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第一章その7 ~あなたに逢えて良かった!~ 鶴の恩返し編

あの日言えなかった感謝を。僕らを守り助けてくれた、全ての勇敢なる人たちへ

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 若者達は、食い入るように画面に見入っていた。

 誠達の高縄半島とは別の避難区の事である。

「なあ、あれって、光翼天武じゃないのか」

「混乱の最初ごろに出てきたあれだよ」

「嘘、生きてたんだ」

 皆、子供のようにテレビを見つめていた。

 恐怖に震える夜も、孤児みなしごになって果てない不安に怯えた日々も、心の支えにしていた英雄が、再び現れたのだ。気にならない方がおかしいだろう。

 やがて1人の少年が口を開いた。

「……なあ、俺たちも行こうぜ。よく分かんないけど、この人伝説のパイロットだろ。この人が負けたら、もう俺達も終わりだろ」

「けどさ、俺らが行ったってどうにもならないじゃん。敵はこんな大軍なんだぞ」

 他の少年の言葉はもっともだったが、次の瞬間。

「……機体を、貸してくれないだろうか」

 ふいにかけられた、低く深い響きのある、大人の男性の声。

 一同が振り返ると、そこにいたのは緑を基調とした迷彩服を着込んだ、大柄な成人男性だった。

 あの少年に傷つけられ、医療施設の充実したこの避難区で治療中だった池谷中佐である。

 中佐はおぼつかない足取りで歩み寄ると、大きく息をつき、それから言った。

「君達はもう十分に戦った。だから後は、私達大人に任せてくれないか。私に機体を貸してくれ」

「おじさん……いや中佐、起きて大丈夫なんですか」

「おじさんでいいよ」

 若者の言葉に、池谷は苦笑した。

「体の方は問題ない、どうせ死に場所を求めに来たんだ。私の拙い指揮で大勢犠牲になったし、私は解任されたからね。私には逆鱗もないけど、通常の操縦ぐらいは出来るさ」

 池谷は一同を見つめ、少しだけ口元をゆがめて笑顔を作った。それは相手を安心させるため、大人の男がよくする仕草だ。

「む、無理すんなよ。おっさんだって怖いんだろ?」

 誰かがかけた心無い言葉に、池谷中佐は微笑んだ。

「そうだ、怖い。大体私は、最初からやる気満々で自衛官になったわけじゃないんだ。就職難で、働く先がほしくて、なんとなく自衛隊に入ったんだ。命がけで国を守っても、暴力装置だなんて蔑まれて、無駄飯食い扱いされる自衛官に、何の誇りも持ってなかったんだ」

 池谷は昔を懐かしむように言葉を続ける。

「けれどあの災害を経験して、瓦礫の中から震える人を助け出した時、私は初めて自衛官になったんだと思う。人々がすがるような目で私を見る度に、私はいつの間にか胸を張っていた。やる気もなく、ただの木偶の坊で、上官に怒られてばかりだった私を、子供達は本当に頼もしそうに見てくれたよ。私は思った。武器が通じなくてもいい、微力でもいいから、自分に出来る事をやろうと。1人でも多くの人を守ろうと。だから私は、こんな怖い場面でも、こんなにやせ我慢ができるんだと思う」

「……だから俺達にも、真似しろって言うのかよ」

「それは違う。さっきも言ったが、君達は子供だ。あとは大人に任せなさい」

 池谷は発言した少年をまっすぐに見つめ、ゆっくりと頷いた。

「……ただ、私はずっと考えていた。君達子供に、我々は何をあげられなかったんだろうかと。そして分かった。それは誇りだよ」

 池谷はその場の全員を見渡して続ける。

「君達は本当に辛抱強く頑張った。だからこれ以上無理する事はないし、後は私に任せて避難しなさい。……だが君達は知っているか? 君達が必死に戦っているその陰で、手を合わせている幼い子がいる事を。日々命を懸けて戦っている君達に、ありがとうと祈っている人がいる事を。私がいた避難区では、みんなそうして、君達に感謝していたんだよ? やる気のない自衛官だった私を、憧れの目で見てくれた子供達が、今は君達に尊敬の念を持っている。だからその事に誇りを持ってほしい」

 池谷の口調は静かだったが、もう誰も横槍をはさむ者はいなかった。

「私は無力だし、全てを失ったから、君達に何も役に立つものをあげられない。君達が得るはずだった青春も、幸せも、私には返してあげられない。ただ、これだけは知っていてほしい。絶体絶命のさなか、戦いに立ち向かっていた君達を、尊敬する子供達がいる事を。君達に感謝をささげながら、懸命にものづくりに励んでいる大人達がいる事を。その事に胸を張って、君達はこの基地から巣立ってほしい。その誇りだけは、君達の頑張りに対する正当な対価として受け取ってから、新しい人生を歩んでほしい」

 池谷はそこで一同に向けて敬礼した。

「私の伝えたいことは以上だ。それでは、機体を貸してくれるかい?」

 やがて1人が口を開いた。

「……俺も、自衛隊に助けてもらったんだ。マンションの屋上で震えてたとき、崩れそうな屋上にヘリが降りてきてさ。涙が出るぐらい嬉しかったよ」

 つられるように、皆口々に己の体験を語り出す。

「私は警察だけど」

「俺は消防士だった」

「俺は、近所のおっさんだったな。どう見てもさえないおじさんなのに、いざってなるとすごい力持ちでさ。ハゲて太ってても、凄えカッコよく見えたんだ」

 一同はそこで笑いに包まれた。

 1人の少女が、少しはにかんだ表情で言う。

「あたし達、誰も守ってくれないって思ってたけど、ちっちゃい子達は違うふうに思ってるのかな」

「そうだ」

 池谷は力強く頷く。

「君達は先人だから、沢山苦しい事を押し付けられた。卑怯な者が逃げて、守ってくれない事に不満もあるだろう。でも子供達は違うんだ。君達のようなお兄さんお姉さんが、毎日必死に戦っている姿を見て育っている。君達のおかげで、大人や社会に対する敬意を持っている。この恐ろしい時代でもがいてきた君達の頑張りは、決して無駄じゃないんだよ」



 池谷はそこでちょっと目線をそらしながら頭をかいた。

「……それに、誰も守らなかったっていうのは、ちょっと寂しいな。私や私の亡き同僚も、力及ばずながら戦ったんだから」

「……だよな。だから俺達生きてるんだもんな。ひどい大人もいるけど、でもちゃんとした大人もいて、俺達の事を必死で守ってくれたから……こうして生きてるんだもんな」

 そして1人が決断する。

「俺、行った方がいいと思う」

「俺も、今仲間がいるうちに戦った方がいいと思う。戦力の逐次投入は駄目だって習っただろ。各個撃破されてからあがいたって、絶対勝てない。だったら今が最後のチャンスだ」

「あたしもそう思う。あの英雄が死なないうちに、みんなで行こうよ」

 皆が口々に己の意見を口にする。

 それから一同は、池谷に向かって整列し、頭を下げた。

 幼い頃、あの災害の時に言いそびれてしまった感謝の言葉を池谷に告げる。

「あの、ありがとうございました!」

 池谷は何も言わなかった。

 やがて誰に命ぜられるでもなく、彼等は機体を駆り、随伴車両を動かした。

 あの苦しかった日々、自分達はどう動いてきたのだろうと思い出す。

 知恵と勇気を総動員して、少年少女は戦いへと馳せ参ずる。覚悟を決めて、己の経験を信じて。

 子供達が去った室内で、池谷は1人呟いた。

「……私は、駄目な大人だな」

 震える声を、辛うじて絞り出す。

「また君達に教わってしまった……!」
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