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第二章その6 ~目指すは阿蘇山!~ 火の社攻略編

お伽話の決戦準備

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 決戦を控え、天草も執務室に缶詰め状態であった。

 別室で作業する大勢の事務方と連携し、夜を徹した作業が続くのだったが、天草はあまり疲労を感じていなかった。

(不思議ね。疲れてるけど、疲れてないっていうのか……)

 大戦おおいくさを前にした興奮なのか、それとも何か不可視の力が助けてくれているのかは分からない。

(不思議と言えば、これなんだけど……)

 天草は執務机にとまる、テニスボール程の大きさの生き物……つまりアマビエに目をやった。

 アマビエはピヨピヨさえずりながら、せっせとこちらの世話を焼いてくれる。

 事務方に届け物をしたり、お茶や食事を運んできてくれたり。

「ごめん、後で食べるから」

 天草が食事を後回しにしようとすると、アマビエは怒って頭の上に飛び乗り、食べるまで翼をふりふり訴えかけた。

 ピヨーピヨピヨ! ピヨー、ピヨピヨ!

「ちゃ、ちゃんと食べろって事? 分かったから怒らないで」

 天草は若干たじろぎながら、運ばれてきた食事……軍用携帯食料レーションの箱を開けた。

 アマビエ用に小皿に分けてやると、彼?は嬉しそうにモリモリ食べる。

 食べて終わると食後の運動なのか、へんてこな体操を始めた。

「……何がなんだか分からないわ」

 天草はそう言いながらも、自然と笑みが溢れてくる。

 何だかおとぎの世界に迷い込んだみたいだ。

 つい先日まで絶望に沈んでいたはずなのに、あの鎧姿の女の子が来て、何もかもしっちゃかめっちゃかになって。

 いつの間にか、九州を取り戻せるかも知れなくなって……あげく自分は、不思議な妖怪と食事をしているのである。

 本当に、何がなんだか分からない。



「お、終わった……!」

 ようやく一通りの準備が終了した時、天草は机に突っ伏した。

 アマビエはピヨピヨ歌いながら、子供を寝かしつけるように、翼で頭を撫でてくれる。

「……ありがとう」

 天草は自然に微笑んだ。

 なぜだろう。撫でられる感触は、なんだかとても懐かしいのだ。気持ちが不思議と安らいで…………

『……ひいちゃんの髪、跳ねてて面白いな。天使の羽だ』

「……っ!」

 不意に父の言葉が思い出された。

 あの懐かしい居間の、温かな我が家の様子が思い起こされる。

 癖の強い天草の髪は、風呂上がりには容赦なく跳ね回ってしまう。

 父は髪を乾かしてくれながら、ぴょんぴょん広がるこの髪を、手で押さえてくれていたのだ。

 …………その父に対しても、今は不思議と嫌悪感が浮かばなかった。

 彼はよくこちらの頭を洗いながら、機嫌よく歌っていたものだ。

 父は建築関係の出張族で、あまり家には帰れなかったが、天草はそんな父が大好きだった。

 少し歳がいってから結婚した父は、家族のありがたみが身にしみていたのだろう。母も、そして娘である自分も、本当に大事にしてくれたからだ。

 夫婦仲も良好で、母はよく天草の前で父を立てた。

『今日は大好きなとんかつよ? お父さんが頑張ってくれてるからね』

 母がそう言うので、天草は自然に父を尊敬していたし、母がそんなふうに言うたびに、父は涙ぐんで『嬉しい、お仕事頑張ろう』と言っていた。

 家庭は何一つ問題なく、至極しごくうまくいっていたのだ。



 天草が中学生になると、父は高千穂研究所の施設管理を任された。

 日本の将来をになう一大国家プロジェクトであり、大変に名誉な事だった。

 身内の特権で、天草は何度も研究所に行けたし、周囲からは物凄くうらやましがられた。

 さすがに機密エリアには入れなかったが、町そのものかと思われるほど広い敷地に、ぴかぴか光る研究棟やドームが誇らしげに建っていたのを、今でも鮮明に覚えている。

 人々の夢を乗せ、新しい時代の象徴だった高千穂プロジェクト。

 その技術の扉が開けば、きっと夢のような人生が始まるのだと思っていた。

 …………でも違ったのだ。

 よく言われるように、開いたのは地獄の釜の蓋であり、這い出たのは血に飢えた亡者達だったのだ。

 中学生だった自分は、広大な研究所の敷地をひたすら逃げた。

 後ろで次々誰かが喰われ、潰されていく。

 喉が破れるような悲鳴がひっきりなしに響き渡って、この世の地獄がそこにあった。

 最後に門に辿り着き、開かぬ扉を叩き続けた天草は、奇跡的に崩れた壁から逃げ出す事が出来たのだ。


 それからは、毎日が無我夢中だった。

 押し寄せる怪物達に逃げまどい、日々違う避難所を転々とし。

 唯一幸運だったのは、怪物達は北にのぼる事に殆どの戦力を割いていた事。

 関門海峡が封鎖され、九州に閉じ込められるのを恐れたのかもしれない。

 おかげで始まりの地・九州でも、人々は何とか生き延びる事が出来たのだ。

 天草の身の上は誰もが知っていたが、あの門に閉じ込められ、父に見捨てられたという事…………更に船団長である島津の徹底した気遣いから、虐げられる事はほとんど無かった。

 ただそれとは裏腹に、天草自身は罪の意識と恥ずかしさを感じた。

 あの時なぜ、父は扉を開けてくれなかったのか。なぜ人々を見捨てたのか。

 外に被害を広げないため…………その理屈は分かる。

 頭では分かっていたが、心の底から湧き上がる嫌悪感をぬぐう事が出来ず、天草は父を忌み嫌った。

 あの人は間違っている、自分は絶対にそうはならない……という思いから、当時最も危険と言われ、『歩くひつぎ』と呼ばれた人型重機のパイロットに志願したのだ。

 すぐにその並外れた操縦適性をかわれ、一時はレジェンド隊に身を置くまでになったのだが、数年前に負傷してからは九州に戻ってきた。

 島津の右腕として働くも、次第に悪くなる戦況。

 追い詰められ、どうしていいか分からなくなった時、あの鎧姿の女の子と、雪菜を知る少年がやってきたのだ。

 そこまで思い出して、天草は例の事件に思い当たった。

 幼い子供のようだった彼をお風呂に入れて、自分も一緒に体を洗って……

「ああああああっ!?」

 天草は思わず叫び、顔を真っ赤にして飛び起きた。

 アマビエが驚いてずっこけているが、今はそれどころではない。

「あああっ、恥ずかしい、どうしよう!? でもしょうがないし、あんな子供みたいな見た目で、背が伸びるなんて思わないでしょっ!?」

 天草は頭を抱え、しばし1人でもだえていたが、そこで端末から声がかかった。

「…………し、司令……?」

「ひっ!?」

 天草が飛び起きると、机上の通信端末に秘書官の女性が映っていた。

 先ほどの痴態を見ていたのだろう、完全にドン引きの表情である。

「……そ、そうですよね、司令はいつもお疲れなんですよね……」

「ちっ、ちち違うのよ! そうじゃない、そうじゃなくて!」

 天草は必死で弁解するが、画面に映る秘書官は弁解を許さない。

「すみません、誰にも言いませんから。それより第5船団の、鶉谷雪菜うずらたにゆきな少佐から連絡が入っています。お繋ぎしてよろしいでしょうか」

「ゆっ、雪菜!? あ、いえ、鶉谷さんから?」

 天草は慌てて手鏡で身だしなみを整え、それから通信を大型モニターに切り替えた。
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