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第五章その3 ~夢のバカンス!~ 隙あらば玉手の竜宮編

ようこそ、竜宮スパリゾートへ!

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「ぐはっ!?」

 やがて誠は、石畳の上に倒れこんだ。

 いつの間にか後ろ手に縛られ、最早罪人の様相である。

「やめろお前ら、俺に何の恨みがあるんだっ」

 必死に訴えかけてみるが、鯛はクチャクチャガムを噛みながら、こちらの言葉を無視している。

「くそっ、なんて態度だ! 所詮は魚か……!」

 誠は仕方なく周囲を見回す。

 石畳の先には、見上げるような巨大な門がそびえていた。

 門の土台はなだらかな曲線を描く漆喰しっくいの白壁で、そこにトンネル状に通路がくりぬいてある。

 土台の上には入母屋いりもや屋根の鐘突き堂がそびえ、堂の周囲には赤い高欄こうらん……つまり、古風な手摺てすりが巡らされていた。

 鐘突き堂にはマグロの衛兵が仁王立ちし、こちらを見下ろすように監視している。

 こうした造りは竜宮門りゅうぐうもんと呼ばれ、地上でも一部の寺院で見られるのだが、さすがは本物。そのサイズは比べ物にならない。

 やがて大音量で鐘や太鼓が打ち鳴らされた。

「乙姫様の、御成おな~り~!!!」

 さっきまで態度の悪かった魚どもが一変すると、2人の女性が……いや、女神達が近づいて来た。

 外見はどちらも20代の半ば程に見える。

 1人はいかにも活発ではきはきした印象で、表情は自信に満ち溢れている。

 もう1人は少し控えめな態度だったが、とびきり人懐こそうで明るい表情だった。

 どちらも青いころもを身につけ、腰で結んだ紕帯そえおびを、前に長く垂らしていた。

 長い髪は輪のように結い上げてから垂らされ、肩には領巾ひれと呼ばれる古代のショールをかけていたが、それは天女の羽衣のように、うっすら光を放っているのだ。

 いかにも古風ないでたちだったが、衣はあちこち肌が露出していたし、スカートのようなひらみも、体にフィットして女性らしいラインが浮き出ている。

 要するに絵本の乙姫様の格好を、現代風に動きやすくしたような印象だった。

「なるほどなるほど、君が黒鷹君ね?」

 活発そうな女神が、腰に手を当てて誠に言った。

「私は豊玉姫とよたまひめ海神わだつみの娘にして、竜宮の経営責任者的な神よ」

「私は妹の玉依姫たまよりひめです。同じく海神わだつみの娘で。要するに私達、乙姫おとひめなのですよ~」

 人懐こそうなもう1人の女神も、手をひらひら振りながら楽しげに言う。

「日の本を守った勇者くん、竜宮をあげて歓迎しちゃいますです~」

「か、歓迎するなら縄ほどいてくれませんかね……ひっ!?」

 バシィ、とムチを鳴らすヒラメに怯えながら誠は言うが、女神2人は聞いていない。

 倒れた誠をじろじろ眺め、豊玉姫は言った。

「そっれにしても、これは酷い有様ね。あの大蛇おろちと戦ったからしょうがないけど、随分邪気を浴びてるし。魔道に堕ちなかっただけで幸運かな?」

「そうそう、一回じゃ解毒し切れないです~」

「解毒……??」

 不思議そうに問う誠に、女神達は微笑んだ。

「そう、ここは竜宮だから! 仕事に疲れた神々が、癒しを求めて訪れる、海の極楽スポットだからね!」

 豊玉姫は、そう言って片手を竜宮門へ向ける。するとたちまち門が強く輝いた。

「うわっ、眩しい!?」

 しばらく何も見えないほどの光の洪水だったが、数瞬の後、誠は極彩色の世界に立っていたのだ。

 重力を無視した造形で重なり合う、勇壮な和風建築。それらを縦横無尽に繋ぐ回廊かいろう

 建物のあちこちから滝のように温泉が湧き出し、それが流れて集まって、青い海になっている。温泉のしぶきのおかげか、見事な虹が同時多重にかかっていた。

 空にはカラフルな魚が泳ぎ、海の底とは思えぬほどの眩しい光が、南国のそれのように降り注いでいた。

 メインストリートには様々な種類の椰子ヤシが並び、舞い踊る鯛やヒラメに混じって、シーサーが花びらを撒いているのだ。

 シーサーは置き物のそれより可愛い顔だったし、広がる浅い海の上には、牛車ぎっしゃがゆっくり渡っていく。

「な、南国リゾート……? 竜宮城って、沖縄風なんですか?」

「そう見えるならそれでよしっ! 君が思うバカンスがそうなんだから」

 姉の豊玉姫が満足げに言った。

岩凪姫おばさま佐久夜姫おかあさまから頼まれてるのよ。邪気をしこたま浴びてるから、魂を洗濯させたげてって」

 豊玉姫はウインクして言った。

「さあ少年、長いお勤めご苦労さま! 徹底的に遊びまくって、心の底から洗っちゃって!」

「あ、遊べと言われましても……」

 ようやく縄を解かれた誠は、一歩前に踏み出した。

「広すぎて、どこから探検したらいいのか……」

 恐る恐る辺りを見回すと、ふと建物の窓から、見慣れた一同が顔を出した。

 こちらに向かって手を振る彼らは、鶴にコマ、宮島に香川、難波にカノンに鳳だ。

 彼らは滑り台のような水路から、凄い勢いで降りてくる。

「あいつら、先に来てたのか……!」

 誠は呟いて、それから急いで駆け出した。

 子供の頃、友達と誘い合わせて海に行った時のように、わくわくした気持ちが胸の底から湧き上がってきたのだ。
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