55 / 117
第五章その5 ~黙っててごめんね~ とうとうあなたとお別れ編
愚か者ほど自信満々
しおりを挟む
「……そ、それで鳳さん、話って……」
しばし歩いた後、誠はたまらず声をかけた。
悪いニュースに違いない。鶴の容態の悪化が、予想より早かったのだろうか?
そんな恐怖が胸に渦巻き、なかなか言葉が出なかったのだが、とうとう限界に達したのだ。
前を歩く鳳は、誠の問いに足を止めた。そのまましばらく無言である。
形の良い後ろ姿、うなじで結んだ長い黒髪。
黒1色のスーツとパンツスタイルが、喪服のように感じられて、誠は嫌な予感が止まらなかった。
だがくるりと軽やかに振り返った鳳は、予想外に笑顔だった。
「実はですね、特にご用はないのですっ♪」
「へっ……!?」
誠は変な声が出た。
「ひっ、ヒメ子の事じゃないんですか……?」
「いいえ全然。姫様のご容態は、特に変わっておりません。私の独断であなたを連れ出したのです」
鳳はイタズラっぽく微笑んで言う。
「さっきお話しして楽しかったので、また連れ出しちゃえと思いまして。私はこう見えて不真面目ですし、今風ジョークもバンバン言えるんですよ?」
「よ……良かった……!!」
誠はようやく安堵した。
さっきからの緊張が、一気に体から抜けていく。その反動のおかげだろうか。身の内に渦巻く激しい怒りも、同時に薄れていくようだった。
鳳はそこで真面目な表情に戻ると、遠慮がちに言った。
「冗談はともかく、少しお休みになられてはいかがですか? 姫様もこの場の事も、私や皆さんで何とかします。窮すれば鈍す……全神連に伝わる言葉ですが、疲れは判断を鈍らせますから」
「……ありがとうございます。でも、とてもそんな気になれなくて。寝てる間に、ヒメ子に何かあったらって思うと……」
誠は鶴の寝顔を思い出した。
世界は残酷だ。どうしてあの子がこの世を去るまで、問題の噴出を待ってくれなかったのだろう。
もし鶴がこの事を知ったらどうなる?
命の全部をすり減らして守った人々の醜さを知ったら、一体どんな気持ちになるのだろう?
「……つくづく思うんです。どうして今なんですかね」
誠は無意識に口にしていた。
「今暴れたら、何もかも台無しになる。そのぐらい誰でも分かるのに……何で好き勝手やるんでしょうか」
「……苛立っておられますね」
「…………そう思います」
鳳はしばし黙っていたが、そこで誠に歩み寄る。
誠の手を取ると、自らの胸元へ引き寄せた。
両手でぎゅっと手を握ったまま、彼女は祈るようにこちらを見つめる。
「魔王を討伐された勇者のあなたに、失礼とは存じております。けれどあえて申し上げます。どうか怒りで身を焦がさないで下さい」
「怒りで……焦がす……?」
鳳はゆっくり頷いた。
「あなたには、世の色々な事が見えるでしょう。今起きている事の本質も……この後にどうなるのかも。でも愚か者には、いくら言っても分かりません。それどころかあなたを責め、嘘つきだと罵倒するでしょう。そしてそんな彼らの方が、圧倒的に多数なのです」
鳳は俯き、しばし呼吸を整えた。
「……悔しいですが、それが現世の厳しさです。歴史上、幾多の人がこの事に苦しみましたし……怒りのあまり、魔道に堕ちた者もおります。ご存知の通り、私の……姉もそうですから」
鳳はそこで再び顔を上げた。
「でもっ、だからこそ…………だからこそ黒鷹様には、同じ道をたどって欲しくないのですっ……!!!」
彼女の頬を伝う涙が、車両から漏れる光で輝いた。
その涙を見た時、誠は少し冷静になれたのだ。怒りに身を任せてはいけない。この人を悲しませてはいけない。
「……わ、分かりました。努力してみます」
……ただ、その後誠は知る事になる。自分は本当は、何も分かっていなかったのだ。
目の前で涙する清らかな乙女にほだされ、反射的に頷いたけれど……結局本質的には、何も理解していなかったのだと。
そしてこの時からしばし後。更なる悪い報せが、この国を震撼させた。
各地で蜂起した武装勢力……正体不明のテロ集団が、避難区を襲い始めたのだ。
彼らは自らを『自由の翼』と呼んだ。
この国の腐敗を根本から正し、革命を起こすために……そんな理想を謳う犯行声明が、繰り返し流されたのだ。
終わりの時は、確実に音を立てて近づいていたのである。
しばし歩いた後、誠はたまらず声をかけた。
悪いニュースに違いない。鶴の容態の悪化が、予想より早かったのだろうか?
そんな恐怖が胸に渦巻き、なかなか言葉が出なかったのだが、とうとう限界に達したのだ。
前を歩く鳳は、誠の問いに足を止めた。そのまましばらく無言である。
形の良い後ろ姿、うなじで結んだ長い黒髪。
黒1色のスーツとパンツスタイルが、喪服のように感じられて、誠は嫌な予感が止まらなかった。
だがくるりと軽やかに振り返った鳳は、予想外に笑顔だった。
「実はですね、特にご用はないのですっ♪」
「へっ……!?」
誠は変な声が出た。
「ひっ、ヒメ子の事じゃないんですか……?」
「いいえ全然。姫様のご容態は、特に変わっておりません。私の独断であなたを連れ出したのです」
鳳はイタズラっぽく微笑んで言う。
「さっきお話しして楽しかったので、また連れ出しちゃえと思いまして。私はこう見えて不真面目ですし、今風ジョークもバンバン言えるんですよ?」
「よ……良かった……!!」
誠はようやく安堵した。
さっきからの緊張が、一気に体から抜けていく。その反動のおかげだろうか。身の内に渦巻く激しい怒りも、同時に薄れていくようだった。
鳳はそこで真面目な表情に戻ると、遠慮がちに言った。
「冗談はともかく、少しお休みになられてはいかがですか? 姫様もこの場の事も、私や皆さんで何とかします。窮すれば鈍す……全神連に伝わる言葉ですが、疲れは判断を鈍らせますから」
「……ありがとうございます。でも、とてもそんな気になれなくて。寝てる間に、ヒメ子に何かあったらって思うと……」
誠は鶴の寝顔を思い出した。
世界は残酷だ。どうしてあの子がこの世を去るまで、問題の噴出を待ってくれなかったのだろう。
もし鶴がこの事を知ったらどうなる?
命の全部をすり減らして守った人々の醜さを知ったら、一体どんな気持ちになるのだろう?
「……つくづく思うんです。どうして今なんですかね」
誠は無意識に口にしていた。
「今暴れたら、何もかも台無しになる。そのぐらい誰でも分かるのに……何で好き勝手やるんでしょうか」
「……苛立っておられますね」
「…………そう思います」
鳳はしばし黙っていたが、そこで誠に歩み寄る。
誠の手を取ると、自らの胸元へ引き寄せた。
両手でぎゅっと手を握ったまま、彼女は祈るようにこちらを見つめる。
「魔王を討伐された勇者のあなたに、失礼とは存じております。けれどあえて申し上げます。どうか怒りで身を焦がさないで下さい」
「怒りで……焦がす……?」
鳳はゆっくり頷いた。
「あなたには、世の色々な事が見えるでしょう。今起きている事の本質も……この後にどうなるのかも。でも愚か者には、いくら言っても分かりません。それどころかあなたを責め、嘘つきだと罵倒するでしょう。そしてそんな彼らの方が、圧倒的に多数なのです」
鳳は俯き、しばし呼吸を整えた。
「……悔しいですが、それが現世の厳しさです。歴史上、幾多の人がこの事に苦しみましたし……怒りのあまり、魔道に堕ちた者もおります。ご存知の通り、私の……姉もそうですから」
鳳はそこで再び顔を上げた。
「でもっ、だからこそ…………だからこそ黒鷹様には、同じ道をたどって欲しくないのですっ……!!!」
彼女の頬を伝う涙が、車両から漏れる光で輝いた。
その涙を見た時、誠は少し冷静になれたのだ。怒りに身を任せてはいけない。この人を悲しませてはいけない。
「……わ、分かりました。努力してみます」
……ただ、その後誠は知る事になる。自分は本当は、何も分かっていなかったのだ。
目の前で涙する清らかな乙女にほだされ、反射的に頷いたけれど……結局本質的には、何も理解していなかったのだと。
そしてこの時からしばし後。更なる悪い報せが、この国を震撼させた。
各地で蜂起した武装勢力……正体不明のテロ集団が、避難区を襲い始めたのだ。
彼らは自らを『自由の翼』と呼んだ。
この国の腐敗を根本から正し、革命を起こすために……そんな理想を謳う犯行声明が、繰り返し流されたのだ。
終わりの時は、確実に音を立てて近づいていたのである。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!
マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。
今後ともよろしくお願いいたします!
トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕!
タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。
男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】
そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】
アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です!
コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】
*****************************
***毎日更新しています。よろしくお願いいたします。***
*****************************
マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。
見てください。
アマテラスの力を継ぐ者【第一記】
モンキー書房
ファンタジー
小学六年生の五瀬稲穂《いつせいなほ》は運動会の日、不審者がグラウンドへ侵入したことをきっかけに、自分に秘められた力を覚醒してしまった。そして、自分が天照大神《あまてらすおおみかみ》の子孫であることを宣告される。
保食神《うけもちのかみ》の化身(?)である、親友の受持彩《うけもちあや》や、素戔嗚尊《すさのおのみこと》の子孫(?)である御饌津神龍《みけつかみりゅう》とともに、妖怪・怪物たちが巻き起こす事件に関わっていく。
修学旅行当日、突如として現れる座敷童子たちに神隠しされ、宮城県ではとんでもない事件に巻き込まれる……
今後、全国各地を巡っていく予定です。
☆感想、指摘、批評、批判、大歓迎です。(※誹謗、中傷の類いはご勘弁ください)。
☆作中に登場した文章は、間違っていることも多々あるかと思います。古文に限らず現代文も。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ナマズの器
螢宮よう
キャラ文芸
時は、多種多様な文化が溶け合いはじめた時代の赤い髪の少女の物語。
不遇な赤い髪の女の子が過去、神様、因縁に巻き込まれながらも前向きに頑張り大好きな人たちを守ろうと奔走する和風ファンタジー。
スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜
櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。
パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。
車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。
ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!!
相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム!
けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!!
パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!
【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う
こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。
億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。
彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。
四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?
道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!
気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?
※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる