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第一章その2 ~黒鷹、私よ!~ あなたに届けのモウ・アピール編

決戦は永納山

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 ヘリは高縄半島の東岸を南下している。

 誠達は機体に乗ったままだったが、ヘリの外部カメラと同期リンクしたモニターには、見慣れた晩秋の景色が映されていた。

 夏よりも増した海水は砂浜を埋め尽くし、石段に白い波を打ち付けている。

(いやいや、景色なんか見てる場合か。落ち着け、きっと出来る。いや、やらなきゃ意味無いんだ……!)

 誠は無理やり意識を集中しようとしたが、そこで難波から通信が入った。

「ところで鳴っち」

「何だよ。手短に頼む」

「冷たいなあ、うちと鳴っちの仲やないの」

「だから手短に頼むって」

「しゃーない、ほな単刀直入に言うで。出撃前に、司令とチューしたんか?」

 思いがけない直球に、誠は絵に描いたようにうろたえた。

「なっ、すすすっ、するわけないだろ!!」

「あんた、バカじゃないの!?」

 黙って聞いていたらしいカノンまでツッコミを入れてきた。

 難波は一度に2人からツッコミを受け、してやったりと満足げだ。

「何言うてんのカノっち、男はみんなケダモノやで。香川は……ダモノやな」

「おいっ、なぜけを取るっ! てか俺は剃ってるだけだろっ」

 香川が必死に叫び、宮島は画面上で爆笑している。

「よーしええで、みんなそんだけ元気なら大丈夫やな。深刻に考えても結果は変わらんやろ。いつも通り気楽にいこや」

「お前はいつも気楽だったのかよ!」

 誠がツッコミを入れるのと、画面に連絡が入るのがほぼ同時だった。

「そろそろ予定降下地点です。各部隊は降下に備えて下さい」

 ヘリは進路をやや内陸に変更。黒い影が木々の上を形を変えながら滑っていく。

「降下30秒前」

 ヘリの高度はどんどん下がる。

「降下開始」

 数機のヘリは、機体後部の格納扉カーゴドアを倒して傾斜路ランプとした。

 誠達は機体を操作し、傾斜路から宙へ飛び出した。

 ぐんぐん地面が近づくが、機体の属性添加機で上向きの力場を発生させ、落下速度を大幅に減殺。殆ど地響きも立てず、人型重機は着地した。

 全ての部隊と装備品を降ろし終わると、ヘリ達は再び高く舞い上がり、ライトで『健闘を祈る』のサインを送りながら飛び去っていった。

 敵部隊の接近と共に霧が濃くなれば、上空は台風がごとく滅茶苦茶な慣性力が……いわゆる対空呪詛と呼ばれる現象が起こるため、ヘリや航空機はたちまち墜落してしまうのだ。

「各機、出来るだけカムフラージュを」

 誠は機体をしゃがませると、付近の木々を引き寄せてワイヤーで固定し、機体を覆っていく。隊員達もそれに倣った。

「重機班、スタンバイ完了した」

「了解。砲撃車両班、所定の位置に着きました」

「工作班は先行して作業中です。間もなく完了します」

 工作班は、一定間隔で道路に爆弾を仕掛け終わると、起爆のための有線ケーブルを誠の重機に接続した。

 ケーブルは永納山の山頂のカメラにも繋がっていて、山の裏手に隠れている誠達にも、敵部隊の接近が分かるようになっている。



 ……やがてどれぐらい時間が経っただろう。

 辺りに白い霧が立ち込め、無数の餓霊が大地を踏みしめる音が聞こえてきた。ほぼ同時に、霧の中に青紫の巨体が見え隠れし始めている。

 敵の先陣は、高架上の高速道路と、それより低い通常道路に分かれて進んでいるようだ。

(ようし……そのまま通り過ぎろ)

 祈る誠だったが、敵軍はふと奇妙な動きを見せた。永納山付近まで辿り着いた時、なぜか歩みを止めたのだ。

 まるで何かを探しているように、せわしなく辺りを見渡すと、あろうことか道を外れ、周囲へ広がり始めた。

「嘘やろ、通り過ぎへんのか? こっちに来るやん!」

「ここに居るってバレてんのかよ!?」

 隊員達が画面上で顔色を変えている。

「……いや待て、そうとは限らない」

 誠は仲間を落ち着かせようと言葉をかけた。

「蟻の行進でも似たような事があるだろ。開けた場所に出たり、気になるものを見かけたら、一応少し調べてみるんだ。今は様子を見よう」

 誠達は出来るだけ音を立てないよう、息を潜めた。

「敵に人間を探知する能力ってあったかしら」

 カノンが少し青ざめた顔で呟く。

 かなり不安げだったため、誠は安心させるべく答える。

「混乱の始まりには、ドクロのサイトを使った人を追って来るって噂もあったな。でも最近はそんな事例は無いはずだ」

「じゃあどうして?」

「分からない。とにかくこちらから動かない事だ」

 一同は可能な限り機体を低くする。一応カムフラージュも施してはいたが、直近まで近付かれればそこまでだ。

「おっ、止まったぜ」

 宮島の言う通り、餓霊達は唐突に動きを止めた。

 ……が、次の瞬間、敵軍は轟くような声で咆え始めた。戦いの雄たけびを上げ、こちらに向かって一斉に突進して来るのだ。

「うおおっ、やべえ、見つかったぜ!」

「あかんわ鳴っち、応戦するんか!?」

「いや待て、まだ動くな!!!」

 誠が強い口調で一同を制し、全員が息を殺してその場に待機する。

 敵が生木を踏み折る度に、メリメリと引き裂くような音が響き、周囲の山肌も、振動で今にも崩落しそうだった。

「バカ鳴瀬、どうするのよ!?」

「耐えろ!!」

 だがその時、敵軍は前進を止めていた。しばらく周囲を見渡していたが、再び道路へ戻って行くのだ。

「……いやあやっこさん、なんとかお戻りになったな。とうとうお迎えが来たかと思ったけど、何で分かったんだい隊長?」

 香川の問いに、誠も呼吸を整えながら答える。

「……高知の避難区に、送ってもらった記録に載ってたんだ。山深い場所とか、人間を探しにくい地形で戦う時、先陣で警戒役の餓霊が、たまにこういう事するって。人間でもやるだろ? 敵が待ち伏せしてそうな茂みとか、狙撃手スナイパーがいそうな窓を見かけたら、見つけたフリで撃ち込んでみるんだ。先に撃たれたら、見つかったと勘違いして撃ち返すからな」

「なるほど、それも変態ハウスで得た知識やな。鳴っちの変態ぶりも、たまには役に立つんやなあ」

「ああそうだよっ、こうして罵詈雑言を浴びせる隊員が生き延びる役には立つと思うよ」

 誠はたまらず言い返すが、そこでふと妙な音を耳にした。

 何かが焼け焦げる時のような、パチパチと響く乾いた音。

 誠はその音の主を探した。

 最初は配線がショートしているのかと思ったが、そうではなかった。

 画面の端に付けられていた物……それは襟元にあったシールだったのだが……今は酷く焼け焦げ、気味の悪い紫色の蒸気を上げている。

 それを眺めているうちに、誠は猛烈に嫌な予感がしてきた。

 次の瞬間、いきなり付近で爆音が響き渡った。

 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 唸りを上げて奏でられるサイレンは、あの避難区の港で聞いたものと同じ音色だ。

「何だこの音!? どこから漏れてる?」

 誠が叫び、隊員達は音の主を探し続ける。やがてカノンが叫んだ。

「宮島、背中よ! 属性添加機!」

「うおっ、俺か!? シールド展開!」

 宮島機が属性添加機を作動させると、何かが焼け焦げながら落下する。
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