上 下
50 / 117
第一章その2 ~黒鷹、私よ!~ あなたに届けのモウ・アピール編

死を呼ぶサイレン

しおりを挟む
 外れ落ちた物体を見て、難波が悲鳴のように叫んだ。

「嘘やろ、避難用のサイレンや! 誰が付けたんや!?」

 整備が忘れていたわけではない。

 機体に余分な音響なんて付けるわけがないし、付けたとしても、どうしてこのタイミングで鳴るのだろう。

(何かのテロか? それとも俺達を殺すために上の連中が仕掛けたのか?)

 そんな思考が頭をよぎったが、今は考えている場合ではない。

「おいおい、敵さんこっちに気がついたぞ!」

 香川の声と同時に、山の端に再び敵の姿が見えた。今度は確実にこちらの場所を見据えると、一気に山肌を駆け下ってくる。

 いや、上からだけではない。音を聞きつけた段階で、山の下から、横から、無数の餓霊が回り込んで来ているのだ。

「作戦変更、総員退避! 下の通常道路へ出ろ!」

 誠はわざと敵の急所を外して撃ち抜き、ぐらつく相手に駆け寄ると、思い切り斜面から蹴り落とした。

 巨体はもんどりうって落下しながら、付近の敵をなぎ倒していく。

「おおっ、さすが鳴っち、相手にとっては嫌な攻撃や」

 誠は通信回線を開き、砲兵と工兵達に連絡を取った。

「作戦は失敗した、出来るだけ後退してくれ! 当方も道路を爆破後、交戦しつつ後退する。ケーブルは遮断するため、以後連絡は取れない!」

「りょ、了解!」

 仲間の兵の応答と共に、誠は起爆装置を作動。

 高速道路の高架が、たて続けに柿色の炎を噴き出し、地響きを立てて崩れ落ちた。下の通常道路も破断され、餓霊の一団は少なからず混乱したようだ。

 通信ケーブルを遮断すると、ケーブルは火花を上げて落下し、山裾に蠢く餓霊の群れに飲み込まれていった。

 急斜面を這い上がってくる敵を撃ちながら香川が叫ぶ。

「それにしても、おかし過ぎないか隊長さん! 何でいきなり退避用のサイレンなんだ? あんなもん、整備だって使わないだろうに!」

「分からない! 考えるのは後だ!」

 誠達は応戦しながら機体を躍らせ、下に見えていた通常道路に着地した。

 周囲は既に包囲されつつあり、降りた道にもその脇にも、敵、敵、敵の地獄絵図だった。

「こらあかんわ、足の踏み場がないで。阪神優勝の道頓堀や」

「応戦してたら、弾がいくらあっても足りないわね」

「けど進まなきゃボスを仕留められねえだろ?」

「……いや、一度引く。待ち伏せがバレた以上、大将が来るかどうかも怪しい。このまま進んでも無駄死にだ……!」

 その時、無数の光条が餓霊の軍勢に殺到し、悪鬼どもを薙ぎ払っていた。

「砲兵やん、ナイス援護!」

 難波がパチンと指を鳴らした。

 退避する砲兵達の車両が、誠達の姿を視認して、離れた位置に撃ち込んで牽制してくれたのだ。

 餓霊は砲撃に怯んだため、誠達はその混乱を突いて道路を駆け抜けていく。

 誠は機体に道路図を表示し、一同に情報同期データリンクさせた。

「とにかくバイパス道路を北上しよう。敵は長時間移動して疲弊してる、一度内陸に行きたいはずだ。そこでまける」

 しかし事態は、再び予想外の動きを見せた。

 敵陣が2つに割れると、中央から赤黒い体躯の一団が走り出てくる。火砕流のごとく駆け抜けるその連中は、獰猛な狼のような姿をしていた。

「あかん、また走狗型やん! これじゃ追いつかれるで!」

 カノンも悔しそうに呟いた。

「……ここに来て足の速い餓霊なんてね。まるでこっちを待ち伏せしてたみたい」

「ちっきしょう、何から何までバレてんのかよっ!」

 宮島が振り返りざま牽制射撃を行うが、走狗の群れは左右に飛んでそれをかわした。

 いずれ追いつかれるだろうし、この先のバイパス道路は、過去の戦闘で路面が著しく悪化していた。このまま直進する事は出来ない。

 誠は隊員達に指示を送る。

「この先は路面が悪い、右手の丘へ上れ!」

 誠達は交差点を右折、高台へと進路を変えた。丁度私立大学のキャンパスがある方面である。

 しかし、事態は更に最悪の方向へと動いていた。

「うわっ、あれ狗王くおう型やんか!」

 難波の声でモニターを確認すると、下方から坂を上る巨体が見て取れた。

 体型は走狗と似ているが、サイズはそれと比べ物にならない。6脚で、牙をむき出した3つの頭に、それぞれ無数の目が張り付いている。

 硬い防御と凶悪な攻撃力で、幾多の避難区を薙ぎ払ってきた強敵だ。

 かなり遠方にも関わらず、狗王型は3つの口に赤い光を満たすと、無数の光条が誠達に襲いかかった。誤射などものともしない攻撃で、走狗の数体が細切れになって吹き飛んでいく。

「くうっ!」

 画面上で顔を歪め、カノンがくぐもった悲鳴を上げた。

 機体が派手に転倒し、横断歩道を削りながら道路脇の住宅に激突してしまう。家の外壁が粉微塵に砕け散り、白い粉塵が辺りに舞った。

「カノン!!」

 誠がモニターを切り替えると、カノン機の右足が攻撃を受け、装甲が大きく裂けていた。掠めただけでも、中の人工筋肉は溶断されて痙攣している。

 カノンは必死にこちらに叫んだ。

「あたしはもう駄目! 先に行って!」

「駄目だ、絶対連れて行く!」

 誠は機体を躍らせると、倒れたカノンに襲いかかる走狗を切り飛ばした。

「難波、カノンに肩を貸せ! 香川、宮島、敵を足止めしつつ後退だ!」

「承知した!」

「よっしゃあ、任せとけって!」

 誠達は弾幕を張りつつ後退し、一同はなんとか丘の上まで到達した。

 広い空き地となったまま、開発されずに残っていた場所である。右手には大学の白い建屋が見えた。

 このままあそこまで逃げれば、建物を背にして戦えるし、敵の軍勢がバラけてくれるだろう。カノンを降ろしてこちらの機体に乗せるチャンスもあるはずだ。

 しかし、そこで走狗が完全にこちらに追いついてしまった。家やフェンスを踏み砕きながら、誠達の傍を行き過ぎる。

 横手から体当たりしてきた走狗に吹き飛ばされ、誠の機体は激しく転倒した。

 誠を助けようとした隊員達も、多数の走狗に襲い掛かられている。

 ……そして大地を踏み鳴らし、狗王型の巨体が姿を現した。

 頭部に並ぶ無数の目がせわしなく動いてこちらを見据え、口元が笑ったように大きく開いた。

 走狗達は巨体の主に獲物を譲り、誠達から離れていく。

「くそっ……!」

 誠は震える手で操作レバーを握り締める。機体を起こそうとするのだが、神経疲労が重なって、思うように思念がまとまらない。

(……ここまでなのか……?)

 誠は薄れ行く意識の中で、世の理不尽を考えた。

 世界は残酷だ。やる事全てがうまくいかず、何か大きな意思が自分達を押し潰そうとしているように感じられた。

 ……だが次の瞬間、不意に視界が暗転した。



 何も無い、真っ暗な空間だった。

 血を流しすぎたのか、意識を失ったのか、それとも死んでしまったのか。

 戸惑う誠の眼前に、1枚の紙が浮かんだ。あの夢で見た契約書である。

(こんなもんが、一体何の助けになるんだ? 現実を見ろ、出来る事を全てやれ!)

 けれどその時、誠の耳に声が届いた。

「鳴瀬くん、この子達は味方だから、信じてあげて! そして頑張って!」

 それはたまらなく愛しいあの人の声だった。

 誠は迷ったが、声はどうしても偽者とは思えないのだ。

 誠はとうとう、やけくそになって叫んでいた。

「契約するから……みんなを守ってくれ!!」

 瞬間、『はい』に丸が描かれ、辺りに澄んだ鈴の音が響き渡った。

(何だ…………?)

 暗闇の中、誠は懸命に耳をすました。

 何かが物凄い速さで近付いて来る。とても温かい、それでして涼やかな気配だ。

 この絶望の時代とは正反対の、希望に満ちた存在の何かが、懸命にこちらに駆けつけているのだ。

 もう一度、鈴の音が鳴り響いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

放逐された転生貴族は、自由にやらせてもらいます

長尾 隆生
ファンタジー
旧題:放逐された転生貴族は冒険者として生きることにしました ★第2回次世代ファンタジーカップ『痛快大逆転賞』受賞★ ★現在三巻まで絶賛発売中!★ 「穀潰しをこのまま養う気は無い。お前には家名も名乗らせるつもりはない。とっとと出て行け!」 苦労の末、突然死の果てに異世界の貴族家に転生した山崎翔亜は、そこでも危険な辺境へ幼くして送られてしまう。それから十年。久しぶりに会った兄に貴族家を放逐されたトーアだったが、十年間の命をかけた修行によって誰にも負けない最強の力を手に入れていた。 トーアは貴族家に自分から三行半を突きつけると憧れの冒険者になるためギルドへ向かう。しかしそこで待ち受けていたのはギルドに潜む暗殺者たちだった。かるく暗殺者を一蹴したトーアは、その裏事情を知り更に貴族社会への失望を覚えることになる。そんな彼の前に冒険者ギルド会員試験の前に出会った少女ニッカが現れ、成り行きで彼女の親友を助けに新しく発見されたというダンジョンに向かうことになったのだが―― 俺に暗殺者なんて送っても意味ないよ? ※22/02/21 ファンタジーランキング1位 HOTランキング1位 ありがとうございます!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

処理中です...