上 下
109 / 117
第一章その7 ~あなたに逢えて良かった!~ 鶴の恩返し編

とうとう出たな、荒金丸

しおりを挟む
 それは劇的な効果だった。

 誠を倒すべく密集し、油断しきっていた餓霊の大部隊は、左右から浴びせられた攻撃で総崩れになっていた。

 それはかつて紀元前、カルタゴの猛将ハンニバル・バルカスが、ローマ軍に仕掛けた両翼包囲の再現のように、見事なまでの逆転劇だった。集中力を乱した敵の防御は、以前と比べ物にならないほどもろくなっていた。

 これなら倒せる。これならいける。そんな目に見えぬ希望が、みんなの心に渦巻いていた。

 ……と、その時、誠の機体の傍に、白い巨獣が着地する。巨獣の上には鶴がいて、こちらに大きく手を振っていた。

「お待たせ黒鷹、あたしもいるわ!」

「随分遅かったから、昼寝してるのかと思った」

 鶴の元気な姿を見て、誠は無意識に笑顔になる。

「みんなから聞いた。あの状況で船を守りきるなんて、本当にすごいな」

「ううん、黒鷹の方がすごいわ。すごいんだけど、折角感謝してくれてるなら、何かおいしいものが食べたいですなあ」

「勝ったら好きなだけ食べさせてやる。けど、」

 誠はそこで表情を険しくし、機体の警戒レベルを引き上げる。

「まだあいつが残ってるからな」

 彼方から近付く巨体は、まるで動く小山のようだ。頑強な鎧武者のような上半身と、太い両腕。背からは無数の細長い腕が伸びる。象を模したような下半身が歩を進めると、あたかも大地が震えるようだった。

 誠の機体のモニター上で、岩凪姫が呟く。

「とうとう出たな、荒金丸あらがねまる。四国地方の餓霊軍団の最大戦力だ。恐らく中にあの男が乗っているだろう」



 総崩れとなった敵軍を押しのけ、敗走する部下を踏み潰し、荒金丸は轟くような咆哮を上げた。

「今さらそんなんでビビるか。人間をなめるな……!」

 誠の言葉通り、味方は的確に砲撃を加えていく。

 荒金丸はその無数の腕に、恐ろしく高レベルの魔法を纏わせ、味方に放とうとする。

 ……が、次の瞬間、強力な艦砲射撃が雨あられと降り注いだ。

「遅くなってごめんよ。これでも超特急で出張ったんだ」

 モニターに映るのは、あのあきしまの艦長、夏木中佐の姿であった。

「昔のつてで、出来るだけ仲間を呼び集めて来たから、許してくれないか」

 夏木の言葉通りである。

 瀬戸内海に浮かぶのは、勇壮無比な護衛艦の艦隊である。体勢を立て直した第5船団の船達が、この海に結集しているのだ。

 夏木は少し照れ臭そうに、手を前に突き出して言う。

「さあ反撃だ。全砲門、撃ちぃ方始め!」

 あきしまの射撃を皮切りに、船は次々に砲撃を開始。荒金丸に攻撃を加える。

 さしもの荒金丸も、砲弾の雨を防ぐのが精一杯……そしてその防御ですらも、絶え間なく加えられる人間側の攻撃で、少しずつ力を弱めていった。

 年月をかけて育ててきた配下のほとんどを失い、今や餓霊は引く事も出来ない。この兵力差で撤退すれば、近い将来、どのみち追い詰められてやられるからだ。

「あっ、黒鷹見て、足元から何か出てくる!」

 鶴の言葉に目をこらすと、荒金丸の足元の細胞が盛り上がり、数十体の餓霊が生み出されていく。

 居並ぶ巨体は厨子王その他、見た事のない餓霊もあった。この部下を解き放って人間達の包囲を切り崩し、反撃の糸口を掴もうとしているのだ。

 だが、今にも放たれようとする餓霊は、粉微塵に吹き飛んだ。

 1体の人型重機が踊るように身をひるがえすと、誠の傍に着地した。

 誠の機体の画面には、薄茶色の髪の少女が映し出される。少し目線をそらしたまま、少女は誠に語りかけた。

「前戦った時より弱いわね、急ごしらえだから? で、いよいよこれからボス戦なのよね?」

「カノン、もう大丈夫なのか」

「当ったり前でしょ、遅刻魔のあんたと一緒にしないで」

「ひどい言われ方だな」

 誠はそう言いながら機体を加速させ、迫り来る敵の数体を切り伏せた。

「いやあ、やるもんやなあ鳴っち。変態ぶりに磨きがかかっとるで」

「流石は俺達の隊長だぜ」

「さながら鬼神か修羅ってとこだな……ってこの台詞、前も言ったか」

 他の隊員達も駆け付けてくれた。これなら絶対負けるわけがない。


 味方はさらに勢い付き、餓霊の劣勢は決定的となっていく。

 やがて電磁バリアを貫通した砲弾が、荒金丸の兜を割った。頭上を覆う魔法防御はますます乱れ、その隙をついて砲撃が豪雨のように炸裂。

 さしもの巨体も大きく揺らぎ、凄まじい地響きを上げて倒れ伏した。

「やった、やった!」

 味方は歓声を上げて喜び合った。人が初めて、餓霊の総大将クラスを倒したのだから、歴史的な快挙だった。西日本の勢力図は、これで大きく人間側に傾く事になる。

 ……だがその時だった。

 辺りを奇妙な地鳴りが襲った。崩れかけていた荒金丸の肉体が、再び鳴動しているのだ。

「何だ……?」

 一同が見守ると、荒金丸の亡骸は、音を立てて大きく歪んだ。また歪む。また歪む。

 液体を内包した肉片を、ぐちゃぐちゃと押しつぶすかのような音が、次第に激しくなっていく。

 やがて伸びた無数の触手が、荒金丸の周囲を高速で周回する。まるで蚕の糸のように、巨体をぐるぐる巻きにしていく。

 そう、それは巨大なまゆのようだった。

 繭の周囲には、少しずつ、激しい魔法力が輝き始める。薄紫の光が稲光のように明滅し空間が歪む。周囲の物理・化学現象を捻じ曲げているのだ。


「どういう事? 中から何か出てくるのかしら」

 戸惑う雪菜に、岩凪姫が静かに答えた。

「いや……あれは自爆だ。中でとんでもない忌みと呪詛が蓄積されている」

 傍らのサクヤ姫も、緊迫した表情で後を続ける。

「敵ながら凄い悪あがきね。もし破裂したら、中四国は半永劫はんえいごう続く死の世界よ……呼吸すらままならない、本物の地獄に変えられちゃうわ」

「そ、そんな……!」

 雪菜は息を飲んだが、我に返って岩凪姫に尋ねた。

「あの、攻撃して大丈夫なんでしょうか」

「した方がいい。十分に呪いが完成する前に止めるのだ」

 岩凪姫の言葉に、雪菜は全軍に攻撃を依頼する。

 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 艦砲射撃、そして機体による攻撃。

 あらゆる火線が雨のように降り注ぐが、繭は少しも揺らがなかった。

 多少表面が傷ついても、すぐに再生してしまうのだ。

「ダメ……人の武器で、あれを貫く手段がないわ」

「……いや。方法はまだある」

 雪菜の呟きに、岩凪姫が答えた。

「鶴が敵の細胞を制御し、鎮魂して静めるのだ。再生を弱め、そこに一撃を叩きこめばいい」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

無限回廊/多重世界の旅人シリーズIII 

りゅう
SF
突然多重世界に迷い込んだリュウは、別世界で知り合った仲間と協力して元居た世界に戻ることができた。だが、いつの間にか多重世界の魅力にとらわれている自分を発見する。そして、自ら多重世界に飛び込むのだが、そこで待っていたのは予想を覆す出来事だった。 表紙イラスト:AIアニメジェネレーターにて生成。 https://perchance.org/ai-anime-generator

輪廻血戦 Golden Blood

kisaragi
キャラ文芸
突然、冥界の女王に召喚された高校生、獅道愁一は記憶喪失だった。 しかし、愁一は現代世界の悪霊を魂送する冥界の役人と契約をし悪霊退治をすることに。 記憶もない、訳の分からぬまま、愁一の新たな現世世界が始まる。 何故、記憶がないのか。何故、冥界に召喚されたのか。その謎を解明することが出来るのか。 現代で起こる、悪霊、怨霊怪異、魑魅魍魎と戦う和風アクション!

これは、私の描くフィクションです!

三谷朱花
キャラ文芸
私、葉山鳴海は、根っからの腐女子だ。現実に出会った人間をBLキャラ化するぐらいには。 そんな私は、職場のエレベーターに乗っている時に出会った。職場の同僚子犬と掛け合わせるのにぴったりな長身の美形に! その長身の美形、なんと放射線技師である私の科である放射線科のドクターだった。 目の前で交わされる子犬と美形のやり取りに、私は当然興奮した! え? 私のリアルはどうなのさ、って? とりあえず、恋はしないから。だから、2次元……いや、これからは2.5次元で楽しませてもらいます! ※毎日11時40分に更新します。

元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜

ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。 社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。 せめて「男」になって死にたかった…… そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった! もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

処理中です...