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第一章その3 ~とうとう逢えたわ!~ 鶴ちゃんの快進撃編

放て、正義の鉄槌を! 我慢してきたから、その分多めに!

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 誠達のいる丘は、完全に包囲されていた。丘に繋がる上り口は、中ほどから餓霊に埋め尽くされている。

 誠は半透明の地図を睨み、懸命に思案していた。

「残弾は節約すれば何とかなるけど、問題は敵の大将の居所だな」

 誠が言うと、狛犬のコマが誠の肩に飛び乗ってきた。

「黒鷹の言う通りだよ。鶴、そろそろ見えてこない?」

「だいぶ分かってきたわコマ。多分こっちの方よ」

 鶴がそう言って半透明の地図をスクロールすると、先ほどは見え辛かった敵軍の奥が見渡せた。まだもやがかかったようになってるものの、敵本陣と大将らしき巨影も見える。

 コマは肩に乗ったまま誠に尋ねる。

「まだ顔は見えないけど、これが大将って事で間違いないね。黒鷹、どう見る?」

「予想以上に守りが厚いな。今のままじゃ、どう走っても突破出来ないと思う」

 誠は経験を鑑みながら答えた。一体どうやってこの囲みを破ればいいのだろう?

 だがその時、再び画面に通信が届いた。

 モニターに映されたのは、先程女神と名乗った女性であるが、彼女の後ろには、引きつった顔の青年も映っている。

 かつて随分お世話になった人物の姿に、誠は思わず声を上げた。

「な、夏木中佐!」

 夏木は戸惑いながら苦笑いを浮かべる。

「や、やあ、鳴瀬少尉……成程、そっちは鎧姿の女の子か。お互い似たような状況みたいだね」

 女神はそんな夏木を一瞥すると、こちらに向かい語りかけた。

「知り合いか? まあそんなことは今はいい。鶴、大鏡おおかがみに映る敵陣の情報をこちらに送れ」

「分かったわ」

 鶴が頷くと、半透明の地図が一際強く輝いた。

「情報……そうか……!!!」

 ようやく誠も気が付いた。今までは敵の只中にいれば、遠方と通信が出来なかった。でも今は鶴と名乗る少女のおかげか、それが可能だ。

 だとするなら、やるべき事は1つだ。

 モニターの向こうで夏木もうろたえていた。

「い、岩凪監察官、この情報は……」

「それが敵陣の攻撃目標点だ。風向きも味方している。海の気が流れ込み、邪気が弱まった今なら、砲弾の電磁式も減衰しにくい」

「りょ、了解……!」

 画面の向こうで、夏木達は慌しく行動を開始した。




「全砲門、識別目標に配分・指向!」

「地形並びに標高認識、曲射弾道補正完了!」

「エネルギー弁開放、属性添加機出力上昇、臨界点まであと30!」

 あきしまの艦橋ブリッジは、俄かに騒がしくなった。

 砲手担当である青年が、忙しくコンソールを操作しながら夏木に言った。

「夏木艦長……俺達、何をやってるんでしょうね?」

「分からん。分からんが、やっと連中に一泡ふかせてやれるかもな……!」

 夏木も力を込めて答えた。

 今までどれだけ無実の人々が喰い殺されようとも、自分達は戦えなかった。長い長い間耐え抜き、収めてきた牙が、ようやく悪鬼に向けて放たれるのだ。


 やがて無数の砲がもたげられ、砲身に青い光が満ちていく。光はどんどん輝きを増し、船全体を覆い尽くした。

 同時に猛獣の唸り声のような音が耳を叩くが、それは瞬く間に音の階段を駆け上り、猛禽類の叫びのように甲高く響いた。

 属性添加により超高速弾道を描く砲撃は、短距離ミサイル並みのマッハ3に達する。重力による曲射ではなく、あらかじめ弾道コースと着地点を定める……いわばカーブをかけるようなものだ。

 それは10数キロの距離を約13秒で到達、餓霊軍を木っ端微塵に粉砕するのだ。

「全砲門、発射準備完了しました」

 夏木はきびきびした動作で敬礼した。

 女は長身を立ち上がらせると、片手を前に突き出した。

「さあ、反撃の時は来た! 物言えぬ弱者を喰らう悪党どもに、今こそ鉄槌を下してやれ!」

「了解っ! 攻撃開始、発射命令発令リコメンド・ファイヤー!」

 夏木の命令に、砲雷長が大声で応えた。

「了解、全対地砲門、撃ちぃ方始め!」

 船は待ちわびたように身震いし、一際強い光を放った。耳をつんざく轟音と共に、無数の青い光条が、空へ向かって撃ち出されたのだ。

 光は山の端を越えた辺りで弧を描き、地上に向かって殺到していく。

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