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第一章その1 ~始めよう日本奪還~ 少年たちの苦難編

あの港に迫るのは亡者どもの軍勢

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「う、うわああああっ!!! レーザーがっ!?」

 機体の振動で声を震わせ、まことは無意識に絶叫していた。

「うわっ、な、なるっち!?」

「ちょっと、どうしたのよ!?」

 突然の大声に、画面の隊員達も驚いている。

 お前が言えよ、いやあんたが言いなさいよ、といった押し付け合いが始まり、やがて副官のカノンが、若干引いた表情で問いかけてきた。

「……ね、ねえあんた、大丈夫なの? なんでいきなり叫んでるのよ?」

 歳は誠と同じ17歳。きりりとした顔立ちで、かなり大人びた雰囲気を持つ少女だ。波打つ長髪はいかにも甘い香りのしそうな薄茶色だったが、別に髪を染めているわけではない。

「さ、叫ぶって、俺が……?」

 誠は答えながら、荒い呼吸で周囲を見回す。

 目に入るのは、幾多の機器や操作パネルコンソール……そして操縦席コクピットの内壁を覆う球状外周モニター、通称『コペルニクス』だ。

 モニターには外の景色が高速で流れており、宙に浮いたまま飛んでいるような感覚だったが、これもいつも通り、勝手知ったる操縦席からの眺めなのだ。

「……い、いやその、一瞬意識が飛んだっていうのか……空の上から物凄く邪悪なヤツが来る気がしたんだけど……」

「言ってる事メチャクチャじゃない。とにかく戦闘中に居眠りはやめてよ?」

 カノンは困り顔だったが、そこで話題を切り替えてくれた。

「そろそろ会敵かいてき予測地点だけど、敵の足、かなり速いわよね。間に合うかしら」

「……間に合わせる。まだ大勢逃げ遅れてるんだ」

 誠は答えるが、事態は単純にして深刻だった。

 第16特別避難区……旧地名で言えば、香川県の北西にある某半島が敵に攻撃され、付近の誠達が急ぎ駆け戻っているのだ。

 全高10メートル近い人造の巨人……いわゆる『人型重機ひとがたじゅうき』は、巨体を躍動させて旧市街を疾走していた。

 一見して鎧騎士のような見た目なのだが、胸や肩を覆う外付けの追加装甲シュルツェン・バンパー、各種投光装備ライトやアンテナなど、兵器としての無骨さも見て取れる。

 昔の機体は方向指示器ウインカーやナンバープレートまで付いていたというが、法改正でそういうものは要らなくなったのだ。

(じきに日没か、まずいな……この辺りは比較的路面がいいけど、日が暮れたら被災者のバスも速度が出せない。そうなったら終わりだ……!)

 だが誠がそう考えた時だった。

 !!!!!!!!!!!!!!

 突然、右前方100メートル程にある建物が吹き飛んだ。粉塵ふんじんがうねりながら押し寄せ、モニターが泥水色に染め上げられる。

 やがて視界が開けた時、怪物どもの一団が現れたのだ。

 身に宿す本能のままに走る異形は、一言で言えば『巨大な活動死体ゾンビ』だ。

 死斑しはんが覆う青紫の巨体と、極彩色の禍々まがまがしい爪や牙。

 手を突き出し、血走った眼で前を見据え、開いた口からは唾液を撒き散らしていた。

 これこそが『餓霊がりょう』と呼ばれ、つい10年前に現れた、悪意を持つ生物災害。血肉に飢えた殺戮者だった。

 奴らの体からは、霧状の粒子が腐敗ガスのごとく噴き出している。餓霊の数が増えれば、それは分厚い暗雲となり、百鬼夜行ひゃっきやこうの訪れを告げる天の凶相と化すのだ。

 この霧がレーダーや誘導兵器の電波を阻害するため、戦いは大抵こちらに不利な奇襲から始まるのだった。

「カノンは港に位置報告! 全機、迎撃して注意を引きつつ、出来る限り情報を取る!」

 数瞬の後、隊員達の機体が持つ属性添加式エレメンタル自動小銃アサルトガンに光が宿った。

 威力を高める電磁コーティング……つまり属性添加された弾丸は、甲高い唸りを上げて餓霊の傍をかすめるが、命中した弾は1つもない。

 画面に映る活発そうな少年・宮島が叫んだ。

「だめだ、全然当たらねえ! ていうか隊長、あいつら映像ズレてねえか!?」

「周囲の光をねじ曲げて、こっちの視覚を惑わせてるんだ。映像がランダムにずれて……水中の敵を見てるようなもんか」

 誠が照準を合わせて集中する……と同時に、相手の動きが急激に遅くなったように感じた。

 幼少から人の100倍不運であり、365日車や猪にはねられ続けた誠にとって、日常そのものが生きるか死ぬかの瀬戸際だった。

 神も仏もあったもんじゃないが、おかげで今でも集中すれば、周囲の出来事が交通事故のようにスローモーションに見えるのだ。

(こんだけスローなら、揺らぎの周期ぐらい読めるっ……!)

 誠が引き金を引くと、青い光弾が餓霊に命中。弾は輝きとともに四散した。

「うひっ、さすが鳴っちやな。あの速さで画像もズレててブチ当てるとか、香川なみに輝いてるで」

 栗色の髪をショートカットにした難波なんばが言うと、スキンヘッドの香川が答える。

「こら難波っ、俺は剃ってるだけだろうが。てかやっこさん、こっちの攻撃弾いてるぞ」

 その言葉通り、弾丸は赤い光に……魔法陣のような幾何学模様きかがくもように弾かれている。

「香川の言う通り、電磁バリアもかなり強いな。もっと近づかないと撃ち抜けない」

 誠は通信回線を開き、港の守備隊に報告した。

「追加報告、鳴瀬隊から港湾守備隊へ。餓霊は現在、西岸Dー5経路付近を通って港へ接近中。第一波の数、推定20以上、サイズは中型。防御の硬さから、戦闘力はカテゴリー3以上と推測。極めて素早く、制止は困難。すぐに迎撃準備を」

『りょ、了解ですが、予定と違って避難が遅れており……!』

「……出来るだけ頼む。当方このまま対象の左後方100メートルから追跡する。こちらへの誤射だけ気をつけてくれ」

 守備隊の返答は要領を得ず、誠は緊急の会話を諦めた。


 やがて急激に視界が開け、巨大な港に到達した。敷地はコンクリートで固められ、各種コンテナが巨人の積み木のように散らばっている。

 コンテナの向こうには、装甲車両と人型重機。被災者を乗せた無数のバスと、巨大なカーフェリーのような揚陸艦ようりくかんも見えた。

(先に別の敵と交戦してたのか。部隊の位置も滅茶苦茶だし、放水設備もやられてる……!)

 少量の放水では『必殺』とまではいかないが、敵は海水を嫌がるため、避難区にはたいてい足止めの放水設備があるのだが……それも滅茶苦茶に叩き壊されていた。

 餓霊は被災者達の姿を見ると、歓喜の叫び声を上げた。地響きを立てて突進すると、たちまち車両と人型重機を薙ぎ払い、揚陸艦に迫ろうとした。

 辺りにいる人間よりもまずは船。その方が逃げる獲物が減り、喰える肉が多くなるのを知っているのだ。

 だが次の瞬間、1台の装甲車が突進し、背後から餓霊に体当たりしていた。車はもんどりうって跳ね飛ばされ、桟橋さんばしに激突してようやく止まる。

 へしゃげた車体に青い光が駆け巡り、ドアがだらしなく外れ落ちると、中には迷彩服姿の中年男性がぐったりしていた。

 餓霊は振り返って装甲車を見下ろすと、鉤爪のついた腕を振り上げる。

 だが、今にもその腕が振り下ろされようとした刹那せつな、誠の射撃が餓霊の頭を貫いていた。

 餓霊はしばし痙攣けいれんし、ドロドロと溶け落ちていく。全身が液状になって崩れると、蒸気となって消え失せた。

 隊員達も戦闘を開始し、誠は機体の外部拡声器スピーカーで叫んだ。

「鳴瀬隊、これより迎撃を開始します! 守備隊は急ぎ立て直しを!」

 すかさず指揮車から通信が入った。画面に映るのは、まだ歳若い通信兵だ。

「鳴瀬隊、救援感謝します! い、池谷中佐が装甲車で体当たりを!」

「池谷中佐が!?」

「……いや、無事だ。心配いらない」

 そこで迷彩服を着た中年男性が、通信画面に割りこんできた。あちこち血まみれだったが、その表情はしっかりしている。

 駆けつけた救助班に手を差し伸べられながら、池谷中佐は言葉を続けた。

「私はバカだが、体だけは頑丈でね。それより頼む、みんな新入りの子ばかりだ。これ以上もたない……!」

「了解!」

 誠は答えながら機体のセンサー類の感度を上げ、隊員達にも呼びかける。

「全員、足元とセンサーを注視、被災者がどこにいるかわからないぞ!」

「アホやな鳴っち、うちの腕を疑うんか?」

「隊長の言う通りだぞ、慢心で身を滅ぼすは人のつねさ。南無三なむさんっ!」

 手馴てだれの隊員達は口々に答え、素早く攻撃を加えていく。

 だが奮戦する一同をよそに、予想外の方向から爆発が起こった。

 やや小型の餓霊が貯蔵庫エリアを突っ切って、反対側から避難バスに迫って来るのだ。

「あかんわ、こっから撃ったらバスに当たるで!」

「香川、頼むぜ!」

「こっちも無理だ宮島っ!」

 餓霊はバスを盾にするかのように、身を低く屈めて突進。

 車内の人々が、何かを叫んで頭を抱えるのが、誠の目にはっきりと映った。

「そのまま、全員動くな!!!」

 誠は隊員達の合間を縫って射撃する。

 バスの天井ぎりぎりを掠めた弾は、敵の頭に命中した。餓霊は転倒してバスに衝突、蒸気を上げて溶け落ちていく。

「あ、あんたアホやろ。あの角度で当てるんかいな……」

「さながら鬼神か修羅ってとこだな。バスの屋根焦げてるぞ……」

 隊員達が唖然とするが、今は構っている暇は無い。

「救護班、扉をこじ開けてくれ! 今のうちに、早く船へ!」

 誠の叫びに、救護班が我に返ってバスに駆け寄る。歪んだ扉を電磁カッターで切り裂き、車内から怪我人を救出するのだ。

 だがその間にも次々餓霊が押し寄せ、画面の残弾数はみるみる減少していく。

 予備弾倉まで弾切れになった自動小銃アサルトガンを落とし、誠の機体は強化刀を抜き放った。

 刀身は青い光に包まれ、敵はその光に誘われるように迫って来る。

「そうだ、こっちに向かって来い……!」

 誠は餓霊に突進し、立て続けに切り伏せていく。

 難波機に掴みかかった敵を突き刺し、弾倉を入れ替える宮島機に迫る相手を蹴り倒しながら、誠は叫んだ。

「総力戦闘、全力で船と被災者を守れ!」

 燃え上がる車両は松明たいまつのように辺りを照らし、爆発と悲鳴が絶え間なく耳を叩いている。

 ここはきっと地獄なのだ、と誠は思った。

 神はいない。

 いくら天に祈ろうと、都合よく助けが来るなどあり得ないのだから。
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