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第一章その2 ~黒鷹、私よ!~ あなたに届けのモウ・アピール編

夢で逢えたら。悪夢でなければ

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「こ、ここは……?」

 誠は不思議な場所に佇んでいた。

 一見して見慣れた基地……つまり校舎の中のようだが、窓の外は闇に包まれ、時折緑色の雷が光っている。まるで魔界の空のようだ。

「みんなは? 俺は確か、ブリーフィングルームに……」

 誠が一歩踏み出すと、足元の床がぶよりと歪んだ。

「うわっ!?」

 誠が驚くと、周囲の壁も、床も、生き物のように脈打ちながら動いている。

 やがて脈打つ壁から、手がニューと無数に出てきた。良く見ると牛やキツネ、猿のような手も混じっている。

「くそっ、何なんだよこれ」

 怯む誠だったが、更に周囲から笑い声が聞こえてきた。

 うふふふふ、うふふふふ……

 幾重にも重なりながら木霊す声は、少しずつ誠に近付いて来る。

 私よ、黒鷹、私よ……

 気がつくと、右側の壁から伸びた手は、親指と中指、薬指をくっつけていた。

「え、キツネ?」

 まるで手遊びのキツネの形だ、と誠が思うと、手は親指を付けたり離したりして、キツネが鳴くように動いている。

「えっ? えっ?」

 誠が混乱していると、左の壁の手は、いつの間にか全てVサインに変わっていた。

「何でだよ!」

 誠がツッコミを入れると、両方の壁の手は、グーで親指を立てたサムズアップに変わった。どうやらツッコミが気に入ったらしい。

 ……が、それも束の間、トランプのカードをシャッフルしたり、ハンカチから鳩を出したりと、手品を始めている手もある。

 誠は絶望的な気分になった。この壁一面のボケに対し、ツッコミ続けろと言うのだろうか?

 だが事態はそんなに甘く無かった。

 手は一度壁に引っ込むと、再びニューと突き出てきた。それらは先に見た夢の契約書を差し出していたのだ。

「い、いやだーっ! 俺はサインしないぞ!」

 誠は逃げ出そうとするも、床から無数の木の根が伸びて、誠の全身を捕らえた。

 木の根は器用にペンを持ち、顔にぐいぐい押し付けてくるが、誠は断固として拒み続ける。

 すると床が盛り上がり、たちまち人の姿になった。顔にはへのへのもへじが描かれており、胸には雑に『くろたか』と書いてある。

 そいつは誠に代わり、スラスラと美麗な文字でサインしていく。

「や、やめろーっ! これじゃペテンじゃないか!」

 誠が必死に叫ぶと、景色は急激に光に包まれていった。

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