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第一章その5 ~負けないわ!~ 蠢き出す悪の陰謀編

鳴門地区防衛戦7

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 ほどなく餓霊の群れは進撃を開始した。山々を踏みしめて進む軍勢は、冥界の狩人のごとく人間達に迫る……はずだった。

 そこで不意に異変が生じた。彼方の味方が、にわかにざわめき始めたのだ。

 餓霊は頭部の目を動かし、足りない頭で考えた。

(一体何が起きている?)

 と、その時。

 戸惑う餓霊の足元に、何かが高速で走り出てきた。自分達に比べれば、かなり小さい白い獣と、その背に乗る鎧姿の少女だった。

 獣は身軽にこちらの足元をすり抜けると、近くの木に駆け登る。

 少女は太刀を抜き放ち、よく通る声で高らかに叫んだ。

「何度言っても嬉しいセリフよ! やあやあ、我こそは三島大祝家に名高い、大祝鶴姫なるぞ! 民草を苦しめる悪党ども、この鶴ちゃんが来たからには、まとめて地獄に送ってあげるわ!」

 餓霊達は怒り狂って押し寄せるが、少女と獣は木を飛び降り、再び足元をすり抜けていく。

(小さくってすばしこい!)

(足手まといを捨てて、自分だけ逃げているのだ!)

 餓霊は原始的な思考でそんな事を考えると、軍勢を動かして少女を絡め取ろうとする。

 だが次の瞬間、別の方角でも騒ぎが起こった。目立つ木の上に少女が登ると、また太刀を抜いて叫んでいるのだ。

 少女が木から飛び降りると、味方は慌てて追いかけるが、今度は更にとんでもなく遠くの峰で騒ぎが起こった。

 少女を追いかけて峰を下っていると、向こうから全く同じ顔の少女が登ってきて、手を上げて互いに挨拶している。

 味方同士がすれ違い、今追いかけているのが何なのかも分からなくなったのだ。



「いや、これは壮観やな」

 その様子をモニターの望遠機能で眺めながら、難波が手を叩いた。

 山々を埋め尽くしていた敵陣も、今は乱れに乱れている。ケーキの表面の生クリームを、フォークでぐちゃぐちゃに引っ掻き回したような感じだ。

「それにしてもあんた、分身なんてよく思いついたわね」

「カノンはあの時いなかったもんな。天守閣にいた時、テンションが上がるとヒメ子が増えてたんだ。それぞれ別の遊びに使うって言ってたから、それなら長い時間……かつ離れた位置でも出来ると思って」

 そう、作戦は極めて単純だった。

 鶴とコマの2人で、霊力の消費が少ない分身を沢山作り、それで敵軍を引っ張り回すのだ。

 鶴を閉じ込めるために囲い込んだのなら、逆に囲みきれないほどの数になってしまえばいいわけだ。

「まあ予想では、そろそろ指揮官クラスが動くはずだ。足元を逃げられないよう、対策をとってくると思う」

 誠はそう言ってモニターを睨んだ。




「思ってた通りね」

 コマに乗ったまま手をかざし、鶴は小さく呟いた。

「大きい敵だけじゃなく、ちっちゃいのも沢山出てきたわ」

 小さな餓霊であれば足元をすり抜けられず、必然的に戦いになる。そうなれば、おのずと逃げられる方向も限られて来るのだ。

 分身した鶴とコマは、少しずつ同じ領域に追い詰められていく。

「向こうで分身がやられたわ」

「まあ、霊力を節約した、スカスカの身代わりだからな」

 コマも走りながら答える。

 あちらでもこちらでも、追い詰められた分身が敵の攻撃を受けて消えていくのだ。




 男は1人、窓際に立ち尽くしていた。あの研究所の主任を務める、爪繰つまぐりと呼ばれた人物である。

 その表情は静かだったが、何かを待ち侘びているように、後ろ手に組んだ指がしきりに動いていた。

 やがて奥の扉が開くと、例の長身の青年が現れる。

「笹鐘か。状況は?」

「はい。あの神人の姫君ですが、予定通り囲い込まれているようです」

「それは何よりだ。あれだけ不利な状況を作れば、寡兵かへいでどうなるものでもないからな」

 爪繰つまぐりは極めて満足そうだった。

「佐々木達に施していた呪いも、あの姫君が解いていたようです。どんな技を使ったのか分かりませんが、再度の呪いも受け付けません。何か強力な気でひっぱたかれたようですね」

「……無茶苦茶だ。が、あの姫君さえいなくなれば、またしょぼくれるだろう。これで夜祖やそ様に良いご報告が出来る」

 爪繰つまぐりは静かに答える。表情には狂気に近い笑みが浮かんでいた。

「歴史が証明しているよ。何度生まれ変わろうと、聖者は陥れられるものだ」




 やがて鶴とコマは、敵陣の中央で立ち止まっていた。

「……すっかり囲まれたな、鶴」

 コマは周囲を見回して唸り声を上げる。

 餓霊は少しずつ前進し、こちらの逃げ場を塞いでいる。すぐに襲い掛かるのではなく、味方の囲みがより厚く、より万全になるのを待っているのだ。

 と、その時、囲みの後方にいた餓霊達が振り返った。

 味方の人型重機部隊が、必死に突撃をかけているのだ。

 ……だが、それは無謀な行動だった。

 圧倒的な数の差は、最早数機の特攻でどうにかなるものではない。

 人型重機は瞬く間に倒され、踏み潰されて沈黙していく。黒鷹の機体でさえもそれは同じだった。

 餓霊達は勝ち誇って雄たけびを上げる。

 鶴はその叫びの意味を理解した。

「……そうね、あなた達の勝ちよ」

 餓霊はやがて濁流のように押し寄せてくる。

 もうすぐその爪が、その牙が、2人の身にも届くだろう。

「……そう、あなた達の勝ち」

 鶴は再び呟いた。

「私達が……本物ならね!」

 次の瞬間、鶴とコマの姿はかき消えていた。

 倒されたのを装っていた機体も、元の霊気に戻したため、陽炎となって消えただろう。

 ああいう大きなものを再現するのは、いくら鶴でも神経を使うのだ。
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