42 / 117
第五章その4 ~神のギフト!?~ 魔王の欠片・捜索編
黄泉人は足跡をたどる
しおりを挟む
市街は闇に沈んでいた。
時刻は午後の3時過ぎ。当然ながらまだ日暮れの時間ではない。
それでも周囲は暗黒に包まれ、投光機無しでは数メートル先も見えなかった。
「……ライトの減衰距離を50mまで下げよう。出来るだけ見つからないようにしたい」
誠はそう隊員達に指示した。
機体の各所に灯る純白のライトは、かつて小豆島で使った夜間用の作戦照明である。
特殊な波長のその光は、近距離で強烈に周囲を照らすも、距離があくと急激に減衰するため、相手からは見えなくなるのだ。
慎重に、廃墟と化した市街を進んだ。
10年もの間、放置されていた建物はひび割れ、また崩れかけており、白いガスのような何かがよどみながらその間を漂っているのだ。
どう考えても現世の光景ではなく、機体が歩を進める度に、黄泉の深淵に下っていくような不気味さを感じさせた。
生者が踏み込んではならぬ場所。生きとし生ける者全てが忌み嫌う、死の穢れに満ちた最果て。
そんな形容が相応しい空間だった。
「……すごい邪気だ。外に出たら、普通の人じゃすぐ倒れるよ」
今は誠の肩に乗ったコマは、モニターに映る周囲の様子を油断なく睨んでいる。
!!!!!!!!!!!!!!!!
不意に風に乗って、無数の人の嘆きのような、叫びのようなものが聞こえてきた。
一同は動きを止め、しばしその音に耳を澄ませる。
「探してるんだ。生きてる獲物を」
コマは表情を険しくした。
「……急ごう黒鷹。あいつらに見つかると面倒になるよ」
禍事の兆しは、露骨に視界に現れ始めた。
路上に転がる車両の残骸。
あちこちに散らばる、喰い殺された何かの一部。
コンクリートの外壁には、黒ずんだ手形が無数に残されていたが、それが乾いた血の色である事を、誠を含め全員が分かっていた。
アスファルトが剥がれ、土が剥き出しになった路面には、人間のそれらしき足跡が続いている。
カノンが緊張した面持ちで呟いた。
「あっちに向かってるって事は、向こうに巣があるって事?」
「そこに魔王の細胞があるかもな。危険だけど、行ってみるしかない」
誠の言葉に、隊員達も無言で頷く。
一同はしばし足跡を追跡したが…………誠はそこで猛烈に嫌な予感がした。
「…………違う。まずいな」
「まずい?」
カノンが不思議そうにこちらを見ている。
「ああ、妙に跡を追いやすい。引き込まれてるんだ」
目を凝らすと、前に進む足跡の上から、不自然な体重移動の足跡が上書きされているのが分かったのだ。
「後ずさりしてる。止め足でこっちを誘ってるんだ」
「止め足って何や?」
「熊とかがたまにやるって、父さんが言ってた。自分の足跡を後戻りして、どこか横手の藪に隠れる。追ってきた猟師が来たら、その瞬間に襲いかかるって」
高い知能を持つ獣が使う戦術だったため、誠は思わず歯噛みした。
今回の相手は、恐らく人の頭脳をほとんど残した存在である。それは分かっていたはずなのに、今の今まで油断していたのだ。
長い戦いの日々が終わり、知らず知らず警戒心が鈍っていたのだろう。
誠は静かに隊員に告げる。
「……全機、属性添加機の出力を上げろ。合図したら全力で前に走れ」
だが闇に潜む連中は、それを待ってはくれなかった。
唸りを上げ、出力を高めた属性添加機を見て、彼らは意図を理解したのだ。『獲物に気付かれた』のだと。
彼らは闇を駆け抜け、一斉に襲い掛かってくる。
「うわっ、何やこいつら!?」
モニターに張り付く人型の何かに、隊員達は悲鳴を上げた。
青い肌、滴る唾液。剥き出した歯には赤い肉片が絡み付き、目は狂気に血走っている。
髪も衣服も生前のままだったが、明らかに人ならぬ存在に変わっていたのだ。
彼らが青緑の吐瀉物を吐き出すと、装甲が音を立てて焼け爛れた。
「電磁防御を……!」
誠は言いかけたが、そこで躊躇した。
小型の敵に張り付かれた時は、装甲表面に防御の電磁式を流せばいい。歴戦を潜り抜けてきた隊員は、全員が理解していたはずだ。
だがそれは、人ならぬ餓霊に対する手段であり、殺傷力の高い行為。
まともに電磁バリアをくらえば、生身の人は焼け焦げて死ぬ。
ほぼ人の姿を残したこの相手に、いきなりそんな行動が取れるほど、誰もが割り切れていなかったのだ。
隊員達は口々に叫ぶ。
「こ、これどうすりゃいいんだよ!?」
「人間なんやろ!? バリア使ったらボロボロになるで!」
やがてかつて人だったもの……そのうちの一体が、天を仰いで叫んだ。
それは確かに、『助けてくれ』と聞こえたのだ。
助けて……お願い助けてくれ! この地獄から出してくれ!
そんな叫びが渦巻いて、最早誰も動けないのだ。
だがその時、誠の肩でコマが叫んだ。
「鶴っ!!!」
「分かったわコマ!」
鶴が叫ぶと、誠達の機体を白い光が覆った。
襲ってきた人型の存在は、その光を嫌って機体から飛び離れる。
彼らは怒り狂って次々に咆えた。
それを合図に、あちこちから無数の仲間が集まってきた。
後に『黄泉人』と呼ばれる、人喰いの……かつて人間だった者達である。
時刻は午後の3時過ぎ。当然ながらまだ日暮れの時間ではない。
それでも周囲は暗黒に包まれ、投光機無しでは数メートル先も見えなかった。
「……ライトの減衰距離を50mまで下げよう。出来るだけ見つからないようにしたい」
誠はそう隊員達に指示した。
機体の各所に灯る純白のライトは、かつて小豆島で使った夜間用の作戦照明である。
特殊な波長のその光は、近距離で強烈に周囲を照らすも、距離があくと急激に減衰するため、相手からは見えなくなるのだ。
慎重に、廃墟と化した市街を進んだ。
10年もの間、放置されていた建物はひび割れ、また崩れかけており、白いガスのような何かがよどみながらその間を漂っているのだ。
どう考えても現世の光景ではなく、機体が歩を進める度に、黄泉の深淵に下っていくような不気味さを感じさせた。
生者が踏み込んではならぬ場所。生きとし生ける者全てが忌み嫌う、死の穢れに満ちた最果て。
そんな形容が相応しい空間だった。
「……すごい邪気だ。外に出たら、普通の人じゃすぐ倒れるよ」
今は誠の肩に乗ったコマは、モニターに映る周囲の様子を油断なく睨んでいる。
!!!!!!!!!!!!!!!!
不意に風に乗って、無数の人の嘆きのような、叫びのようなものが聞こえてきた。
一同は動きを止め、しばしその音に耳を澄ませる。
「探してるんだ。生きてる獲物を」
コマは表情を険しくした。
「……急ごう黒鷹。あいつらに見つかると面倒になるよ」
禍事の兆しは、露骨に視界に現れ始めた。
路上に転がる車両の残骸。
あちこちに散らばる、喰い殺された何かの一部。
コンクリートの外壁には、黒ずんだ手形が無数に残されていたが、それが乾いた血の色である事を、誠を含め全員が分かっていた。
アスファルトが剥がれ、土が剥き出しになった路面には、人間のそれらしき足跡が続いている。
カノンが緊張した面持ちで呟いた。
「あっちに向かってるって事は、向こうに巣があるって事?」
「そこに魔王の細胞があるかもな。危険だけど、行ってみるしかない」
誠の言葉に、隊員達も無言で頷く。
一同はしばし足跡を追跡したが…………誠はそこで猛烈に嫌な予感がした。
「…………違う。まずいな」
「まずい?」
カノンが不思議そうにこちらを見ている。
「ああ、妙に跡を追いやすい。引き込まれてるんだ」
目を凝らすと、前に進む足跡の上から、不自然な体重移動の足跡が上書きされているのが分かったのだ。
「後ずさりしてる。止め足でこっちを誘ってるんだ」
「止め足って何や?」
「熊とかがたまにやるって、父さんが言ってた。自分の足跡を後戻りして、どこか横手の藪に隠れる。追ってきた猟師が来たら、その瞬間に襲いかかるって」
高い知能を持つ獣が使う戦術だったため、誠は思わず歯噛みした。
今回の相手は、恐らく人の頭脳をほとんど残した存在である。それは分かっていたはずなのに、今の今まで油断していたのだ。
長い戦いの日々が終わり、知らず知らず警戒心が鈍っていたのだろう。
誠は静かに隊員に告げる。
「……全機、属性添加機の出力を上げろ。合図したら全力で前に走れ」
だが闇に潜む連中は、それを待ってはくれなかった。
唸りを上げ、出力を高めた属性添加機を見て、彼らは意図を理解したのだ。『獲物に気付かれた』のだと。
彼らは闇を駆け抜け、一斉に襲い掛かってくる。
「うわっ、何やこいつら!?」
モニターに張り付く人型の何かに、隊員達は悲鳴を上げた。
青い肌、滴る唾液。剥き出した歯には赤い肉片が絡み付き、目は狂気に血走っている。
髪も衣服も生前のままだったが、明らかに人ならぬ存在に変わっていたのだ。
彼らが青緑の吐瀉物を吐き出すと、装甲が音を立てて焼け爛れた。
「電磁防御を……!」
誠は言いかけたが、そこで躊躇した。
小型の敵に張り付かれた時は、装甲表面に防御の電磁式を流せばいい。歴戦を潜り抜けてきた隊員は、全員が理解していたはずだ。
だがそれは、人ならぬ餓霊に対する手段であり、殺傷力の高い行為。
まともに電磁バリアをくらえば、生身の人は焼け焦げて死ぬ。
ほぼ人の姿を残したこの相手に、いきなりそんな行動が取れるほど、誰もが割り切れていなかったのだ。
隊員達は口々に叫ぶ。
「こ、これどうすりゃいいんだよ!?」
「人間なんやろ!? バリア使ったらボロボロになるで!」
やがてかつて人だったもの……そのうちの一体が、天を仰いで叫んだ。
それは確かに、『助けてくれ』と聞こえたのだ。
助けて……お願い助けてくれ! この地獄から出してくれ!
そんな叫びが渦巻いて、最早誰も動けないのだ。
だがその時、誠の肩でコマが叫んだ。
「鶴っ!!!」
「分かったわコマ!」
鶴が叫ぶと、誠達の機体を白い光が覆った。
襲ってきた人型の存在は、その光を嫌って機体から飛び離れる。
彼らは怒り狂って次々に咆えた。
それを合図に、あちこちから無数の仲間が集まってきた。
後に『黄泉人』と呼ばれる、人喰いの……かつて人間だった者達である。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる