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第五章その4 ~神のギフト!?~ 魔王の欠片・捜索編

黄泉人は足跡をたどる

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 市街は闇に沈んでいた。

 時刻は午後の3時過ぎ。当然ながらまだ日暮れの時間ではない。

 それでも周囲は暗黒に包まれ、投光機ライト無しでは数メートル先も見えなかった。

「……ライトの減衰げんすい距離を50mごじゅうまで下げよう。出来るだけ見つからないようにしたい」

 誠はそう隊員達に指示した。

 機体の各所に灯る純白のライトは、かつて小豆島で使った夜間用の作戦照明である。

 特殊な波長のその光は、近距離で強烈に周囲を照らすも、距離があくと急激に減衰するため、相手からは見えなくなるのだ。



 慎重に、廃墟と化した市街を進んだ。

 10年もの間、放置されていた建物はひび割れ、また崩れかけており、白いガスのような何かがよどみながらその間を漂っているのだ。

 どう考えても現世の光景ではなく、機体が歩を進める度に、黄泉の深淵しんえんに下っていくような不気味さを感じさせた。

 生者しょうじゃが踏み込んではならぬ場所。生きとし生ける者全てが忌み嫌う、死のけがれに満ちた最果て。

 そんな形容が相応しい空間だった。

「……すごい邪気だ。外に出たら、普通の人じゃすぐ倒れるよ」

 今は誠の肩に乗ったコマは、モニターに映る周囲の様子を油断なく睨んでいる。

 !!!!!!!!!!!!!!!! 

 不意に風に乗って、無数の人の嘆きのような、叫びのようなものが聞こえてきた。

 一同は動きを止め、しばしその音に耳を澄ませる。

「探してるんだ。生きてる獲物を」

 コマは表情を険しくした。

「……急ごう黒鷹。に見つかると面倒になるよ」



 禍事まがごときざしは、露骨に視界に現れ始めた。

 路上に転がる車両の残骸。

 あちこちに散らばる、喰い殺されたの一部。

 コンクリートの外壁には、黒ずんだ手形が無数に残されていたが、それが乾いた血の色である事を、誠を含め全員が分かっていた。

 アスファルトが剥がれ、土が剥き出しになった路面には、人間のそれらしき足跡が続いている。

 カノンが緊張した面持ちで呟いた。

「あっちに向かってるって事は、向こうに巣があるって事?」

「そこに魔王の細胞があるかもな。危険だけど、行ってみるしかない」

 誠の言葉に、隊員達も無言で頷く。

 一同はしばし足跡を追跡したが…………誠はそこで猛烈に嫌な予感がした。

「…………違う。まずいな」

「まずい?」

 カノンが不思議そうにこちらを見ている。

「ああ、妙に跡を追いやすい。引き込まれてるんだ」

 目を凝らすと、前に進む足跡の上から、不自然な体重移動の足跡が上書きされているのが分かったのだ。

「後ずさりしてる。あしでこっちを誘ってるんだ」

「止め足って何や?」

「熊とかがたまにやるって、父さんが言ってた。自分の足跡を後戻りして、どこか横手のやぶに隠れる。追ってきた猟師が来たら、その瞬間に襲いかかるって」

 高い知能を持つ獣が使う戦術だったため、誠は思わず歯噛みした。

 今回の相手は、恐らく人の頭脳をほとんど残した存在である。それは分かっていたはずなのに、今の今まで油断していたのだ。

 長い戦いの日々が終わり、知らず知らず警戒心が鈍っていたのだろう。

 誠は静かに隊員に告げる。

「……全機、属性添加機の出力を上げろ。合図したら全力で前に走れ」

 だが闇に潜む連中は、それを待ってはくれなかった。

 唸りを上げ、出力を高めた属性添加機を見て、彼らは意図を理解したのだ。『獲物に気付かれた』のだと。

 彼らは闇を駆け抜け、一斉に襲い掛かってくる。

「うわっ、何やこいつら!?」

 モニターに張り付く人型の何かに、隊員達は悲鳴を上げた。

 青い肌、滴る唾液。剥き出した歯には赤い肉片が絡み付き、目は狂気に血走っている。

 髪も衣服も生前のままだったが、明らかに人ならぬ存在に変わっていたのだ。

 彼らが青緑の吐瀉物としゃぶつを吐き出すと、装甲が音を立てて焼けただれた。

「電磁防御を……!」

 誠は言いかけたが、そこで躊躇ちゅうちょした。

 小型の敵に張り付かれた時は、装甲表面に防御の電磁式を流せばいい。歴戦を潜り抜けてきた隊員は、全員が理解していたはずだ。

 だがそれは、人ならぬ餓霊に対する手段であり、殺傷力の高い行為。

 まともに電磁バリアをくらえば、生身の人は焼け焦げて死ぬ。

 ほぼ人の姿を残したこの相手に、いきなりそんな行動が取れるほど、誰もが割り切れていなかったのだ。

 隊員達は口々に叫ぶ。

「こ、これどうすりゃいいんだよ!?」

「人間なんやろ!? バリア使ったらボロボロになるで!」

 やがてかつて人だったもの……そのうちの一体が、天を仰いで叫んだ。

 それは確かに、『助けてくれ』と聞こえたのだ。

 助けて……お願い助けてくれ! この地獄から出してくれ!

 そんな叫びが渦巻いて、最早誰も動けないのだ。

 だがその時、誠の肩でコマが叫んだ。

「鶴っ!!!」

「分かったわコマ!」

 鶴が叫ぶと、誠達の機体を白い光が覆った。

 襲ってきた人型の存在は、その光を嫌って機体から飛び離れる。

 彼らは怒り狂って次々に咆えた。

 それを合図に、あちこちから無数の仲間が集まってきた。

 後に『黄泉人よみびと』と呼ばれる、人喰いの……かつて人間だった者達である。
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