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第五章その3 ~夢のバカンス!~ 隙あらば玉手の竜宮編

坊ちゃん泳ぐべからず。カノっちも暴れるべからず

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「さあ、遊んだ後はもっかいお風呂よ!」

 散々楽しんだ一同は、プロレス会場を後にした。

 案内地図通りに道を抜けると、いきなり趣のある和風の建物が現れた。

 古めかしい瓦屋根のその姿は、懐かしき道後温泉本館のようだ。

 特徴的な建物だけあって、その前で沢山の魚が記念撮影をしていた。

「ここは道後風なんだな。もう何でもありだ」

 誠は混乱しているが、鳳はニコニコしながら説明してくれる。

「竜宮の道後温泉ですから、女性陣も男湯に入れます。服も霊気で出来てますから、そのまま入って大丈夫ですし」

 浴場に入ってみると、中央に立派な石の湯船があって、誠が子供の頃に来た時とほぼ同じだ。

 唯一変わっているのは、『坊ちゃん泳ぐべからず』の文言の横に、『神使も泳ぐべからず』が加わっている事だけである。

 一同はさっそく湯船に浸かってみる。

 カノンは熱い湯が好きらしく、幸せそうに呟いた。

「ああぁっ、しみるわ……この熱めのお湯がたまらないわね……」

「父さんが疲れると、よく道後温泉行ってたな。熱い湯で緊張するから、反動でどっとリラックス出来るって」

 よく『休息前にはぬるま湯がいい』と言われるが、それは既に体が休もうとしている場合の話だ。

 あまりに長い間ガムシャラにがんばり続けた結果、どうやっても休めなくなってしまう事がある。

 脳の興奮が取れない、休暇にならない。父はそれを「戻れなくなる」と言っていた。

 そういう時に熱い湯に浸かって、身も心もヘトヘトになるまであっためると、ぐでーっとなって疲れが一気に噴き出してくる。つまり、命をリセットしてくれるのである。

「確かに疲れが吹き出す感じね。よく眠れそう」

 カノンは嬉しそうに微笑むが、火照った肌が何だかやけに色っぽいのだ。

 内心穏やかざる気分になる誠だったが、そこで難波が寄ってきた。

「それはそうと、うちらと混浴やで鳴っち。めっちゃ嬉しいやろ?」

「Tシャツと、下に水着も着てるじゃんかよ」

 誠はツッコミを入れた。

 白いTシャツが湯に透け、難波とカノンは虎柄のビキニ。鶴と鳳は水着文化に慣れてないせいか、地味な紺色のセパレートタイプである。

 男性陣は湯の中なので見えないが、宮島はバットとボールが描かれた水着、香川はお経が書かれたありがたい水着なのだ。

「うちの色気はTシャツぐらいじゃ隠せへんで。どや、鶉谷司令ほどやないけど、うちも結構セクシーやろ?」

 難波はまた腰をくねらせてお色気ポーズをとってみせる。

 確かに難波は可愛い方だし、スタイルも……まあけしからん部類なのだが、いかんせんキャラがキャラなので、くねくねしても虎柄のワカメのようなものだ。

「何がセクシーだよ、なあカノン」

 誠が話をふると、カノンは急に真っ赤になった。

「セ、セクシーって……あぁっ、は、鼻血が……!?」

「想像したなカノっち。ま、今日一番のお色気は、鳴っちのサービスショットやったもんな」

「サービス??? 俺何もしてないだろ? ねえ鳳さん」

 誠が見ると、鳳はびくっとなり、赤い顔で目を逸らした。鶴もそれは同様である。

「鳳さんにヒメ子まで。宮島、香川、何か知ってるか?」

「いや、俺らは何も知らないが」

 香川がそこまで言った時、カノンが誠に飛びついてきた。

「うっ、うわっ、カノン!?」

「ごめん、ごめんなさいっ! ちょっとだけ!」

 カノンは謝りながら、誠の水着に手をかけていく。

「やめろカノンっ、ナニ考えてんだっ!?」

「お願いっ、一目でいいからあっ!!!」

「あかんカノっち、竜宮でも犯罪や!」

 宮島や香川は爆笑していたが、壁の注意書きに『カノっちも暴れるべからず』の文言が加えられそうな勢いであった。



 道後温泉そっくりの休憩所……畳敷きの部屋で和菓子を食べてまったりした後、一同は温泉街を散策する。

 柑橘かんきつの絞りたてジュースを飲ませてくれる店に入ると、汗をかいていたので、新鮮なみかんジュースがうますぎるのだ。透明のカップには、竜宮城のマークが印刷してあった。

「く~っ、甘いっ! 湯上りにみかんが染みるぜっ!」

「私は紀州なので、こちらのみかんはライバルですが……悔しいです。ビタミンが染み渡る感じがしますね」

 鳳は悔しさ半分、おいしさ半分のような表情である。

 その後も散策を続け、やたら派手なおみやげTシャツを買ってみた。

「なんや、カノっちのTシャツ、う●このマークやん」

「『湯だま』よ! 温泉の精霊なの!」

 カノンがツッコミを入れるが、そこで2匹の日本犬、それも子犬が駆け寄ってきた。

「あれっ、柴犬? 竜宮なのに?」

 誠が戸惑っていると、子犬達は嬉しそうに尻尾を振り、元気良く話しかけてくる。

「こんにちは、お姫様ご一行ですね!」

「宴会のご用意が出来ましたので、お迎えにあがりました!」

 はきはきしていて、とても賢そうな物言いである。

 犬達は首のところに風呂敷をくくり、そこから神社の木札がのぞいている。

 鳳が気を利かせて説明してくれた。

「お伊勢犬いせいぬ金比羅犬こんぴらいぬですよ。江戸時代、お参り出来ない人が犬を代わりに行かせたので、半分神使みたいな扱いなのです」

「犬だけで行けるもんなんか?」

「お参りの人が、ついでに連れてってくれましたので。お札をもらって、ちゃんと家まで帰るのです」

「昔の犬は偉かったんやな……」

 ともかく一同は犬の後に続いた。
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