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第一章その1 ~始めよう日本奪還~ 少年たちの苦難編

職場は男の戦場だから

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「すごいなあ……!」

 船中に入り込んだ途端、コマは目を丸くして立ち尽くした。

 ここは倉庫か何かだろうか。見上げた天井はとてつもなく高く、広さは武家の館がいくつも入る程だ。

 床や壁は滑らかな金属のようだが、その表面に光の文字が現れては消えていく。

 作業をしているおじさん達は、その文字を見ながら「●●よーし、××よーし」と声をかけあっている。

 突然近くの壁が「搬入OKですか?」と喋ったので、鶴が気さくに「オーケー」と答えた。

「一体何がOKなのさ」

「知らないけど、こういうのは勢いが大事なのよ」

 鶴が満足げに答えると、いきなり壁に切れ込みが入り、滑らかに動いた。それは壁ではなく、巨大なゲートだったのだ。

 外気と積荷コンテナがどっと流れ込んで来ると、黄色い機械に乗ったおじさん達が、忙しく荷物を運んでいく。おじさん達は2人を目にすると二度見したが、特に何も言わずに作業を続けた。

「すごいわねえ、床は光るし壁だって喋るし。あの黄色い荷車、あれは未来の馬なのかしらね」

「予習した本に書いてたな。確かフォークリフトと言うらしいよ……うわっ、飛んだ!」

 荷物を上の段に積むために、フォークリフトは機体に揚力属性リフトフォースを添加し、宙を斜めに飛んでいく。

「実際に飛ぶと壮観だな。あっ、待ってよ鶴!」

 コマは小走りに鶴の後を追った。

 鶴はあちこち眺めながら、すいすい歩みを進めていく。

「確かに色々珍しいけど、船の上ならこっちのものね。瀬戸内で育った私に、海でかなう奴なんかいないわ。ああ貰った、貰いました。天下はこの鶴ちゃんが取ったようなものよ」

「相変わらず図に乗ってるなあ」

 コマは思わず声を上げたが、気を取り直し、歩きながら説明を始めた。

「それじゃあ軽く説明するよ? 君は八百万やおよろずの神々の命令で来たから、前世より強い力を授けられてるんだ。常に身を清めた状態で霊力を使えるように、髪も体も汚れないし、着物だって綺麗なままだよ。着物の色や形は気分で変えられるから、同じの着てるって思われないで済むし」

「とすると、あのおじさん達みたいな格好も?」

「出来るけど、してどうするのさ。あとは食べ物も、何を食べても平気。食べたそばから浄化されていくから。別に食べなくても死なないけど、食べれば戦いで使った霊力も早く回復するんだ」

「至れり尽くせりだわ」

「でもいい事ばかりじゃないんだよ。生き返ったとはいえ、君はまだ中途半端な状態なんだ。完全に復活するには、黒鷹に認めてもらって、聖者としての契約を……」

 コマはそこで鶴がいない事に気が付いた。辺りを見回すと、かなり遠くのコンテナの傍に鶴がいて、「すごいわあ」と見学している。

 コマは慌てて駆け寄った。

「ちょっと、まだ話の途中だってば!」

「しーっ、声が大きいわ。中身を出してるから、何が入ってるかと思って」

 鶴は悪びれずに物陰からおじさん達の作業を眺めている。

 巨大なコンテナから運び出されたのは、人が抱えて運べるぐらいの箱だ。外装には『小型海棲生物プランクトン培養ばいよう式・特殊配給食B型』と書いてある。

「プランクトン……そうか、食べ物だよ。海辺で作った食料を運んでるんだ」

 コマは予習した本を取り出してめくった。

 現世では陸地をバケモノに占領されているので、島ぐらいでしか普通の作物を作れないのだ。そうした天然モノは富裕層が独占するため、一般人の口に入るのは、海辺のタンクで培養された小型海棲生物プランクトンの加工食品らしい。

 作業員のおじさん達は、コンテナから箱を出しては、また別のコンテナに詰め替えているようだった。

「何か不自然だね。また別のコンテナに入れるなんて」

「そうかも知れないけど、きっとおいしいわよ。一つ貰えないかしら」

 そんなやり取りをしていると、作業員達の会話が聞こえてきた。

「……こないだ前線の避難所に、ヘルプで作業に行ったんだがね。静かなもんだ、無駄口一つないぜ。あれが本当に十代の子供達の集まりかよ」

「そりゃそうだろ、死ぬのがわかってるんだから。今のままじゃ、間違いなくバケモノどもの生き餌だからな」

「生まれる時期が違っただけでこうなるんだから、若い子達は気の毒さ。食いもんだってかなり横流しで減らされてるんだからな……おっと、噂の横流し野郎が来たぞ」

 そこで作業員は会話を中断した。見るからに悪人面をした、現場監督らしい人物が近付いて来たからだ。

「急げよ、時間がないんだからな!」

 男は粗暴な態度で作業員達に声をかけた。その後もしつこく口を出しまくるので、作業員達もイライラして嫌味を返している。

「あのこれ、避難区用の物資ですよね。ここに届いたのもおかしいですけど、廃棄用のコンテナに詰め替えちゃっていいんですか」

「構わん、出荷段階で傷んでいたらしくてな。危ないからきちんと廃棄するんだ」

 男はそう言って笑みを浮かべ、作業員達は「そんなわけあるかい」と呟いた。

 コマはその分かりやすい悪役ぶりに感心しつつ、傍らの鶴にささやいた。

「多分ネコババしてるんだろうね。こんなあからさまな手でおとがめ無しって事は、上から下まで不正が蔓延はびこってるんだな」

 コマはそう言って隣を見るが、またもや鶴は居なかった。

「うわっ、またいないぞ!?」

 コマが辺りを見回すと、鶴はフォークリフトの運転席に座っている。

「ちょっと、使い方も知らないのに触っちゃだめだよ!」

「馬なら乗った事があるわ」

 鶴が機械のボタンを押していくと、フォークリフトは猛烈に旋回し始めた。

「う、うわーっ!? ちょっと、鶴!」

 コマは必死にしがみつくが、フォークリフトは竜巻のように突進。悪人面の現場監督を跳ね飛ばした。

 回転は止まったものの、監督は山積みのコンテナを飛び越えていく。

「何やってるんだ、人が飛んでったじゃないか!」

「悪い人だから平気平気」

 コンテナに服がひっかかり、宙吊りで目を回している現場監督、ガッツポーズをする作業員達を尻目に、鶴は満足げに運転席から降りた。

「それにしても、さすが未来は面白い物が沢山あるわね。早く黒鷹を探して、2人で現世を見て回らなくちゃ」

「そんな簡単にいかないよ。さっきの続きだけど、まずは君の能力について説明するからさ」

 コマもフォークリフトから飛び降りると、先程の説明の続きを始めた。

「八百万の神様方が助けてくれてるから、普通の人を1とすると、君の幸運度は9999だよ。困った時には都合よく助けが来るけど、だからって甘えてたら命取りだからね。さっきも説明しかけたけど、君はまだ完全に復活してないから、」

 だがそこでまたもや鶴が消えている。

「どうしていつも、話の途中で!」

 目をやると、鶴は100メートル程も離れた場所で、「黒鷹知りませんか」と言いながらビラを配っているのだ。

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