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第一章その3 ~とうとう逢えたわ!~ 鶴ちゃんの快進撃編

思い出の味は一万ボルト

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 誠達がこっそり室内を覗くと、カノンが佐々木の背中をさすりながら慰めていた。

「なるほど、それは大変だったんですね」

「そうじゃともそうじゃとも……」

 佐々木は見る見る年老いていくようでなんか怖いが、鶴は遠慮なく室内に踏み込んだ。

「こんにちは、そしてたのもう!」

「ひえっ、君はあの時の暴漢!? こんな所まで追いかけて来たのですか!?」

 飛び上がって怯える佐々木だったが、鶴は今度は怯まない。

「まだしょぼくれているのね。私があれだけ喝を入れたのに」

「喝って、わしのこと悪党とか言ってひっぱたいたし……」

「成敗したのは、何もせず諦めていたあなたの弱さよ!!!」

「ええっ!?」

 鶴の力ずくの理論に、佐々木は雷に打たれたようにショックを受けた。どうやら素直な性格らしい。

「出来る事があるのにしょぼくれるなんて、それは悪……というのは言い過ぎだけど、とにかくあなたには頑張って欲しいの。あなたならきっと出来るわ」

「い、いや、わしは無力じゃから」

 そこで鶴が目配せをし、誠が冷蔵ボックスを運び込んだ。

 青いボックスを開くと、虎の子のふぐの刺身が、光を放ってきらめいている。

「ぬ、ぬおっ、光が!?」

「それはそうよ。これはあなたの故郷ふるさと、ふくべのおじさんのふぐ刺しよ。これを食べて元気を出しなさい」

「えっ、ふくべ!? ふくべとは、あの懐かしくかぐわしい名店、ふく……」

「おっちゃん、ええからはよ食いや」

「そうだぜ、食えば元気出るって」

「そ、それでは良く分かりませんが、いただきます……」

 一同に急かされ、佐々木は戸惑いながら箸を取る。

 一口食べたところで大粒の涙が頬を伝った。

「こ、これは懐かしい故郷の味。この歯ごたえ、この旨み、そしてこのコク。うおお、10年ぶりの至福の時間じゃ……」

 涙を流す佐々木を満足げに眺めながら、鶴はすかさず畳み掛ける。

「そう、素晴らしい食の文化よ。このふるさとを復興させなくていいのかしら? 化け物に取られたままでいいのかしら?」

「そ、そう言われると確かに、このままじゃいけない気がしてきました……」

「しめた、ガッツが出てきたわ! 今のうちに注ぎましょう」

 鶴は佐々木の後ろに回り、彼の影にしゃがみこむ。影といっても椅子ごとだが、そんな事は気にしない。

 鶴はドリンクの蓋を開け、キャップで量ってトクトク注いだ。

「ええと、このぐらいかしら。みんなちょっと盛り上げてみて」

 効果を確かめるべく、一同は佐々木を取り囲んで説得を始める。

「せや、おっちゃん言うてたやないの。山口は総理大臣をたこ焼きみたいにぽこぽこ産み出しとるんやろ。それに薩長同盟で明治維新を成し遂げたやん。せやから自分も頑張る言うてたやんか」

「た、確かにそう、それはわしの中のご当地プチ自慢じゃった……」

 難波の後を香川が続ける。

「確かあっちだと、ふぐは不遇を連想させる、だからあえてふくと呼ぶんでしょう。毒があるふぐでも、やがては福にしてしまう。仏様でもびっくりだ」

「むむむ……なんだかそう思えてきた。そして何度も言うがこれはうまい……!」

「しめしめ、だいぶ効いて来たわ。まどろっこしいし、もう少し注いでみようかしら」

「駄目だよ鶴、短時間に入れ過ぎだよ」

 もめるコマ達をよそに、誠も更に畳み掛けた。

「確かに明治維新は壮大な夢でしたけど、夢を夢で終わらせなかったから今があるんでしょう。母さんがドヤ顔で言ってました。夢は人が……この場合にんべんですけど、とにかく抱えてるだけじゃ儚い。でも一度ひとたび人が歩き出せば、夢として輝くんじゃないでしょうかっ!」

 誠は紙とペンを使って、儚いという文字のにんべんを消して夢にする。

「夢……そうじゃ、ワシの夢は……あの日描いた若き日のワシの夢は……まだこの胸に燃えておるのかも」

「そうだぜおっちゃん、こんなに時代が乱れてるんなら、逆に見せ場じゃねえか。このピンチをチャンスに変えて、逆転満塁ホームラン、歴史に残る大偉業だろ!」

 鶴は満足げに何度も頷く。

「いいわよみんな、こっちももう一押しね」

「だからやめろ鶴!」

 調子に乗って更に注ぐ鶴と、止めようとするコマ。

 佐々木の顔は次第に明るく輝いていく。

「ううむ、そんな気がしてきましたぞ。考えてみれば、やってやれないことはないはず。もう一度日本を立て直しましょう!」

「えらい、その意気よ! まず上に立つ者が燃えてこそ、日本は立ち直るのよ!」

 鶴が立ち上がった瞬間、足元に置いたビンがひっくり返った。

 慌てる鶴だったが、ドリンクは全部影に吸い込まれてしまう。

「うわっ!? やめろ鶴、なんて量を注いだんだ!」

「どうしようコマ、全部吸い込まれたわ!」

 焦る2人をよそに、佐々木は炎と電撃を発しながら宙に浮いた。

「うおお、まるで不死身になったようじゃ! わしもバリバリやってやるわい! もっかい明治維新じゃあああああ!」

 誠は慌てて佐々木の足を掴んだ。

「ちょっと佐々木さん、抑えて下さい、一生分のエネルギーを使い果たしますよ!」

「今使わんでいつ使うんじゃああ! こうなったら殴りこみじゃあああ!」

 誠の制止を振り切って宙に舞うと、佐々木はそのままドアを突き破って飛び去っていく。

 鶴は開き直って走り出した。

「こうなったら仕方ないわ、この勢いで世直しよ!」

「酷すぎるよ鶴! でも黒鷹、効き目が切れる前に急ごう。多分終わったら倒れると思うよ」

「いや、だから勢いだけで突っ走り過ぎだろ!」

 ツッコミを入れながら走る誠に、後ろから隊員達が叫んでくる。

「ちょっと鳴っち、うちらはどうするんや?」

「お前達は先に戻っててくれ!」

 誠達は必死に佐々木を追いかけたのだ。



「い、一体何が起こっているんだ」

 蛭間は苛立ちを隠せぬ様子で呟いた。

 場所は蛭間が有する個人船である。豪奢な室内には、彼の子飼いのパイロット達も見えた。

 今の第5船団では、旗艦の議事堂では実質何も決まらず、蛭間のお気に入りの者だけがこの船に集まって決定していたのだ。

 全ては自分の思うがまま……のはずだった。つい先日まではだ。

「この短期間で沿岸部を全て取り戻しただと? ああも立て続けに奪還されては、我々の地価が下がってしまうし、どこでも物資を作れるのなら、値も釣り上げられんじゃないか」

 蛭間はソファーにふんぞり返って憤慨した。

 同じくふんぞり返っていた特務隊のパイロット・不是は、鬱陶しげに声をかけた。

「さっきからうるせえな。なあおっさんよお、そんな邪魔なら、いつもみたくやっちまったらいけねえのかよ」

「そうしたいのは山々だが、あれは鷹翼天武の勲章持ちだ。あれだけ名が売れてる相手では、直接荒事が出来ん。ましてお前達がやったと知られたくはない」

「殺さなきゃいいんだろ? 脅しつけりゃ大人しくなるぜ」

「……わ、分かった。そこまで言うなら、お前に任せる」

 蛭間はハンカチで汗を押さえながら頷いた。

 不是は乱暴に椅子から跳ね起きる。

「そんじゃ、別件ついでに片付けてくるぜ。報酬は弾んでもらうからな」
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