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第一章その3 ~とうとう逢えたわ!~ 鶴ちゃんの快進撃編

海鮮料理ふくべ

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 着地すると、そこはもう目的の避難区である。

「ねえ黒鷹、この辺りみたいよ」

 一同は神器の反応を見ながら、どんどん前に走っていく。

「反応が強くなって来たわ。こんにちは、ふくべさんいますか! ふくべさん!」

「きゃあっ!?」

 急いでいたため、一行は横手の通路から出てきた少女と衝突しそうになった。

 鶴は物凄い運動神経でかわすと、座り込んだ少女を助け起こしている。藍色の髪のその少女に、誠は確かに見覚えがあった。

「あっあれ? 宇部さん?」

「えっ、嘘っ、鳴瀬さん!? そ、その、あの時はありがとうございました」

 少女は旧香川県の避難区で助けた新米パイロットだったのだ。

「まあ、知り合いなのね。だったら遠慮は無用だわ」

「あれで遠慮してたのか君は」

 コマのツッコミも聞かず、鶴はずいと神器の画面を差し出した。

「ねえあなた、このふくべっていう料理屋さんを知ってる?」

 少女は不思議そうに画面を見つめ、それから大声で叫んでいた。

「と、父さん!!?」

「うわっ!?」

 驚いたコマが飛び上がり、ふぐは勢い良く宙を泳いだ。そのまま床に落下しかけたふぐを、鶴がたらいをひったくって受け止める。

 コマが10点の立て札を掲げ、鶴は盥を掲げて得意げである。

「良かった、落ちなかった……じゃなくて、君のお父さんなのか?」

 誠の問いに、少女は頷いて答える。

「確かにうちの父です。ふぐ料理のうべで、屋号をふくべにしたんです。山口だと、ふぐはふくって言いますので……」

「それは話が早いわ。それでお父さんは何処いずこに? 協力して欲しい事があるのよ」

 鶴の言葉に、少女は悲し気に首を振った。

「ごめんなさい、父はもういません。数年前に亡くなってしまって……」

「そ、それは……こっちこそごめんよ」

 誠が謝るが、傍らでコマと鶴が相談している。

「ねえ鶴、どうする?」

「大丈夫よコマ、この子なら魂の縁が近いもの。邪気も薄くなってるし、強引に呼び出してみましょう」

 鶴が目を閉じて念じると、たちまち少女の傍に、やや透き通った角刈りのおじさんが現れた。

 いかにもガンコそうなねじり鉢巻のこの人こそ、ふく料理の名店・ふくべの店主であった。

「うっ、うわっ、お父さん!?」

「娘よ! 大きくなったな!」

 熱い涙と抱擁で喜ぶ親子に、鶴は手短に事情を説明した。

「お願い、このお魚を料理して欲しいの。私は悪くないんだけど、実はかくかくしかじかなのね」

 鶴はたらいで勢いよく跳ねるとらふぐを差し出した。

「うーん、よく分からないが、俺の力が必要なんだな?」

 おじさんが懐から白い布包みを取り出すと、中から見事に手入れされた包丁一式が出てくる。

 包丁を掲げ、刃を目で確かめているところで鶴が急かした。

「そんなかっこつけはいいわ、早く早く」

「あんまり急かすなよお嬢ちゃん。調理場に行かなくちゃ」

 少女の案内で調理場に辿り着くと、おじさんは見事な包丁裁きでふぐを薄切りにしていく。

 やがて青い大皿に、半透明の薄い刺身が、大輪の花のように並べられた。

 職人技の光る見事なふぐ刺しだ。ご丁寧に皮や白子も添えられている。

「塩だけってのも味気無いし、醤油があればいいんだがなあ」

 おじさんの言葉に、誠達は思案した。

「醤油か。混乱で生産地も変わってるだろうし……って、待てよ、あのおばさんなら知ってるかも。ヒメ子、神器の画面を格納庫に繋げるか?」

「ヒメ子??」

 鶴は不思議そうに首を傾げる。

「あ、いや、ごめん。その、この時代に姫って呼ぶのも何だし、かといって呼び捨てにするのもあれなんで、妥協案でそんな感じに……」

「まあ、南蛮渡来のニックネームね! 親しい男女が呼び合うというあれだわ!」

「い、いや、そんな親しくは……」

「嬉しいわ、親しい私に任せておいて!」

 鶴は呼び名が気に入ったのか、嬉しそうに神器のタブレットを取り出す。

 画面はすぐに格納庫につながり、誠は尚一に語りかけた。

「尚一、整備中に悪い。あのお母さん近くにいるかな」

「丁度ぼっちゃんが手伝ってくれてますよ」

 坊主頭の尚一は、そう言って苦笑する。

 画面の奥では、あの子供が車両に上って嬉しそうに手を振っていた。ずり落ちそうになったので、整備兵が慌てて支えようとしている。

 程なくあの母親が画面に映った。

「あら鳴瀬さん、毎日大変ですね」

「いえ、皆さんの方が大変ですけど、お醤油作ってる人知りませんか? 実はかくかくしかじかで……」

 誠が事情を説明すると、母親はぽんと手を打った。

「なるほど、それじゃ土庄とのしょうさんに頼みましょう。醸造の責任者だから融通が利きます。今も小豆島の避難区にいると思いますよ」

「助かります! 尚一もサンキュー!」

「よしきた黒鷹、小豆島だね。僕が行って頼んでみるよ」

 コマは光に包まれて消えるが、5分も経たずに戻ってきた。

「さっそくもらってきたよ。すぐ話が通じたし、すだちまでくれたんだ」

 醤油の小瓶と、ちょっとデコボコした野性味溢れるすだちを、コマは得意げに両手に掲げる。すだちは徳島から避難した人が、苗木を植えていたらしい。

「きっとあの人も噂を知ってたんだよ。僕等がみんなのために戦ってるから、お礼にくれたんだ」

「……ま、まあ喋る狛犬にいきなり醤油をねだられたら、まともな判断が出来なくなるしな」

 想像するとシュールであるが、アイテムがどんどん手に入るのはありがたい。

 おじさんはその間にすだちをしぼり、調理場にあった粉末の合成調味料を味見して、適量を醤油に加えた。ポン酢より味がシンプルな分、雑味を補ったのだろう。

 おじさんは腕組みして満足げに頷く。

「よっし、それじゃ切れ端があるから、みんな味見してみな」

「それじゃ遠慮なく……まあ、おいしい! コマもどうぞ」

「うん、おいしいね。もう1つちょうだい」

「味見だぞ、全部食べないでくれよ?」

 心配する誠をよそに、少女はまた涙ぐんでいた。

「あの、ありがとう皆さん。久しぶりに父の包丁さばきを見れました。この味を忘れずに、私も料理人を目指そうと思います」

「娘よ!」

「父さん!」

 再び熱血の抱擁をかわす父子だったが、おじさんは少しずつ姿が薄れていく。

「よく分からないけど、しっかり頑張れよ。俺もあの世で楽しみにしてるぜ」

 おじさんは元気に手を振って姿を消した。

 誠は調理場にあった冷蔵ボックスを借り、ふぐ刺しとすだち醤油をしまった。

 ダイヤルを操作すると、属性添加機が最適の温度に冷却してくれる便利アイテムだ。

「鳴瀬さんヒメ子さん、コマくんもお元気で」

「ありがとう宇部ちゃん、おじさんにもよろしくね! この鶴ちゃんが、絶対日本を取り戻してみせるから、また遊びましょう!」

 誠達は再び光に包まれた。

 見送る少女は、最初よりずっと元気そうに手を振っている。

 手の振り方は、あのおじさんにそっくりだった。きっといい料理人になるだろう。

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