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第一章その2 ~黒鷹、私よ!~ あなたに届けのモウ・アピール編

みんないっぱいいっぱいなんだ

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 ブリーフィングルームは、旧視聴覚教室を改造したものである。

 前方の大型モニターの傍には、司令たる雪菜と事務方が座り、誠達は後方の席に着座している。

 今回は整備班も呼ばれていたらしく、室内には基地のほぼ全員が集まっていた。

「……まったく、これじゃ落ち着いてデートも出来んわい」

 美濃木はいつになく心配げで、髭を撫でて心を落ち着かせているようだ。

 清潔感のある事務方の少女が、澄んだ声で雪菜に語りかける。

「全員揃いました、司令」

「ありがとう、始めて頂戴」

「了解です」

 事務方の少女は、モニターに情報を映し出した。先ほど誠達が見たのとほぼ同じ、四国地方の地図と敵戦力の予想図である。

「先に伝達した通り、哨戒中の部隊が餓霊の一群を視認。この高縄半島避難区へ接近中との事です。重機の対応が必要な大・中型のみに絞っても、推定5000を超える大集団。恐らく四国地方における敵主戦力の1つと思われます」

 そこでモニターは録画映像に切り替わった。霧で見えにくいものの、大量の餓霊が山間の隘路あいろを移動する様子が映っていた。

「進行速度は現在毎時10キロ程度ですが、今後路面状況によって上がるものと思われます。予想される侵入経路は広範囲に渡り、到達予想は明日夕刻から明後日にかけて……」

 事務方の少女は尚も詳しい説明を続けた。

 雪菜は彼女の後を受け、一同に語りかけた。

「以上が現状よ。戦闘・退避を含めて上層部の回答待ちだけれど、いずれにしても当基地は、これより第一級の迎撃体制に入ります。万一に備え、体育館の避難者には移動の準備をしてもらうわ。整備班は急ぎ機体を仕上げて下さい」

「了解じゃ」

 美濃木は整備班を代表して即答した。

「あの、重機班も手伝います」

 身を乗り出す誠だったが、雪菜は首を振った。

「あなた達は戦いまで、1秒でも長く休んで欲しいの。長時間戦い詰めになるだろうし、累積の神経疲労は相当になるはずよ。あなた達が動けなくなったら、この基地は終わるわ」

「……了解しました」

 雪菜の真剣な表情に、誠は納得して頷いた。

「何とか戦力を回して貰えるよう、繰り返し申請するし、作戦は決定次第、追って連絡します。みんなも希望を捨てないでね」

 だが雪菜がそこまで言った時。室内で大きな叫び声が上がった。

「うわああ、もう嫌だ!」

 一同が振り返ると、部屋の隅で、少年が頭を抱えて叫んでいた。

「どうせ戦ったってよ、日本はもう終わりなんだよ。どうせみんな喰われて死ぬし、仮に勝っても、バカみたいな借金で潰れちまうよ!」

 周囲の若者が止めようとするが、少年はそれを振り払って暴れている。

「金持ちはみんな逃げちまってるしよ。俺らが死んだ方が扶持ぶちが減るからいいんだろうが!」

 誠は席を立ち、力を込めて少年の腕を掴んだ。

「いいから落ち着け! 皆いっぱいいっぱいなんだよ!」

 少年は少し怯えた表情で、けれど誠に言い返してくる。

「何だよそれ、あんたの事も知ってるんだぜ? 鷹翼天武おうよくてんぶの勲章持ちだろ? 随分手柄も立てたけど、今じゃ全然弱くなったって言うじゃねえか。英雄殺しで落ちぶれたってよ、みんなバカにしてるんだよ!」

「……っ!」

 誠は思わず黙り込んだが、カノンが替わりに立ち上がった。

「ちょっとあんた、言っていい事と悪い事があるでしょう!」

 カノンが少年に詰め寄ろうとしたその時。

「みんな、一度黙りなさい!!!!!」

 雪菜が一喝していた。

 普段優しい彼女からは想像もつかない迫力に、一同は静まり返り、騒いでいた少年は、へなへなと座り込んでしまった。

 雪菜はそれから静かなトーンで語りかける。

「……少し休ませてあげて。疲れたら、誰でもそうなるわ」

 少年は座り込んですすり泣いていたが、やがて周囲の人員に連れて行かれた。

 雪菜は一同を見渡して言った。

「……彼の記録を見たわ。先日の戦いでとても悲しい事があって、こちらに転属して来たの。本当なら戦える状況じゃないけど……戦わなきゃ居場所がないのよ。みんなと同じだし、知り合いがいない分、余計に辛いと思うわ」

 情報通の難波が誠に耳打ちしてくる。

「……堪忍したってな。あいつの部隊って、こないだ助けに行った避難区の、孤立した東のバリケードのとこなんや。あいつも装甲車に逃げ込んだけど、車から出た時には、顔見知りは全員ボロボロに喰い散らかされててな。そんですぐこんな前線に配属やろ。死刑宣告みたいに感じたんとちゃうか?」

 誠は事情を理解して頷いた。

「……そっか、分かった。いつも助かるよ」

「せやろ? ウチの情報網を甘くみんとき」

 難波は努めて明るい表情でウインクしてくれた。

 身寄りのない若者達は、命をチケットにして危険な前線に席を確保するしかない。他にこの世の居場所は無いのだ。

 毎日サイレンに怯えて眠り、仲間が1人、また1人と喰い殺されていく。いつ自分の番が来るのか、いつ亡者どもが押し寄せるのか、ただその時を待ち続ける。それはある意味拷問に近いだろう。

 程なくして解散となり、誠達は視聴覚室を後にしたのだ。
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