上 下
91 / 117
第一章その6 ~急展開!~ それぞれの恋の行方編

永遠の黒歴史。女神様も辛いよ

しおりを挟む
 巨大なテレビモニターの傍に立ち、女神は腰に手を当てて言った。

「よし、それではそこに座って見ておれ。決して目を逸らすでないぞ」

「え? え?」

 てっきり稽古でもつけるのかと思った誠は拍子抜けしたが、画面は既に映像を映し始める。

「昔々、あるところに美しい女神がいた。コノハナサクヤヒメという女神だ。彼女は天孫であるニニギノミコトに求愛された。父親は大層喜び、凄まじい速さでOKした。ここまではいい。ただ父は1つだけ、とんでもない決断をした。ミコトが妹に、『そなたには姉がいるか』と聞いたため、妹の結婚に、姉の方もつけようとしたのだ」

「……まさか」

 誠はなぜか嫌な予感がしてきた。


 やがてスクリーンには、まだうら若き乙女が映った。長い黒髪を高く結んだ長身の女性で、若き日の岩凪姫だった。化粧はしていないが、表情は明るく健康的な魅力がある。

 けれど武神の娘なので、やんちゃというかなんというか……着物のスソには天下無敵の文字が躍っている。


 誠は更に嫌な予感がしてきて、思わず席を立とうとした。

「も、もういいです」

「まだだっ、まだやめんぞっ。力は強いが色恋にうとい姉は、結婚など考えた事も無かったが、どうせ嫁ぐなら良い嫁にと思った。世話は従者がしてくれるが、もしもの時には役に立てねばと、家事を覚え、天界料理教室に通った。気が早いが天界版の子育て雑誌なども読んだのだ!」


 映像は少し恥ずかしそうに、でも懸命に花嫁修業をしている岩凪姫が映っている。

「当然周囲は私の変化に驚き、どうしたのと聞いてくるっ。私はにこにこしながら答える、妹と一緒にお嫁に行くんですと。そして嫁入りの日が訪れた」

 スクリーンに映るのは、サクヤ姫との再会を喜ぶニニギノミコト。

 だが、そんな2人を見守りながら、手持ち無沙汰にしている岩凪姫に、ニニギの一言が突き刺さる。

「え、そなたは……?」


「も、もうだめだっ!」

 叫んで走り出しそうになった誠の首根っこを、岩凪姫が捕まえた。

「貴様、私が耐えているのになぜ逃げるっ!」

 女神は顔を真っ赤にしながら誠の頭を抱きかかえ、強引に映像に向ける。

「ミコトが妹に『姉がいるか』と聞いたのは、『姉も欲しい』という意味ではなく、一人娘が嫁に行って、家が絶えるのを心配したからだった。私はしばし呆然としていた。更にきついのは、実家に戻ってからの皆の視線だ。あれだけにこにこしながら嫁入りを公言していたのに、瞬殺で返品されたのだからなっ」

 岩凪姫はもう誠から手を離していたが、誠は気の毒で振り返る事が出来ない。

「私は布団をかぶり、顔から火が出そうな思いで耐えた。時間がたてば、他の神も人間達も忘れるだろうと。ところがだ、後の人がまさかの古事記に記述。神話として語り継ぐという終わり無き公開処刑。永遠の黒歴史となったのだ」



 画像はそこで神社の映像へと切り替わった。

「妹はやがて日本一の霊峰富士の、浅間神社の祭神となった。有名な神として信仰も厚く、参拝客が絶えぬわ。対して私は長生きと健康のご利益があるとされ、物好きがたまに詣でてくるのだっ」

 画像で比較すると本当に辛い。浅間神社が大勢の人で賑わっているのに、阿奈波あなば神社は荒れ果てている。石造りの鳥居はひび割れ、金属のプレートで支えてなんとか形を保っていた。

 ……が、そんなものは序の口で、映像が切り替わると、鳥居は倒れ、社は廃材の山になっていた。

「もちろんお前の知る通り、大きな台風で社は全壊し、もう島には帰るところもないがな! ははは、我ながら笑えてくるぞ!」

「す、すすすっ、すみませんでしたああああっっっ!!!」

 誠は本気の土下座を敢行した。何もしてないのに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 女神は精神的ダメージが大きかったのか、両手で顔を押さえてうずくまっている。

 見るな、みんな私を見るな、などと呟いて、あの日の恐怖と戦っているようだ。

「だ、代行様、お気を確かに」

 いつの間にか駆けつけた鳳に促され、女神はふらふらと岩に腰掛けた。

 注がれた酒を一気にあおると、その力で何とか正気を取り戻したようだ。

「こんな私が、国守る大役を仰せつかり、どうしていいか分からぬのが本心。だがな、だからこそ面白いではないか!」

 女神はやや赤い頬で、無理に笑って立ち上がる。

「この国で、最も陽の当たらない神の私が、日いづる国を守り抜く! バカげた話と笑うがいい。笑わぬならばついて来い、この幸薄き負け組の神に!」

「分かりました」

 誠は素直に頷いた。己の恥をさらけ出してまで励まそうとしてくれた女神への礼儀だった。

「何度も言う、道は1つとは限らぬぞ」

 女神がウインクすると、そこで景色は一変し、誠は校舎の中へと転移していたのだ。
しおりを挟む

処理中です...