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第一章その5 ~負けないわ!~ 蠢き出す悪の陰謀編

鳴門地区防衛戦6

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「あいつら、何をやってるんだ!?」

 急激に自軍から突出する味方に、誠は思わず声を上げた。

「確か小牧班よね。数機だけ先行して、あれじゃ囲まれるわよ」

 カノンの言葉に頷き、誠は画面を操作した。中継車を介さぬ非常用回線を選択、直接連絡を取ったのだ。

「鳴瀬機から小牧班へ! 突出は危険だ、ただちに後退されたし!」

 すぐに応答があった。長髪をオールバックにした少女が、悲壮な顔で呼びかけてくる。

「こちら小牧班、機体の制御が利かない! ОSの故障かと思われる!」

 そうするうちにも彼らの機体は、敵軍を追い抜くように駆け抜けていく。奇妙な事に、餓霊は小牧達に攻撃を加えないのだ。

「黒鷹、追いかけましょう! あの人達は悪い人じゃないわ!」

「分かった! 小牧班、すぐに救助に向かう!」

 鶴の言葉に、誠達も機体を駆って敵陣を駆けていく。

 途中から高速道路に飛び乗って走ると、濃い霧のベールの向こうに何かが見えてきた。

「何だ、目玉……!?」

 それは一言で言えば、複数の巨大な目玉だった。1つ1つが数メートルはある眼球が無数に集まり、それを青紫のゼリー状の組織が覆っている。目玉はそれぞれせわしなく動いて、誠達を視認した。

 誠達は一瞬減速し、牽制射撃を加えてみる。

 だが敵の周囲には強固な電磁バリアが輝き、射撃を硬く弾いてしまう。

 その間にも、本部付けの車両や小牧班は、減速せず目玉に近付いていくのだ。

「駄目、衝突しちゃう!」

 カノンの悲痛な叫びが上がるが、次の瞬間、ゼリー状の組織が大きく肥大化、機体と車両を飲み込んでいた。

 敵はそのまま周囲に光を撒き散らすと、掻き消すように消えてしまった。

「やられたぞ! あの敵の全身が、転移魔法の塊だったんだ!」

 コマが轟くような声で怒鳴った。

「鶴、同じように飛べるか?」

「邪気が強いからしんどいけど、やってみるわ!」

 鶴が目を閉じて念じると、コマや機体の周囲を光が包んだ。その光が一際強く輝いた、と思ったとたん、視界が物凄い速度で流れていく。

 数瞬の後、誠達は山あいの道路に着地していた。

「良くやったぞ鶴、そして見つけた!」

 コマの言葉に目をやると、あの目玉の敵は、宙に浮かんで山間の道路を移動していく。

「どう考えても罠だけど、行くしかないか」

 誠は歯噛みしつつも、目玉の後を追いかけたのだ。



 やがて奥深い渓谷にたどり着いた時、相手はその動きを止めた。道路にふわふわと浮かんだまま、目玉がこちらを見つめている。

「何やあいつ、人質にするつもりかいな」

「そんな事させないわ。あいつが術の塊なら、近づいて……」

 だが鶴がそこまで言った時、目玉は不意にそのまぶたを閉じた。するとゼリー状の組織が力なく崩れていく。人型重機と車両を吐き出し、蒸気を上げて溶け落ちたのだ。

 人質を開放したというより、エネルギーが尽きたのかもしれない。

 誠達は急いで彼らに駆け寄った。

「こちら鳴瀬隊。小牧班も車両部隊も、全員無事か?」

「……あ、ありがと。なんとか無事みたい」

 パイロットの少女・小牧がモニター上で答える。

 他のパイロットや車両班も無事のようだ。

「状況は? なんでこんな事に」

 小牧は戸惑いながら首を振った。

「こっちも勝手が分からないのよ。いきなり操作出来なくなったと思ったら、こんな事になって……」

 だがその言葉が終わらぬうちに、地面が大きく揺れ動いた。

 !!!!!!!!!!!!!!!!!

 まるで大地そのものが怒り狂い、誠達を飲み込もうとしているかのようだ。

 鶴は周囲を見回し、真剣な表情で誠に告げる。

「地脈が……活性化してるわ。物凄い反魂はんごんの術が発動してる」

「反魂の術?」

「大地の力を前借りして、餓霊をどんどん呼び出してるの」

 鶴の言葉は、すぐに誠達も実感できた。

 半透明の地図上に、餓霊を示す赤い光点が凄い勢いで増えているのだ。渓谷にいる誠達を、見た事もない大軍が取り囲んでいる。

「……見え見えだったけど、完全にやられたな。狙いはヒメ子と俺達だ。味方を囮にして、自陣の中に引き込んだんだ」

 鶴の指揮する部隊は、事前に危険を察知するので不利にならない。だったら他の部隊を囮にして、こちらが不利な状況に引き込んでしまおうというわけだ。

 あとは地脈の力を前借りして、餓霊の軍勢を一気に増やし、その凄まじい大軍をもって絡め取る気なのだ。

 だがしかし、事態はそれだけに留まらなかった。

 車両の1つが輝くと、いきなり小さな爆発を起こしたのだ。人員に被害の出ない程度の小爆発ではあるが、誠は咄嗟に鶴に叫んだ。

「ヒメ子、止められるか!?」

「任せて!」

 鶴が胸の前で手を合わせると、全ての人型重機と車両を青い光が包んだ。追加の爆発は起こらない。

「小牧班、機体に異常は?」

 小牧は引きつった表情で答えた。

「が、画面が滅茶苦茶に動いてるけど、爆発はしないみたい」

 誠はそこで確信した。

「恐らく暴走するようなプログラムを組まれてたんだ。爆発はその証拠隠滅だろう。火力がしょぼかったのと、全部が同時に爆発しなかったのは……いつものヒメ子の幸運かな?」

 誠は最初に爆破された車両を画面上で拡大した。

 車両の制御を司る、インテリジェンスボックス部分が黒く焼け焦げている。

「機体のプログラムなら人の悪意じゃないから、ヒメ子も気付かないだろうし。相手もよく考えてる」

「い、いやちょっと待ってくれよ隊長さん」

 香川が引きつった顔で尋ねる。

「餓霊がこっちをおびき寄せたいのは分かるが、何で味方の機体に都合よくそんなプログラムが入ってるんだよ。いくら何でもタイミングが良すぎる」

「……そう、押収した資料と同じだ。タイミングが良すぎる」

 誠はそう言って頷いた。

「いずれにしても、まずは生きて帰る事だ。機体を持ち帰れば、動かぬ証拠があるわけだし」

 誠達の会話をよそに、モニター上では小牧が項垂れていた。

「本当にすまない。あたしらのせいで、こんな事になって……」

 小牧はそこで顔を上げる。

「あたしが囮でも何でもやる! だからあんたらと……もし可能なら、こいつらも連れて逃げて欲しい」

「姉御!?」

「嫌だよ、みんな一緒だよお!」

 小牧隊の2人が叫ぶが、その時、鶴が口を開いた。

「いいえ、生き残るのは全員よ」

「全員……?」

 小牧は不思議そうに繰り返す。

「そうよ。このぐらいで諦めてたら、戦国の世は生きられないわ。ねえ黒鷹?」

「ああ。俺は戦国時代は知らないけど、こんなピンチ、もう慣れっこなんだ。だからこれ以上、1人も死なせるもんか」

 誠も力強く頷くと、一同に語りかけた。

「まず情報を整理しよう」



 一同は半透明の地図情報を共有して、簡易の作戦会議を始めた。

「敵の布陣はかなり……いや、とんでもなく厚いな」

 コマは巨大化して周囲を警戒したまま、端的に感想を言う。

「これだけ厚くてこの邪気の濃さだ。鶴の空間転移でも飛び越えられんぞ」

「かと言うて、戦ってこの囲みを崩すのは至難やで」

 難波の発言に、誠は静かに答える。

「……いや、いける。逆に簡単だと思う」

「簡単て、それはいつもの変態な感じでか?」

「いつも変態みたいな言い方やめろよ。敵の狙いは、囮を使って手ごわい相手を……ヒメ子をおびき寄せる事だろ。逆に言えば、ヒメ子さえ動けば、敵を簡単に誘導出来るってわけだ」

「けど動いたって囲まれてるじゃない?」

 カノンの問いに、誠は首を振った。

「囲めないぐらい、しっちゃかめっちゃかにすればいいんだ。これだけの大軍だ、一度指揮が乱れれば、もう収拾が付かなくなる……ただし、ヒメ子とコマは疲れるけどな」

「平気よ黒鷹」

 鶴は自信満々に胸を叩いた。瞳はきらきらと輝いている。

「任せておいて。私達、そのためにこの世に来たんだから。ねえコマ?」

「調子のいい事だが、その通りだ。弱い者苛めしか能のない悪霊どもに、これ以上好き勝手させるものか」

 コマも力強くそう答える。

 誠は頷くと、至急戦いの準備を始めた。

「取り急ぎ、そっちの機体のサブコンに、こっちのОSをインストールしよう。その間に説明する」
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