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プロローグ ~そして日本は砕け散った~

そして日本は砕け散った

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 少し若者達を代弁すれば、そもそも時代が悪かった。

『大人や社会にお灸をすえてやろう。自分達がどれだけ怒っているのか、この際はっきり知らしめてやろう』

 そんな思いが彼らにあったし、ほとんどの若い世代はいきどおっていたのだ。

 あの事件が起きた21世紀の前半、この国の『偉い大人達』はどこかおかしくなっていたからだ。

 政治家は『素人か!』『炎上目的か!』とツッコミたくなる失策を機関銃マシンガンのように連発したし、たくみな足の引っ張り合いで国政は大混乱。

 では官僚はと言えば、こちらも予算の浪費とぶんどりあいのボーナスゲームだ。お金は全部使い切れ、借金はいくらでもしろ。何でもかんでも先送りして、支払いは未来の世代がよろしくね、である。

 あたかも熱に浮かされたように、大人は乱痴気騒らんちきさわぎを繰り返し、後の世代の分のかてまで、根こそぎ喰らい尽くしていくのだ。

 その結果『もうこんな国、どうなってもいいんじゃないの?』と若者達が思うのは、太陽が何十億年も続けた東西ルートの定期便と同じぐらい、自然で自明な事であった。

 そしてそのムードにマスコミが飛びついた。そうすれば、得体の知れない出資者スポンサー様が喜んだからだ。

『日本くたばれ』とか『こんな国いらない』とか、流行語が過激な言葉で埋め尽くされたし、ヤラセの街頭インタビューを受けるニセ市民も、札束で横っ面をひっぱたかれたコメンテーターも、出される指示紙カンペを目で追いながら、こぞって世論に追従する。

 …………そしてとうとう、あの悪夢ののろいが始まったのだ。

 謎のウェブサイトが始めた非合法キャンペーンであり、そのやり方は簡単である。

①サイトに書かれた『国滅ぼしのおまじない100』のうち、どれか一つのわるさを行う。

②その証拠写真をサイトに送る
 
③すぐに自分の携帯電話に、ご褒美の電子マネーが贈られて来る!

 友達を勧誘すれば膨大なご褒美ボーナスポイントがついたし、サイトに登録しただけで、なんと毎月の電話料金もタダになった。

 サイトの指示通りに鳥居に落書きしたり、狛犬や仏像を引き倒す者までいた。ガラの悪い連中を避けて参拝客が遠退とおのき、次第に寺社はさびれていく。

 警察も懸命に調査したが、大人が携帯をチェックすると、なぜか証拠を見つけられなかったのだ。

 多くの若者は『大人ってバカじゃね?』と笑っていたが、なぜ大人が見れば証拠が消えるのかと考えると、背筋が寒くなる者もいた。だってそれは携帯電話の向こうから、『』という事だからだ。




 ある時期になると、サイトのトップ画面に大きな髑髏ドクロが現れた。

 髑髏ドクロの下には、日々膨大な数が増えていく累積数字計カウンターが据えられていた。その数字が1000万に達した時、大還元祭だいかんげんさいが開かれるのだという。

 同じ頃、路地裏の案内人から髑髏ドクロを描いたステッカーが配られ始めた。ステッカーには個別ナンバーがあり、これを貼り付けた写真を送ると、更に高額の対価が貰えた。

 剥がしても剥がしても町中に髑髏ドクロがあふれ、一晩で街を埋め尽くす量のステッカーが貼られた。

 するとまたたく間に治安が悪化した。普段穏やかな人がドギツイ犯罪を起こし、元から粗暴な者は、ますます人の皮を脱ぎ捨てていく。

 そしてある日、人々の携帯にこんな文句が表示された。

『今このメッセージを見ている方へ。

 本当におめでとうございます。

 皆様のご協力のおかげで、無事この日を迎える事が出来ました。

 さあ、大還元の始まりです。

 もうあなた達を縛るものはありません。

 学校もありません。仕事もありません。

 守るべきルールも義務も、何もかも消えるでしょう。

 警察も自衛隊も、お役所も先生も、それこそ親や兄弟すらも、あなた達を抑えていたものは、みんな消えて無くなります。

 偽りの善意を脱ぎ捨て、本当の自由を謳歌おうかして下さい』

 最後に短く表示された。

『黄泉の国へ、ようこそ』

 突然、人々の携帯に髑髏ドクロが映った。

 髑髏ドクロは低い地鳴りのような声で笑い始め、女性達は悲鳴を上げてそれを消そうとした。

 やがて画面から髑髏ドクロが消えた時……あの悪夢の地響きが始まったのだ。そして無数の獣がうなるような、うめき声のようなものも聞こえた。

 血肉を求めて押し寄せる亡者達の足音、そして叫びであり、この国の終わりを示す葬送曲そうそうきょくだったのだ。
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