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第二章その4 ~信じてほしいの!~ ガンコ才女の説得編

マンゴーの伝言

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「まったく、想像以上の肥後もっこすだわ」

 船を降り、護送車両に揺られながらも、鶴はまだ怒っていた。

 頭から蒸気機関のように湯気が出ていて、隣の八千穂がマンゴーを剥いては、鶴に渡してくれている。

 甘く熟したまま冷蔵していたマンゴーは、趣味で栽培したとは思えぬ程に見事で、オレンジ色の柔らかな果肉が鶴の舌をうならせていた。

「もぐもぐ、このマンゴーがおいしいから我慢するけど、さもなくばたちどころに懲らしめてやるところよ」

「こらしめてどうするんだよ。てか実際、この先どうするかだよな」

 際限なくマンゴーを食べ続ける鶴にツッコミを入れつつ、誠は困って窓の外を眺めた。

 金網付きの窓から覗くと、誠達の乗る護送車両は、市街を南へ向かうようだ。

 街の様子は慌しく、人々は次々に大型バスに乗り込んでいる。

 敵が鹿児島に近付いているため、更に南の緊急シェルターへ移動するのだ、と湯香里が教えてくれる。

 人々の避難を促す若年兵達は、一様に恐怖に怯えた顔をしていた。

 慌てたり、互いに叫んだり……彼らを律する年長の指揮官などは見当たらない。

 湯香里は彼らを労わるように呟いた。

「……みんな頑張ってるけど、経験の浅い子達ばっかりなの。ベテランの人達は、なぜか後方に転属になっちゃったし。どうしていいか分からないんだと思う」

 居並ぶ建物が途切れると、指宿枕崎線いぶすきまくらざきせんの列車が人々を満載し、誠達の車を追い抜いていくのが見えた。

 シェルターへ人々を運ぶため、ぶっ続けのピストン輸送を続けているのだ。

 車輪から火花が舞い上がる度、金切り声のような音が響き渡った。

 まるでこの後に起きる、血と絶望の惨劇を象徴するかのようで、誠は思わず目を背けた。

 誠は弱気を振り払うように、無理やりに言葉を発する。

「……直接言って駄目なら、周りの人を味方につけるしかないか。敵が迫ってるし、どのぐらい時間が許すか分からないけど……」

 そこでコマが誠の肩に飛び乗ってきた。

「黒鷹の言う通り、今は外堀を埋めていこうか。それで間に合わなかったら、最悪は戦いのどさくさで、いきなり味方するしかないよ」

 九州の隊員達も頷いているが、ヘンダーソンは険しい表情で答える。

「確かにミスターコマの言う通りだが……あの軍勢が押し寄せたら、ぶっつけで何とか出来る可能性は低そうだ。可能であれば、もっと早く第5船団との協力体制をとりたいところだな」

「だったらやっぱり、天草司令をストレートに説得したいところデスね」

 キャシーの言葉に、一同は再び悩み始める。

「……良く分からないけど、君達、いろいろ事情がありそうだね」

 そこで兵の一人が、たまりかねて会話に参加してきた。

 車内には他にも数人の護送兵がいたが、皆40~50代ぐらいのおじさんで、見た目からして九州男児。日に焼けてたくましく、情に厚そうな印象であった。

「第5船団から来たって話だけど……あ、うん、マンゴー? ありがとう、いただくけれども。とにかく、そんな真剣にこちらの事を考えてくれてるなんてね」

 八千穂に大量にマンゴーを渡され、おじさんはたじろぎつつもそう言った。

 鶴は彼らをくみやすしと見たのか、馴れ馴れしく声をかける。

「そうなのそうなの、私はこう見えて真面目だから、必死にこの船団のためを思って来たの。そしたらなんと、これこの通り。けんもほろろにこの仕打ちよ。ああ、人の世はかくも無情なり~、ベベン、ベンベン」

 鶴とコマが琵琶をかき鳴らすので、おじさん達は罪悪感に駆られている。

「い、いや実際、君達みたいな若者に戦わせて、申し訳ないと思っているよ」

「世が世なら、楽しい学生生活だろうになあ。俺達大人がふがいないから……ごめんな」

 おじさん達は涙を拭いながら言うが、鶴はその隙に一同に囁いた。

「……みんないい人そうね。とりあえず、ここに居てもしょうがないから抜け出しましょう」

 鶴は虚空から筆と和紙を取り出すと、さらさらと書き置きをしたためた。

「ごめんなさい、悪い事はしませんので失礼します。きっとみんなを守ってみせるわ、と……これでいいわね」

 おじさん達はしきりに語り合いながらハンカチで目を押さえているので、鶴は一同を打ち出の小槌で小さくしていく。

 やがて全員がコマの背に乗ると、鶴はコマに囁いた。

「コマ、外に飛ぶから、降りたらすぐ隠れるのよ」

「分かったよ鶴」

 コマが答えた瞬間、一同は淡い光に包まれ、いきなり車外に転移していた。

 コマは着地すると、急いで走り去っていく。

 数瞬の後、走り去る護送車から悲鳴が聞こえて、車が大きく蛇行した。

「ごめんねおじさん、マンゴーを食べて元気を出すのよ」

 鶴は護送車に手を振るが、コマが走りながら鶴に尋ねた。

「けど鶴、この後どうしようか。周りから攻めるにしろ、直接リベンジするにしろ、何か手がかりが必要だよ。誰に聞けばいいんだろう」

「だったらさっきの物知りなおばさんはどうかしら。確かめぐちゃんね。みんな、めぐちゃんはどこか知らない?」

 鶴の問いに、一同は顔を見合わせた。

「うーん、おばちゃんとはあの後すぐ別れちまったもんなあ。どこの区画に割り振られたかも分からねえし」

 壮太が考え込んでいると、そこで晶が口を開いた。

「まったく、これだから壮太の御守おもりは疲れるんだ」

 壮太はむっとして晶を睨むが、晶は揺れでメガネを激しく上下させながら言った。

「こんな事もあろうかと、予備の端末を宗像さんに渡しておいた。避難区画が決まったら、連絡を貰えるようにな」

 晶の言葉通り、壮太の通信端末画面には、新規のメッセージが表示されていた。

『宗像です。一応避難区の建屋とフロア番号を送っておくから、何かあったらおいで』

 壮太は途端に機嫌を直し、喜びのままに晶に抱きついた。

「やったぜ! さすが晶、佐賀の男は仕事ができるなっ!」

「……まったく、世話がやけるヤツだ」

 晶もまんざらでもなさそうであるが、湯香里がジト目でツッコミを入れる。

「あんた達、友情のシーンを悪いんだけどさ。避難区って、増設しまくりで変わってるでしょ。いくら壮太の地元でも、地図がなきゃ分からないんじゃない?」

 湯香里の言葉に、鶴がぽんと手を打ち鳴らした。

「そうだわ! 地図ならあの、唐津くんで見せてもらいましょう。ねえ黒鷹、あそこまでの道は分かる?」

「ちょっと待てよ。まず港まで戻って、そこから……」

 誠が記憶を搾り出し、コマは市街を駆け抜けていった。
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