は蛇行しながら天に昇る。昇りながら、どんどん周囲に広がっていった。

 数を増やし、次第に速度を上げながら、唸りを上げて旋回しているのだ。

「あれは神雷……!? とうとう起動させたのか!」

 地の果てまでも追いかけて、魔を滅する究極の破壊の呪詛が、いよいよ発射されたのだ。

 だがその挙動は不可思議だった。

 真っ先に魔を狙うはずの龍達は、黄泉の軍勢を襲う気配が無い。

 彼らは高速で空を泳ぐと、あろう事かこちらに突進してきたのだ。

「まずいっ、暴走しているっ……!?」

 けれど逃げるわけにはいかない。すぐ傍に子供がいるのだ。

 咄嗟に光の結界を張り、幼子を庇う岩凪姫だったが、荒れ狂う雷の龍は次々殺到してくる。

(正規の威力ではない……だが重いっ……!!!)

 一撃ごとに結界が軋む。力を抜けば、今にも突き破られそうだった。

「……くっ! ……ぐっっ!! ……ぐうううっっっ!!!」

 必死に歯を食いしばって耐えるが、岩凪姫の力も尽きかけている。

 やがて嵐のような攻撃が過ぎ去った時、耐え切れず膝をついた。

 長い黒髪は垂れ落ち、地を掴む手が震えている。

 ………………直感で分かる、もう限界が近い。

 これ以上戦えば、魂が粉々に砕け散ってしまうだろう。

 子供は余程怖かったのか、立ち上がり、岩凪姫に抱きついてきた。

「…………大丈夫だ……怖かったろう、もう心配いらないよ」

 岩凪姫は子供の頭を軽く撫でる。

 ……………………だが、更にその時だった。

『……引っかかったな、愚か者が!!!』

 不意にそんな叫びが聞こえた。憎悪に満ちた女の叫びである。

 同時に激しい衝撃が走った。

「ぐうっっっ!!!???」

 顔をゆがめる岩凪姫。

 目をやれば、己の腹を貫通する、禍々しい光の刃が見て取れた。眼前の子供が突き立てたものである。

(そうか……この邪気、子にかけた術を誤魔化すためか……!!)

 身を襲う激しい痛みに耐えながら、岩凪姫は理解した。

 子供を操るためにかけた術……その僅かな邪気も感じ取られないよう、周囲をより強い邪気で覆っていたわけだ。

 勿論普段ならこの程度で貫かれるような自分ではない。頑丈さだけが取りえなのだ。

 しかし長時間活動し、かなりの力を消耗していた。

 そして濃い邪気に潜り込んだ事で、その消耗が加速した。

 更に子供をかばって神雷を受け止め、精根尽き果てていた。

 その瞬間を逃さず、幼子を操って攻撃させたのだ。何という用意周到さだろうか。

「ごっ、ごめんなさい……ごめんなさいっ……!」

 幼子は夢から覚めたかのように、ふらふらと後ずさった。

 たった今、己が刃を突き立てた事……その罪の意識に怯え、泣きそうな顔でこちらを見つめている。

「……平気だよ。操られたのだ、お前のせいではない……」

 無理して微笑む岩凪姫だったが、事態は尚も最悪を更新していた。

 うずくまるこちらに、頭上から声がかけられたのだ。

「待っていたぞ、この時を……!!!」

 急激に邪気の渦が風で吹き飛ぶ。

 そして夜空には、1人の女の姿があった。

 かつて全神連に所属し、次代の聖女と期待されながらも魔道に堕ちた人物…………鳳天音おおとりあまねだったのだ。
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