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第一章その4 ~さあ復活だ~ 懐かしきふるさとの味編
祭りの屋台は食べ過ぎる。だがそれがいい
しおりを挟むかくして決行の日を迎えた城の二の丸広場には、様々な料理ののぼり旗が並んでいた。まるで決戦に向けて、諸侯が集った本陣のようだ。
頃合を見計らって、避難所にいた元料理人達も集まってきた。
香川県の避難区から来たあの母親も、腕まくりをして張り切っている。
「鳴瀬さん、任せて下さいね。腕によりをかけたうどんをご馳走しますから」
傍らには売店のおばちゃん・渡辺さんもいて、にこにこしながら巨大な荷物を運んでいた。
「こんな日がまた来るなんて、思ってもみなかったよ。みんな楽しそうじゃないか」
彼女の言葉通り、集まった料理人は、まるで水を得た魚のように生き生きしている。
テントを張ろうとしてひっくり返す雪菜に、誠は慌てて助けに行ったが、その頭上を神使達が飛び越えて行く。
「姫様、漁から戻ってきやしたぜ!」
「モウレツな大漁です!」
遠くに目を凝らすと、港には大漁旗を掲げた船が続々と戻って来ているのだ。
「ちょっと獲り過ぎだけど、今日は特別だよ。海の神様方が、うんとサービスしてくれたんだ」
コマが鶴の肩に飛び乗り、嬉しそうにそう言った。
やがて全ての材料が運び込まれ、鶴がメガホンで語りかけた。
「それでは皆の衆、お料理を始めるわよ! みんなでもう一度、懐かしい味を復活させましょう!」
おお、と気合を入れて、一同はそれぞれの作業を始める。
あちこちのテントに湯気が立ち込めて、まるでお祭りの出店のようだ。
「ヒメ子、そっちはどう?」
「任せて黒鷹、ばっちりおいしく出来そうよ」
鶴は意外に慣れた手つきで調理している。こちらは縁起物の鯛めしを作っているのだ。
手順は簡単で、あらかじめ鯛をさばいて、アラでダシをとっておく。そのダシにお米を入れ、醤油と酒で味付けする。後は荒塩をふった切り身を香ばしく炙って、昆布や油揚げと一緒にお米に乗せて炊きあげるだけだ。
こうすれば骨が刺さる心配が無いから、子供でもモリモリ食べられるし、塩や皮目が焦げた匂いが食欲をそそるのだ。
「さ、後は炊き上がるのを待つだけね。黒鷹の方は?」
「こっちは水軍鍋だから、豪快に切って煮るだけだよ。鱗や内臓は港で取ってくれてるし、楽なもんだよ」
水軍鍋は、瀬戸内の雄・村上水軍が食べたとされる鍋で、海の幸がぎっしり詰まった、港町ならではの豪華な鍋である。急流渦巻く来島海峡で育った魚は、身が締まって口の中で跳ねるようなおいしさだ。
鶴は額に手を当てて、人だかりの向こうを見渡した。
「他のみんなも順調みたい。凄いわ、これなら勝利は間違いなしね」
鶴はわけの分からない自信に満ちていたが、やがてぽんと手を打ち鳴らした。
「そうよ。せっかくだから、あのおじさんも呼んで来ましょう」
鶴は光に包まれて消えたかと思うと、瞬く間に阿波丸氏と秘書らしき人物を連れ帰ってくる。
阿波丸氏ははっぴをぐいぐい引っ張られながら、鶴に訴えかけていた。
「いや、だからねお嬢ちゃん、わしはまだ君達を信頼したわけでは……」
「……代議士。出張手当はいただきますよ」
「分かった、分かったからそれより君ね、」
尚も抗議する阿波丸だったが、鶴は既に拳を振り上げていた。
「さあみんな、もうひと踏ん張り張りよ!」
「ちょっと、誰かわしの話聞いて!」
阿波丸の嘆きは、盛り上がる人々には届かなかった。
やがて全ての準備が終わり、続々とバスが集まって来る。
人々は怪訝そうに歩を進めたが、その顔はすぐに笑顔に変わった。
10年ぶりの味に、一口食べて涙ぐむ人もいるし、子供達は喜びでピンポン玉みたいに跳ね回っていた。
もちろん神使達も嬉しそうである。
「これも稲荷大明神様と、収穫したワイらのおかげやで。よーく感謝して……あっ、ワイの鯛めしは、おあげを多めにしてな!」
「はいはい」
誠はキツネに料理をよそいながら苦笑した。
いつの間にか合流した鳳も、普段よりにこやかな表情で鶴に告げる。
「姫様、他の避難区も、極めて盛況のようですよ」
「それは良かったわ。頑張った甲斐があるってものよ」
向こうに見える出店では、難波がたこ焼き針を回しながら曲芸のように焼いていたし、隣では宮島が、器用にお好み焼きを舞い上がらせて裏返していた。
「いくぜっ、お好み宮ちゃんの、元祖イカ玉・3回転着地だぜ!」
「アホやなあんた、それやと同じ側だけ焼いとるやんか」
「そっか、すまん!」
その向こうでは、コシのある讃岐うどんが人気過ぎて、香川が青い顔で切り盛りしているが、例の避難区から来た人達が張り切って助けていた。
その更に奥の店にはカノンがいる。
備前寿司の小鉢は華やかな色合いで、皿の上に小さな春がやってきたかのようだ。それぞれの素材を生かした下味も抜群で、流石は日本一贅沢なお寿司と呼ばれる所以だ。
手の空いた渡辺さんが手伝ってくれるので、カノンは少しおどおどしている。普段は怖いカノンも、こうしてみると姑に遠慮するお嫁さんのようだ。
狸達は並んで腹鼓を披露し、猿は太鼓に合わせた神楽を踊って拍手喝采を浴びていた。
龍と眼帯を付けた狛犬は、なぜか大食い勝負を始めている。
牛は給仕をモウレツに頑張っていたから、きっと天神様に褒めて貰えるだろう。
「無茶苦茶だ……無茶苦茶だが、こんな光景久しぶりだ」
阿波丸氏は呆然と呟いたが、誠達の視線を感じて我に返った。
「あ、いや……私はただ食品会社の社長として、この眺めが嬉しいと言ったまでで」
コマはそんな阿波丸の肩に飛び乗る。
「それでいいよおじさん。僕達はどんどん日本を取り戻していくから、じっくり判断してよね」
「…………」
コマの言葉に、阿波丸は黙ってしまった。
手にした椀の米を見つめ、ゆっくりと口に運ぶ。
彼の傍らには、意外と食欲旺盛な秘書がいた。
手には何段重ねか分からないたこ焼きのパックを持ち、熱心に口に運んでいる。
「……代議士。今日の出張手当は、このお料理でよしとします」
秘書はそう言って少しだけ微笑んだ。
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