上 下
19 / 117
第一章その1 ~始めよう日本奪還~ 少年たちの苦難編

戦場のルーキー2

しおりを挟む
「う、うわああああっ!!!???」

 先輩兵の叫び声が響き渡る。

 同時に周囲の建物からも、青紫の何かが一斉に跳躍し、先輩の重機に飛び移った。

 先輩の機体は振り払おうと腕を振り回すが、相手は次々物陰から飛び出してくる。

 やがて重機は建物に衝突し、バランスを崩して尻餅をついた。

「宇部、助けて! 助けてよ!」

 先輩兵の叫びで、少女は反射的に銃を構える。

 だが相手はぴったりと重機に密着しており、弾丸を撃つ事が出来ない。

 助けを求める先輩兵の声は、次第に絶叫に変わっていく。モニターにノイズが走り、装甲を叩きつける音が、雷のように響いている。

 やがて装甲がこじ開けられたのか、先輩が上を見た瞬間、モニターに無数の手が映り、彼女の髪や腕を掴んでいた。

「いや、いやっ、いやあああああ!!」

 見た事も無い顔で泣き叫ぶ先輩兵は、そのまま頭上に引っ張り上げられ、モニターには赤い液体がぶちまけられた。

 最早何も映さなくなった画面をよそに、何かを噛み砕く音だけが響いている。

「……あ、……あっ」

 少女は体に温かい液体が滴っているのを感じた。いつの間にか失禁していたのだ。

 さっきまで自分を勇気付けていた先輩は、あっけなく血みどろの肉片になって喰われてしまった。

 そして次は自分なのだ。

 そう考えた途端、頭は思考を放棄して、横隔膜が痙攣を始めていた。呼吸は浅く、いくら空気を吸おうとしても肺が膨らまない。それなのに心臓は小動物みたいに素早い拍動を続けている。

 やがて先輩の重機に張り付いていた物体は、こちらへと振り返った。

 それは頭部の一つ目を見開き、こちらに何かを投げつけてくる。

 どしん、と音がして、少女の機体のモニターに、べっとりと赤い手の痕がついた。

 それを皮切りにして、無数の青紫の物体が、少女の機体に殺到してきた。

 少女は悲鳴を上げて機体を動かした。張り付いた敵を振り落とそうとしたのだが、敵は容易に離れてはくれない。

「そ、そうだ、電磁シールドを入れれば!」

 機体の属性添加機を作動させると、重機の表面に青い光が満ちていく。

 その光に触れた途端、張り付いた青紫の物体は、くぐもった悲鳴を上げて離れていった。

「や、やった、助かった……!」

 少女は呟いたが、安堵したのも束の間。

 前方の建物が、突然粉々に吹き飛んだかと思うと、巨体が躍り出てきたのだ。

 身の丈は3階建ての家ほどもあるだろうか。全身を死体のような青紫の皮膚で覆われ、所々に極彩色の組織が露出している。

 一見して目のない頭部は、兜のような白い硬皮に包まれ、大きく開いた口腔には、人間と同じ形の歯列が何重にも見て取れた。

 なで肩から続く2本の腕は、足元まで届くほどに長く巨大で、指先には鉤状になった黄色の爪が、猛獣のそれよりも禍々しく並んでいた。



「お、大型のは、来ないって、先輩……」

 彼女が切れ切れに言うや否や、餓霊が大口を開け、耳も割れんばかりの怒声でえた。

 少女は悲鳴を上げて銃を乱射するが、餓霊の眼前に赤い幾何学模様が浮かび上がり、弾丸はそこではじけ飛んでいく。

 やがて相手が身を屈めたかと思うと、少女の全身に衝撃が走った。突進して頭突きされたのだ。

「!!!!!!!」

 少女の機体は大きく飛ばされ、背から地面に倒れこんだ。

 機体の損傷を示すウインドウが次々表示され、警告音が鳴り響いている。

 餓霊は足を踏み鳴らし、ゆっくりとこちらに迫ってくる。

 少女は尚も射撃するが、座り撃ちシッティングポジションとも呼べぬ不安定な体勢のため、着弾は上下左右にぶれてしまう。

 銃の属性添加機は電磁過負荷オーバーヒートで明滅し、出力が大幅に落ちていった。

 闇雲な乱射は属性添加機の過負荷を招くと、理屈で知ってはいたものの、いざ実戦になると、トリガーを握る手が言う事を聞いてくれない。

 弾丸! 武器! 相手に向けろ! 身を守れ!

 そんな原始的な思考しか出来なくなっていたからだ。

 属性添加を前提とし、小型軽量化された弾丸は装弾数も多かったが、モニターの残弾表示はみるみるうちに減少していく。

 餓霊はゆっくりと少女の機体に迫り、やがて片手を振りかぶった。

 だが次の瞬間、乾いた衝撃音と共に、餓霊の首が大きくかしいだ。青い光が飛来して、敵を横から叩いたのだ。

 餓霊がその方向に向き直った時、長い棒状のものが敵の頭を貫いていた。
しおりを挟む

処理中です...