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第一章その2 ~黒鷹、私よ!~ あなたに届けのモウ・アピール編
名前のない島。大抵それは危険な場所
しおりを挟むその小さな島は、長らく名前を忘れられていた。今は無銘の研究区画として扱われるこの地は、全域が立ち入り禁止になっている。
しかしその島に、空から近づく機影があった。
一見して普通のヘリコプターに見えるその機体は、殆ど音が聞こえて来ない。よく耳を澄ませば、ローターが風を切り裂く音が、弱い木枯らしのように感じ取れるだけだ。
特殊な音響伝播阻害式で回転翼を覆う事で、ほぼ無音で飛行する事が出来るのだ。
機体は速度を落としながら、建屋の屋上に着地した。
ヘリから降り立ったのは、不健康そうな肥満体を、無理やり背広に詰め込んだ男。つまり、この第5船団の船団長たる蛭間だった。
対して蛭間を迎えるのは、白衣を着た小柄な男である。いかにも人の良さそうな丸顔で、目も口も絵に書いたように細く歪められている。まるで全身で笑みを体現したような男だった。
蛭間は彼を見るなり、尊大な態度で手を上げた。
「爪繰か。出迎えご苦労だな」
「蛭間様、お待ち申しておりました。わざわざのお越しを有難う御座います」
爪繰と呼ばれた男はうやうやしく一礼し、建物内部へと案内する。
屋上侵入口のドアを潜ると、一同はエレベーターに搭乗。爪繰は素早くボタンを操作し、蛭間に振り返った。
「それにしても、お早いお着きで。パイロット達も急ぎ準備を始めております」
「いや、こちらとしても楽しみでな」
蛭間がそう言ううちにも、エレベーターは指定の階に到着した。
一歩進み出ると、広いフロアは無数の機材で埋め尽くされ、大勢の研究員がその間を行き来している。
正面の天井付近には、巨大なモニターがぶら下げられており、爪繰は蛭間をモニター正面の席に座らせた。
「それでは早速始めましょう」
合図と共に、モニターには外部の景色が映し出された。
雑多な住宅と寂れたショッピングセンターが見えるが、その画面の中心に、3体の人型重機が確認できた。青紫の肢体は獰猛な猛禽類のようで、所々が黄色や赤などに彩られている。
「増設逆鱗システムを稼動、機体との神経接続を開始します」
「接続レベル安定。伝達値は通常値の300%台を維持」
「全属性添加機、出力上昇」
「人工培養筋肉、全力代謝」
「実験開始。標的を投入します」
不意に建物の間から、白い標的球が浮かぶが、機体は瞬く間にそれを撃ち抜いていた。
動いた瞬間、残像が見えたかと思われるほどの速度であり、従来の人型重機の動きとは桁違いだった。
標的は矢継ぎ早に出現していくが、新型の人型重機は苦も無くそれを仕留めていく。
「走行射撃テストへと移行します」
その言葉と同時に、人型重機は走り出した。進路上に多数の標的が投入されるが、重機は走りながらそれらを射撃していく。
「射撃誤差、ターゲット中央点から0コンマ15ポイント以下」
「反応時間、通常値より大幅に短縮しています」
「接続操作は持続中、依然として脳疲労レベルは微弱です」
爪繰は次々と表示される結果に誇らしげな表情を浮かべ、隣の蛭間に話しかけた。
「では今回の結果を、逆鱗の増設前の成績と比較してみましょう」
モニターには、各テストパイロット達の成績の変動が映し出された。
いずれのパイロットも成績が格段に上昇しているが、特にリーダーの不是は、他のパイロットを引き離すズバ抜けたスコアを叩き出していた。
「不是君は、もはや怪物の域ですな。この国を駆けずり回って探しても、彼に並ぶパイロットなどいないでしょう」
「素晴らしい。予想以上の成果だ」
蛭間は満足げに頷き、モニターに仰々しく語りかけた。
「ええ、特務隊の諸君。調子はどうかね?」
モニターは数個に分割され、パイロット達の顔が映し出される。
「いいわよおっさん、マジでチョー操作が軽いんだけど」
「マジっすね、それでいて全く疲れないっすわ。さすが新型の逆鱗と機体っすね」
あの巻き髪の少女と、もう一人の少年はそう答えたが、リーダー格の不是だけは、機嫌悪げに黙っている。
「どうしたのかな、不是君。蛭間さんが尋ねておられるが」
爪繰が気を遣って返事を促し、不是はようやく言葉を返した。
「…………悪くはねえよ」
「ま、あまりお気になさらず。彼の性格ですから」
ぶっきらぼうな返答に爪繰は苦笑したが、そのまま説明を続けた。
「これが我々の開発した、新型の増設逆鱗の力ですよ。通信量を増やしつつ神経負荷を減らすための、言わば第二の脳ですな」
そこでモニターには、人型重機やパイロットを模したイラストが映る。
パイロットのイラストは、左手に青い逆鱗が付いていて、そこから人型重機への通信を示す点線が伸びている。点線はパイロットの頭にもつながっていたが、やがてパイロットは顔をしかめ、疲れて項垂れてしまった。
しかし、元からあった逆鱗の上から、赤い大きな逆鱗が付けられると、機体との通信を示す線は何倍にも太くなった。
逆にパイロットの頭に繋がる点線は、元の線よりかなり細くなっていた。パイロットは笑顔で快適そうである。
「まあ、単純に描けばこんな感じです。人が機体とシンクロする接続操作は反応こそ速いですが、乗り手の脳疲労が大きすぎる。そこで人の思考を助ける増設型の逆鱗……補助脳を植えつける事で、持続力と反応速度を上げたのです」
「なるほどな。しかし、逆鱗は他の細胞と密着させれば拒絶反応を起こすと聞いたが」
「これは我々が改良した別ものですから、問題ございませんよ」
爪繰はそう言って首を振った。
「もちろん移植後の能力は、素質によって差が出ますが……それでもパイロット達は、無駄な痛みも労力も伴わず、あっという間に力を高められるのです」
「いや、素晴らしいよ。君は実に有能だ」
蛭間は満足して何度も頷き、思わず手を叩いた。
「戦力としては十分だ。それで、当面の餓霊どもの進行はどうなる?」
「お待ち下さい」
爪繰がモニターに四国の地図を表示させると、矢印で餓霊の進行ルートが映し出された。
「私どもの予測によりますと、敵の北部戦力はこのまま西進します。讃岐平野を落とした今、勢いに乗って高縄半島の避難区を攻略するつもりでしょう。時期は恐らく、一週間以内かと」
「素晴らしい、全くもって素晴らしい……!」
蛭間は壊れた機械のように似たような賛辞を繰り返した。
「他の船団を出し抜く新しい技術、さらに餓霊の動きまで察知できるとは。高千穂研究所の生き残りか……まったくいい拾いものをしたものだ」
「有難う御座います。私達もあなた様という良い後ろ盾を得ましたから」
爪繰はうやうやしく胸に手を当てて一礼した。
「高千穂の成果は、全てが世に出たわけではありません。その技術を持っている我々が、日本を牛耳るのも不可能ではないかと。ただし予算が必要ですがね」
「そこは任せろ」
蛭間は椅子にふんぞり返って即答した。興奮を抑えられないかのように、組んだ指をせわしなく動かし続ける。
「もっともっと防衛費を削ろう。邪魔な連中の支配地は、どんどん襲わせて力を弱め……窮地に陥った船団を、この技術で華々しく救えば、私はもはや英雄だ」
「すばらしい筋書きです。そしてこの技術を他の船団に売り込めば、巨万の富を生みます。そうすれば、日本そのものを買い取ってしまいましょうか」
男達は品の無い笑いを繰り返した。
人は己の分を超える富を得ると感じた時、内から泡のように煩悩が湧き上がってくる。それが声となって溢れ出てくるのだ。
同じ頃。
下品な笑い声を上げる男達をよそに、パイロットである巻き髪の少女……蓼川マキナは肩を竦めた。
指先で髪をいじり回しながら、不機嫌そうに仲間に言う。
「ねえ、いつまで乗ってなきゃいけないわけ? あたしお風呂入りたいんだけど」
「ま、まあいいじゃないっすか。これで俺達も安泰なんすから」
パイロットの一人がそう言ってなだめる。
「楽して強くなれるなんて、マジすげえっすわ。そうでしょ不是さん?」
「…………足りねえよ」
不是はやはり不機嫌そうだった。
「まだ全然足りねえ。もっと速く出来ねえのかよ」
「何なのそれ。あんたどこを目指してるのよ?」
「……っせえ!」
マキナの言葉に、不是は苛立ちで語気を強めた。
「力はいくらあってもいい。力がなきゃ、コソコソ逃げ回るしかねえんだよ……!」
強い口調と共に、パイロットスーツから覗くアクセサリーが大きく揺れる。
首元を飾る金の鎖は、野獣を繋ぎ止めるには頼りないほどか細く見えた。
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