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第一章その4 ~さあ復活だ~ 懐かしきふるさとの味編

いざ、グルメ談義!

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「お、終わったあああっ!」

 誠達は歓声を上げた。永遠に続くかと思えた、膨大な資料のチェックを終えたのだ。

 紙ふぶきが舞い、くす玉がいくつも開かれたが、ひとしきり騒いだ後で疲れが噴き出し、机の上につっぷした。神使達もお腹を見せてごろごろしている。

「大変お疲れ様でした。よく頑張られましたね」

 鳳も少しおかしそうに微笑んで、一同をねぎらってくれる。

 カノンはほっぺたを座卓につけたまま、けだるそうに誠に言った。

「……バカ鳴瀬、何か買って来なさいよぉ」

「まあ俺が呼んだからな。お疲れ」

 珍しくだらけたカノンが可愛らしく、誠は思わずニヤニヤしたが、気付いたカノンが睨んできたので、包丁が出る前に目を逸らした。

「それにしても、これはあれやな。仕事した分、うまいもん食べたいって思わへん? お菓子とかやなくて、宴会みたいなヤツがええわ」

「宴会か……」

 誠も懐かしいお盆や正月の光景を思い出した。

「確かに楽しそうだけど、そういうのはもっと先だろ」

「いや、そうでもないぞ」

『うわっ!?』

 誠達が振り返ると、女神・岩凪姫がいつの間にか後ろに立っていた。

 女神は腰に手を当てて、面白そうに笑みを浮かべる。

「既に妹が準備してくれている。そろそろ頃合いだろうさ」

 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、彼女の傍らに光が輝き、美しい妙齢の女性が現れた。

 長い黒髪に和装束を身に付け、髪には桜の花を挿している。一目見て溜め息が漏れそうな美貌の持ち主だったが、不思議と親しみやすさも感じさせるのだ。

「お姉ちゃん、久しぶり。みんなははじめましてかしら?」

 女性は軽く手を上げて微笑んでくれたが、誠はそこで気が付いた。

「あ、あれ? 妹で、お姉ちゃんって事は、この人は……」

「そうだ、霊峰富士の浅間せんげん神社に祀られる、木花佐久夜姫このはなさくやひめ。姉の私が言うのも何だが、極めて出来のいい妹だ」

「いつもこう言うのよ。私的には、お姉ちゃんの方がすごいと思うんだけどね」

 サクヤ姫はそう言って、首を傾げて楽しそうに微笑んだ。

 男子達は「あああ……」とその魅力にとろけそうになったが、誠はカノンが睨んでくるのでぐっとこらえた。

「それで妹よ、首尾はどうだ?」

「勿論、ばっちり大豊作よ。コンちゃん達が頑張ってくれたからよね?」

 その言葉を受け、キツネは嬉しそうにサクヤ姫の肩に飛び乗った。2本足で立ちつつ、得意げに自分の胸を叩いてみせる。

「そりゃーそうやでサクヤ姫様、ワイらはみんな優秀ですねん。そこのとうへんぼくと違って」

 誠は傍らの難波に毒づく。

「それにしても、なぜ神使ってやつは性格がひねくれてるんだろうな」

「鳴っち、関西弁に悪い子はおらへんよ」

「今のところ2分の2で例外じゃんか」

「なんやとこの昼行灯ひるあんどん!」

「うちも許さんへんで! コンちゃん、やったりや!」

 誠が難波に羽交い絞めにされたところで、子ギツネがキックしてくる。

「まあ冗談はともかく、そろそろ収穫が始まる頃だ。見てみよう」

 キツネにビンタを連打される誠をよそに、岩凪姫が虚空に映像を映し出した。

 場所はどこかの田園地帯だろうか。

 一面に黄金色の稲穂や麦がこうべを垂れ、収穫機械コンバインに乗った沢山のキツネ達によって刈り入れされていく。

「え、稲!? 痛いけどすごい、なんで?」

 キツネと難波にほっぺたをつねられ、ぐいぐい引っ張られつつも誠は叫んだ。

 驚く一同に、岩凪姫は説明してくれる。

「農耕の神々に頼んで、短期間で実らせてもらったのだ。あまりこれをやると土地が弱るから、今回みたいな緊急事態だけだな」

「すごい、これなら冬の間の備蓄になりますね」

 誠が言うと、岩凪姫は面白そうにニヤリと笑う。

「無論、備蓄や支援にもまわすが、全部ではないぞ。今までさんざんあれが食べたいこれが食べたいとさえずってきたではないか」

「そ、それって、もしかして……」

「そうとも。さあ、どんな勇気も、まずは腹ごしらえからだ」

「うおおおおっ、マジかああ!」

「よっしゃ、うちもやったるで!」

 一同は飛び上がって喜んだが、いつの間にか戻っていた鶴とコマ、サルや龍もジャンプしている。

「私もやるわ! 何をやるか知らないけど!」

「なんだかあっしもウキウキしやすぜ」

 サルはタップダンスを踊り、龍もダンベルをお手玉にして喜んでいる。

 サクヤ姫が悪戯っぽくウインクして一同に言った。

「それじゃあみんな、作戦会議といきましょうか」



 一同は胡坐をかき、車座になって話し合った。

 傍らの立て看板には、墨黒々と『第一回グルメ会議』と書かれている。

 全員が、まるで戦国時代の軍議のように真剣な眼差しだったが、とどのつまりは何が食べたいかを議論しているだけなのである。

 あれが譲れない、これも外せない、と互いの食欲が火花を散らし、最終的にようやく出店のメニューが決定した。

 誠は地図上の避難区一覧を眺め、腕組みした。

「ここ一箇所だけじゃ、どのみちそんなに入れないからな。材料を搬入して、それぞれの避難区でも作って貰うか」

「そりゃいいけど隊長、肝心の調味料が無くねーか? ソースとかどうやって調達すんだよ」

 そこで誠は思い出した。

「いやそう言えば、徳島にはあるんじゃないか? 確か最近、工場を再稼動させたって聞いたし。昔みたいに天然材料じゃないけど、それに近い味の調味料が出来てるって……」

 誠が言い終わらないうちに、難波が血相を変えてヘッドロックしてくる。

「なんやて、ソースがあるやて!? 鳴っちの人でなし、何でうちに黙ってたんや!」

「い、いや、ニュースに出てただろ。食べ物はプランクトンでも、調味料が変われば食も豊かになるだろうって。まずそっちを復活させるんだってさ」

「なるほど、それは素晴らしい試みだわ」

 鶴は何度も頷くと、勢いを付けて立ち上がった。

「それじゃ私が行って来るわ。みんなは話を続けて頂戴」

「あっ、おい! あそこの阿波丸さんて、確かかなり頑固な人で……」

 誠が止めるのも聞かず、鶴はもう光に包まれて消えていた。
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