上 下
84 / 90
第二章その6 ~目指すは阿蘇山!~ 火の社攻略編

ありがとう、ひいちゃん

しおりを挟む
 タイミングを見計らい、天草は制御室に飛び込んだ。

 制御室の片隅に、子供達が震えている。

 驚いて振り返る人影、つまり魔族を、天草は次々に射撃する。

 必死に子供達に呼びかけた。

「みんな、下がって! 部屋の外に!」

 不意を突かれたせいか、室内の魔族は弾丸に倒れていく。

 だが次の瞬間、横手から声がかかった。

「……これは、不躾ぶしつけな客人だな」

 背の高い、一見して紳士のような風貌の男だったが、その目は人ならぬ光を宿している。

 天草は咄嗟に引き金を引くが、弾丸は赤い光の幾何学模様に阻まれた。

 男は手を伸ばすと、天草の腕と銃を掴む。そのまま大きく振り回し、軽々と放り投げたのだ。

「……こんな玩具で、勝てると思ったのか」

 男は奪った銃を易々と握り潰した。

 天草は起き上がろうとするが、次の瞬間、男から不可視の衝撃が押し寄せる。

「…………っ!!!」

 天草は背後の壁に叩きつけられ、したたかに頭を打った。

 そのまま崩れ落ち、力なく床に転がる。

 先ほど銃撃したはずの魔族達も、次々に起き上がってきていた。

 咄嗟に魔力で弾の威力を弱めたのか、それとも体の頑強さが、人とは一線を画するのか。

「一族を傷つけてくれた礼だ。死をもって償え」

 男はそう言って天草に歩み寄るが、その時、周囲が激しく揺れ動いた。

「どうした?」

 男の問いに、他の魔族が答えている。

「それが……鬼ども派手に暴れまわって、かなり壁が傷んでおります」

「あのバカどもが! 今どこにいる!?」

 男は苛立ちを隠さず、部下達に歩み寄っていく。

 天草は朦朧もうろうとする意識で眺めていたが、ふと傍らに、黒い小さな物が落ちているのに気付いた。

 あの鶴という少女の映写機であり、天草が拾ったまま返すのを忘れていたのだ。

 映写機はそこで光を帯びる。

 すると頭の中に、何かの映像が流れ込んで来た。

 これは……過去の出来事だ。場所は他ならぬ、このコントロールルームである。

 モニターとコンソールに向き合い、天草に背を向けて立つその人物は、確かに生前の父だったのだ。



『正体不明の怪物、なおも増殖中!』

『全居住区画、完全に汚染されました!』

『館内放送を! 出来るだけ化け物を閉じ込めつつ、中の人を誘導するんだ!』

 父はオペレーター達を励まし、必死に指示を続けていた。

 やがてオペレーターが、悲痛な顔で振り返った。

『最終ゲート、避難中の人々が押し寄せています。どうしますか!?』

 モニターには、泣き叫ぶ人々の姿が映る。

 父は言った。

『開けてくれ』

 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 その言葉を聞いた時、天草の心臓は、かつてない程に強く脈打った。

『私の責任でいい、開けるんだ! 出来るだけタイミングを合わせて、怪物が外に出る数を減らす!』

 父はもう一度、はっきりとそう言った。

 その時、父の背後に人影が現れた。先ほど天草を攻撃した、あの魔族である。

 男の手の平から発された何かが、父の背を貫いた。

 オペレーター達も、次々と凶弾に倒れ付す。

『……美談は不要、政府は民に恨まれねばならん。国崩しにはそれが一番だ』

 男はそう言って笑みを浮かべるが、そこでふと横手を見やった。

 父が起き上がっていたからだ。

 喧嘩などからきしであろう父は、唇を震わせ、血を吐き出しながら、それでもコンソールにしがみついている。

 父は震える手を必死に伸ばす。透明プラスチックのカバーに覆われた、黒いコックレバーにだ。

 だがそこで、男が父の首を掴んだ。

『……ウジ虫が。不要だと言っているだろう?』

 男は父を乱暴に持ち上げ、背後の壁に投げつけた。

 コンクリートの壁が柘榴ざくろのように割れ、破片が高く舞い上がった。

 男が何かを呟くと、床から巨大な炎の手が伸び、父の体を掴んだ。

 その瞬間、まるで爆発したように、父を大量の炎が包んだのだ。

 燃え上がり、消え行く父の遺体を見下ろし、男は嘲笑うように笑みを浮かべた。



「…………っ!!!!!!」

 天草の中に、何かが宿った。怒りなのか、それとも違う感情なのか。

 目をやると、部屋の反対側に操作盤コンソールパネルが見えた。

 弾けるように身を起こし、天草は走る。

 怖さも痛みももう感じなかったし、何も考えていなかった。

 あの男が振り返ったが、位置的に天草とは遠い。

 だが配下の魔族が近づいていた。今にも捕まるかと思った瞬間、魔族達に小さなものが飛びかかったのだ。

 キツネに狛犬、それに牛……あの鹿児島にいた、沢山の神使達である。

 眼帯を付けた狛犬が、魔族に飛び蹴りしながら叫んだ。

「まだ死ぬなよ姉ちゃん! 約束のラーメン、食わしてもらってないんじゃい!」

 キツネと牛も奮闘しながら怒鳴った。

「堪忍な! 先回りするはずやったけど、敵がぎょうさんおったんや!」

「モウレツに時間をくってしまいました!」

 奮戦する神使達の横をすり抜ける天草だったが、そこで肩を掴まれた。

 あの背の高い魔族の男だった。

 コンソールから引き離すように投げ飛ばされ、背中を強打した。

 父が叩きつけられた辺りであり、壁に大きく割れた跡があった。

 男は素早くこちらに迫り、天草の首を掴むと、そのまま壁に押し付ける。

 今度は手を離さず、確実に絞め殺そうとしているのだ。

 ぎりぎりともの凄い力で締め上げられ、意識が遠退く。

「……いい加減悪あがきはよせ、ウジ虫が……!」

「……っっっ!!!!!」

 その言葉を聞いたとき、遠退きかけた意識が呼び戻された。

 許せない! 絶対にこの男を許さない!

 天草はもがくように壁をまさぐる。割れていたコンクリートの破片が、右手に触れた。

「う、うわああああっ!!!」

 思い切り、破片を男の顔に投げつけた。投げるように叩き付けた。

「ぐおっ!?」

 さしもの男も一瞬怯み、その隙に天草は相手を突き放した。

 そのまま何も考えずに走った。

 男が怒り狂って何かを叫ぶ。

 もの凄い熱気が辺りを包み、前方から炎の手が立ち上がった。

 あの手に掴み取られたら、一瞬で焼き尽くされるだろう。

 でも止まっている時間はない。

 ふいに、あの人の声が聞こえた。

『ひいちゃんの髪、羽みたいだ』

 天草は覚悟を決め、炎の手に向かって走る。

 今にも掴まれそうになった時、天草は身を屈めた。

「……私には、羽があるのよっっっ!!!」

 床を蹴って、思い切り飛び越える。

 炎の指が足を掠めたが、天草は何も考えなかった。

 着地して、そのままコンソールパネルに倒れ込む。

 パネルの右上に手を伸ばし、透明プラスチックのカバーを開けて、中のコックレバーを握った。

 その時、不意に懐かしい光景が目の前に浮かんだ。

 あの懐かしい我が家の廊下だ。

 リビングに続くドアの隣には、幹がねじれた観葉植物が置いてある。

 名前は確か、ベンジャミンだ。

 ドアの向こうから両親の笑い声がして、おいしそうな料理の匂いが漂ってくる。

 もう思考も何もかなぐり捨てて、天草はドアにしがみついた。

 ただ夢中でドアノブをひねり、室内に飛び込む。

 部屋は光に包まれていた。

 何も見えない。

 もう一度、声が聞こえた。

『…………ありがとう、ひいちゃん』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない

めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」 村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。 戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。 穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。 夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

皇帝の寵妃は謎解きよりも料理がしたい〜小料理屋を営んでいたら妃に命じられて溺愛されています〜

空岡
キャラ文芸
後宮×契約結婚×溺愛×料理×ミステリー 町の外れには、絶品のカリーを出す小料理屋がある。 小料理屋を営む月花は、世界各国を回って料理を学び、さらに絶対味覚がある。しかも、月花の味覚は無味無臭の毒すらわかるという特別なものだった。 月花はひょんなことから皇帝に出会い、それを理由に美人の位をさずけられる。 後宮にあがった月花だが、 「なに、そう構えるな。形だけの皇后だ。ソナタが毒の謎を解いた暁には、廃妃にして、そっと逃がす」 皇帝はどうやら、皇帝の生誕の宴で起きた、毒の事件を月花に解き明かして欲しいらしく―― 飾りの妃からやがて皇后へ。しかし、飾りのはずが、どうも皇帝は月花を溺愛しているようで――? これは、月花と皇帝の、食をめぐる謎解きの物語だ。

処理中です...