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第一章その1 ~始めよう日本奪還~ 少年たちの苦難編

運命の歯車がずれている

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「………………?」

 どのぐらい眠っていたのだろう。

 仰向けに横たわったまま、誠はしばし天井を見つめた。

 手に触れるのは、使い慣れた野営用マットレスの感触か。布地を介して細かな振動が伝わって来る。

 息を吸い込むと、少し鉄錆びと機械油の匂いが感じられた。

「そうか……輸送車だ」

 言葉にすると、次第に理性が働いてきた。

 誠はゆっくり身を起こす。

 前方のデジタル時計を確認すると、時刻は朝の7時前だった。

 壁際には折り畳み式のベンチシートが並んでいて、すぐ近くに栗色の髪をショートカットにした少女……つまり難波が、座ったまま目を閉じている。

 上半身は虎柄のTシャツで、下はカーキ色のカーゴパンツ。季節外れの半袖で、特に毛布もかけていないが、彼女は元々、平熱が高くて暑がりなのである。

 カノンは逆に寒がりなため、ベンチに横になって薄い毛布を被っていたし、宮島は大の字になって床にずり落ちていた。

 香川は床で座禅を組んだまま、壁に凭れて眠っている。昨日剃ってから時間が経っているので、少し頭が青っぽくなって……と思ったのも束の間、ズボッ、と音を立ててその髪が伸びると、ウニのように長いトゲ状態になった。

「環境変化で頭皮が活性化してるんだよな……」

 香川に言うと怒るだろうが、寺のイメージとは間逆であり、どちらかと言えばパンクロックなミュージシャンに近い。

(……それにしても、あれは一体何だったんだ……?)

 あの第16特別避難区の撤退戦は、途中まで絶体絶命のピンチだった。正直言って死を覚悟した。

 それなのに、途中から何かの歯車が噛み合ったかのように、やる事為す事うまくいって、都合よく物事が流れまくって。

(運が良かっただけなのか?  いやまさか、俺に限ってそんな事は……)



 誠の故郷は、瀬戸内は芸予諸島に位置する大三島おおみしまである。

 古くから神の宿る神聖な島とされており、島の西部に位置する大山祗神社は、武勇の神、更には国家総鎮守の神として、人々の尊崇を集めてきたのだ。

 そんな有り難い島に育ったにも関わらず、誠は小さい頃から、それこそ桁外れに運が悪かった。

「運なんて非科学的だ。気のせいだぞ、誠」

 研究職の端くれであり、後に高千穂研究所の主要研究員にもなった父は、そう言ってメガネを光らせたが、実際は決して気のせいではない。

 車など滅多に通らぬ田舎の島で、道を歩けば頻繁に轢かれる。

 軽トラにイノシシ、バイクに自転車ぐらいならまだ許せるが、楽しみにしていた祭りの日、勢いがついた神輿に跳ねられた時は、この世には神も仏もいないのかと、ほとほと嫌な気分になった。

 戦いの中、集中すると敵の動きがスローモーションに見えるのは、この頻繁な交通事故のせいである事はみんなには内緒だ。

 くじ運となればもう最悪で、当たり付きのお菓子を買えば、はずれた上にお腹まで壊した。はずれて、はずれて、またはずれて、一つのお菓子に手違いで5つもはずれが入っていた事もある。

 駄菓子屋の婆さんは爆笑し、年寄りの習性よろしく同じ話を繰り返した。

 婆さんはそれを持ちネタ化し、身振り手振りも交えて段々喋りがうまくなっていったし、おかげで誠のあだ名はハズレンジャーとかファイブマンになった。

 以来、誠はくじの類に近づかなくなり、初詣に神社に行っても、おみくじの木箱を敵視していた。

 親切も大抵裏目に出て、観光客の忘れ物を持ってバスに飛び乗ると、そのままバスの扉が閉まり、ベンチに置いた誠の荷物は犬がくわえて走り去った。

 そんなこんなで、「うえーん、おかあさーん!」と泣きながら家に帰るのが、幼い誠の日常だった。

「運が悪いというより、歯車がずれちゃってるのよね。こう、世の中のうまくいく流れと」

 セミロングの髪が似合う母は、そう言って苦笑したが、なぜ笑うのかと誠は猛烈に泣いた。

「ご、ごめんね。そうよ、そう言えば、誠は頑張り屋さんでしょう。そういう人は、何か1つ歯車がずれたら、きっとガチっと噛み合うのよ。そしたらいろんな事がうまくいくようになるわ」

 思いがけない母の発言に、誠は人生の全ての希望を込めて問いかける。

「どうしたらそうなるの?」

「えっ!? そ、そうね…………すご~く運のいいお嫁さんが来てくれるとか?」

 母の言葉に、誠は正直がっかりした。それじゃ結局、運頼みだと思ったのだ。

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