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第一章その1 ~始めよう日本奪還~ 少年たちの苦難編

この世とあの世の境目は

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 およそこの場における最悪の敵の出現に、誠は思わず呟いた。

「武将級か……まずいな。配下も多数引き連れてる……!」

「げえっ、こんな所で武将級かよ!」

 宮島が叫ぶと、香川がバスをかばいながら答えた。

「だから調子に乗るとお陀仏だと言っただろっ!」

「俺のせいか!? てかこのみも、でかいのは割がいいんじゃないのかよ」

「あれはちょっとでかすぎやねん」

「あんたら無駄口多すぎよ! おじさん早く、バスから行って! 宇部さんも、このみも来なさい、守りながら後退するわよ!」

 カノンはバスの運転手を促し、自分も油断なく傍を走り出した。

「宮島、香川、こっちも下がるぞ。ここは入り組んでる、止まったら囲まれるだけだ」

 視界の悪い旧市街ここで多数の走狗を迎え撃てば、物陰から一斉に飛びかかられて終わりだ。だが仮に広場や高台で防御陣を敷いても、あの巨体の餓霊が力任せに踏み破ってしまう。

 経験上、この状況で損害がゼロになる事はあり得ないし、誰かが犠牲になるだろう。

 誠は覚悟を決め、隊員に指示を送った。

「全員バスを守りながら後退、俺は囮になって、少しでも戦力を分散させる」

「鳴っち、嘘やろ!?」

「あんた、バカじゃないの!?」

「他に方法が無い!」

 誠は構わず機体を走らせた。

 とは言え真正面から立ちはだかって、簡単にやられるつもりは無い。敵の追跡ルートからやや外れ、斜め前へと走ったのだ。

 万が一全ての敵がバスを追うなら、横から攻撃して注意を引き、全員がこちらに向かえば、機体がもつ限り逃げ回ればいい。

 だが誠の予想通り、走狗達は2手に分かれ、誠の方には2体が追いすがった。

 誠は機体を直進させ、交差点に入った所で建物の陰に回りこむ。

 追いかけて来た走狗2体は、誠を見失うまいと建物を飛び越えた。その宙に浮いた不安定な体勢を逃さず、誠は1体の腹を刀で突き刺した。

 走狗は目を見開き、赤い舌を震わせながら崩れていくが、左からもう1体が迫った。

 誠は左腕の電磁シールドを展開、走狗の牙を押し止める。そのままシールドで相手を突き飛ばすと、右手の強化刀で薙ぎ払った。

「次っ!」

 誠はすぐに元来た方へ駆け戻るが、付近に小山のような武将級が迫りつつあった。

(あの目線の高さなら、俺の動きに絶対気付く……!)

 誠は幼い頃、はだか麦の畑に隠れて遊び、あぜ道から見下ろす大人に怒られたのを覚えていたし、丈の高い象草エレファントグラスの中を進む歩兵が、高台から丸見えだったという逸話を本で読んでいた。

 誠は出来るだけ目立つ機動を繰り返した。建物をかすめて粉塵を巻き上げ、街路をジグザグに進んでいく。

 武将級は誠の動きに気付いたらしく、八本の足を踏み鳴らして方向転換した。

 腹に開いた大口で咆えると、更に走狗の3体が差し向けられた。

 誠は強化刀の属性を斬撃から破砕に変更。そのまま路面に刀を差し込むと、周囲のアスファルトがいびつに割れて波打っていく。

 走狗が風のように接近して来るが、彼らが飛びかかろうと身を屈めた瞬間、路面に足を取られて転倒した。刀から流し込んだ破砕属性が、道路をウエハースのように脆くしていたからだ。

 誠は倒れた相手に落ちついて弾丸を撃ち込み、2体を仕留める。

 最後の1体は致命傷を与えずに投げ上げると、わざと空中で撃ち抜いてトドメをさした。敵ボスを挑発するためである。

 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 武将級は怒り狂った声で咆え、こちらに向かい踏み出した。

 もう走狗は送り込んで来ない。これ以上手下を差し向けても無駄であると悟ったのだ。

 敵は刀のような腕に赤い光を宿らせると、凄まじい速度で突進してきた。

 誠はぎりぎりでそれをかわすと、相手の足に強化刀で一撃。だが分厚く硬い防御魔法に弾かれ、刀身は火花を上げてたわんでいた。

 敵は巨体の割に素早く減速すると、足を踏み鳴らして方向転換し、再びこちらに突進して来る。

 誠はバックステップし、相手の頭に射撃を叩き込んだ。

 だがこれも効果が無い!

 側面に回り込んでも、後ろから射撃しても結果は同じだ。

(今の火力じゃ撃破は難しい。けど、味方が逃げられればそれでいい……!)

 ……だが、誠がそう考えた時だった。

 立ちはだかる武将級の向こう、300メートルほど前方に、青と白に彩られた1台のバスが現れた。

「別行動の被災者か!? まずい!」

 武将級は頭部をぐるりと回してバスを視認すると、猛烈な勢いで走り出した。

 誠は必死に追いすがり、横手から牽制射撃を繰り返すも、狩りの高揚に駆り立てられた相手は意にも留めない。

「興奮してて止まらない! だったら……!」

 誠は機体を跳躍させて敵の側面に飛び乗った。

 これにはさすがの敵ボスも鬱陶しく思ったのか、足を止めて無茶苦茶に暴れ回る。4本の腕を振り回し、誠の機体を跳ね飛ばしたのだ。

 相手の腕に触れた武器が、ガラス細工のように粉々に砕けたし、視界が滅茶苦茶に回転して、機体が何かに叩き付けられた。

 !!!!!!!!!!!!!!!!!

 一瞬、意識が遠退きそうになる。

 やがて敵はゆっくりと歩み寄って来る。腹の大口が笑うように開かれ、長い牙が音を立てて幾度も噛み合わされていた。

 薄れ行く意識の中で、誠は他人事のように考えた。

(ここまでか……)



 不意に視界が混濁して、誠は体が沈んでいくのを感じた。

 どこかの海の中なのか、周囲は無数の泡に包まれている。

 塩水は重く冷たい粘土のようにまとわり付き、濡れた衣が亡者の手のように全身を撫でた。

(駄目だ、戻らなければ……! 俺はまだ……!)

 誠は必死にもがいたが、体に力が入らない。

 喉の奥に血が入ったのか、肺が焼け付くような感覚に、誠は思わず咳き込んだ。それを皮切りに、もっと大量の水が胸に流れ込んでくる。

(……っ!)

 再び意識が遠退いた。

 見上げれば、手傷を負った敵味方の武者が、次々と海の中に落下して来る。

 これが戦場の海だ。生者達は水面の上に、死に逝く者は海の底に。

 この世とあの世の境目がそこにあった。そしてその境目は、次第に遠ざかっていく。

 視界がどんどん暗くなるのは、光が消えたせいなのか、それとも血を失ったせいなのか。

 誠は薄れゆく意識の中で、少女の姿を思い出した。

(…………姫様……どうか……ご無事で……!)

 だが次の瞬間、耳元で爆音が響き渡った。

「!!!???」

 誠は大きく身を震わせ、意識が現実に引き戻される。
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