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第一章その2 ~黒鷹、私よ!~ あなたに届けのモウ・アピール編

母親みたいな人、の話

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 誠は部屋を後にした。誰もいない廊下を、無我夢中で駆け続ける。柱の影に隠れるように回り込んで、誠はようやく立ち止まった。

 こんな時にこんな気持ちを抱くなんて、不謹慎なのは分かっている。

 でも素直に嬉しかった。

 生きて帰って……そう言われた時、疲れ果てた体にマグマのように熱い力が湧いて来るのを感じた。

 例えもうすぐこの命が終わっても、あの人を守りたい。恩返しがしたい。

 だからこそ、何が何でも負けるものか……!

 誠は歩き出したが、校舎の出入り口付近にカノンが立っていた。

 カノンは誠に気付くと、顔を上げて短く問いかけた。

「……動けるの?」

「動く。いや、動かす……!」

「そ。バカは、死んでも治らなかったわね」

「死にかけた事は沢山あるけど、死んだ事は一度もないだろ」

「……………………そうだっけ?」

 カノンは静かに微笑んだ。

 彼女がまだ何か言いたげだったので、誠はもう少し会話を続ける。

「そう言えば、カノンはどうして残ったんだ?」

 誠の問いに、カノンは遠い目で宙を見上げる。

「ずっと前にね、母親みたいな……人?に言われたのよ。いつかまた、あんたみたいなバカが現れたら、助けてやりなさいって」

「そりゃ酷いお母さんだ」

「あたしも思うわ。あれ、そのシールは何?」

 カノンが不思議そうに言うので、誠は廊下の手洗い場の鏡に背中を映す。首元には、見慣れぬ小さなシールが貼ってあった。

「雪菜さんかもしれない。知らない間に付けられたのかな」

「意外とイタズラ好きなのね、司令は」

「そういうとこあるよ。あの人、ちょっとおてんばだから」

「おてんばねえ……あんたは昔っから、そういう人が好きなのよね」

 カノンはそう言って苦笑し、少し悪戯っぽく誠に言う。

「それ、記念に持ってったら? お守りになるかもしれないわよ?」

「お守りか。神仏はあまり信じてないんだけど」

「……運も悪いし?」

「先に言われた」

 2人は声を上げて笑った。



 やがてその時が訪れ、誠は機体を起動させる。操縦席のハッチが閉じ、正面のモニターに緑色の文字が次々浮かんでは流れていく。

 コクピットハッチを固定。

 OSオペレーションシステム起動。

 各部人工筋肉アクチュエーターに通電開始。

 人工筋肉が活動を始め、周囲にゴムを圧縮するような音が響き渡る。

 機体の各部が通電によって青く輝き、誠は改めてその様を綺麗だと思った。

「全起動シークエンス終了、全て異常なし。鳴瀬機、起動する」

「こっちも異常なしやで」

「よっしゃあ、これで勝ったら、俺ら伝説だぜ……っと、ボスが出てきちまうかな」

「いいさ宮島、今日は思いっきりフラグ立ててくれ。出てくれなきゃお陀仏なんだ」

 状況が絶望的すぎて逆に吹っ切れたのか、隊員達は元気だった。無駄口を叩きながら、数機の大型ヘリに機体を次々搭乗させていく。

 ヘリの格納庫に入ると、ジェットコースターのバーに似たロックシステムが降りて来て、誠達の機体を固定した。

 同様に砲兵や工兵部隊も別のヘリに搭乗した。

 敵の群れが接近し、乱気流をもたらす霧が上空を覆ってからでは飛行できないため、先回りして誠達を投下するのだ。

 ヘリが前後のローターを回転させると、青い光がローターを包んだ。揚力強化リフトフォース音響伝播阻害サイレントの属性添加を施されたためだ。

 待ち受けるは5000の敵、対してこちらは笑ってしまうほどの寡兵かへいだ。

 けれど誠は、不思議と絶望していなかった。

 遠い昔から、寡兵で戦うのには慣れている……そんなふうな気がしたのだ。

 誠はシールを首元からはがすと、モニターの端に貼り付ける。

 たまにはお守りもいいかもしれない。
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