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第二章その1 ~九州が大変よ!?~ いよいよ助けに行きます編

火の国のツワモノ達

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「お2人とも、お待ちしておりました。いや、コマくんもおりましたな。ささ、こちらへどうぞ」

 防対センターに到着すると、既に船団長の佐々木が待ち受けていた。

 少し色黒で、ロマンスグレーの髪をきっちりきつけた彼は、誠達を見ると露骨に安堵した表情を浮かべる。

 室内はコンサートホールほどの広さで、無数の機器を前にして、沢山の兵員が忙しく情報解析を行っていた。

 鶴は周囲を見渡して満足げに言った。

「これが大三島の新しい陣ね、なかなか素晴らしいわ。それで佐々木っちゃん、用って何かしら」

「それでは早速、こちらをご覧下さい。九州地方の餓霊軍が急速に南下しておりまして」

 佐々木は正面の巨大モニターを手で示した。

 モニターには九州の航空写真が映されていたが、そのかなりの部分が不気味な雲に覆われている。

 この雲は、餓霊の体から噴き出す微細な帯電粒子が集まったものであり、化け物どもの支配地域を示しているのだ。

 雲は九州の北部から中央の阿蘇山に近い部分が色濃く、旧鹿児島県や宮崎県といった南部が薄い。

「解析によりますと、餓霊の軍勢はここ数日で急激に南下。旧長崎・大分沿岸もほぼ制圧され、宮崎から鹿児島へと迫ろうとしています。通れる道が限られているため、なかなか避難も進まないようで……」

 映像が拡大されると、退避する人々の車列が、絶える事無く流れ続けている。

 そして南下する暗雲は、まるでそれ自体が意思を持つ化け物のように、逃げる人々に迫っているのだ。

「敵の狙いは、まず優先して九州を落とし、手中に収める事でしょう。さすれば我々が本州に進出しても、後ろから挟み撃ちに出来ます。逆にこちらが守りに徹しても、本州・九州の2面から四国を狙われるため、かなり不利になるでしょうな」

「ムム、それはけしからんわね。早速私が行ってくるわ!」

 鶴は駆け出そうとするが、コマが慌てて引き止める。

「待ってよ鶴、違う船団なんだから、勝手に入ったら駄目だよ。まずは佐々木さん達が交渉しなきゃ」

「それでは再度、第6船団に連絡を。増援を申し入れましょう」

 佐々木の指示により、通信兵は急ぎ第6船団へ連絡を試みた。



 第6船団は混乱を極めていた。

 鹿児島港に停泊する旗艦『きりしま』に設置された防衛対策本部には、次々と被害状況が伝わって来ている。

 兵員達は各所との連絡応対に追われていた。

「宮崎第7防衛線、敵先陣に突破されました。封鎖間に合いません」

「餓霊の南下、更に増速。日南海岸付近に多数の避難民が取り残されています」

 対策本部の後方には、体格のいい初老の男性、つまり船団長の島津しまづが座していた。

 今は腕組みして目を閉じる彼は、あたかも威厳ある戦国武将のようだったが、長引く戦いで体調が優れないのか、顔には疲労の色が濃い。

 沈黙を守る島津に代わって、傍らに立つ妙齢の女性が、兵員に力強く指示を与えていた。

「指定した中央部の戦力を東に回して。被災者の保護・誘導が最優先よ!」

 彼女はそう言ってモニターを睨んだ。

 歳は20代の半ばぐらいだろうか。

 きりりとした眉、強い意思を秘めた大きな瞳。

 癖の強い黒髪を長く伸ばし、黒を基調とした制服に身を包んでいる。

 制服は所々に赤いラインが施され、左の胸元に第6船団を示すワッペン……九州と炎を模した意匠が縫い付けてあった。

 彼女は腕組みし、指で腕をトントンと叩いていたが、不意に通信兵が声を上げた。

「あ、天草あまくさ司令、第5船団より入電です。繋ぎますか?」

「第5船団から……!?」

 天草と呼ばれた女性は目を見開いた。

「はい、間違いありません。公式オフィシャル回線ですので……」

「相手は?」

「それが、船団長の佐々木氏です」

「佐々木氏が、直々に……?」

 天草はさすがに迷いの表情を浮かべたが、その時島津が言った。

「……最近何度か話したからな。わしが出よう、繋げ」

 ほど無くしてモニターに、第5船団の船団長たる佐々木氏の顔が映った。

「……佐々木か。このところ、よく顔を見るな」

「確かに……いえ、ゆっくり話をしたい所ですが、今はそれどころではないようで。餓霊の軍勢が急激に南下していると聞きましてな。可能なら増援を送りたいのですが……」

 !!!!!!!!!

 室内の兵に緊張が走った。

 第5船団とは、過去に何度かいざこざがある。

 最近まで第5船団の船団長だった蛭間ひるまは、こちらとの約束を度々破っていたし、その際の武力衝突で、怪我をした兵も少なからずいるのだ。

 そのため血気盛んな第6船団の兵員達には、第5船団との接触を嫌う者も多かったのだ。

「増援だと? それは何度か断ったはずだ、佐々木」

「しかし、今は予断を許さぬ状況かと。これほど大規模な侵攻なら、被災者の誘導だけでも手一杯のはず。これ以上被害が出るより、一時的でも共闘した方がいいのでは?」

「確かにそうだが……」

 島津は少し迷っているようだったが、その時天草は強烈な頭痛を感じた。

「…………っっっ!!!」

 天草は頭を押さえる。

 動悸が急に激しくなり、過去の光景が脳裏に思い起こされていく。

 目の前にそそり立つ壁は硬く高く、何度嘆願しても開く事は無かった。

 その光景は天草に、執拗に同じ言葉を伝え続ける。

『信じれば裏切られる。甘い決断をするな……!』

『お前はあの男とは違うのだ……!』

 天草は自らの髪を掴むと、引き千切らんばかりに力を込めた。顔を上げると、激しい口調で言葉を発する。

「待って下さい船団長! 第5船団はこちらを何度も騙しています! 決して信用に値しません!」

 その場にいた兵員達も、天草に同意するように頷いた。

「確かに今は、藁をも掴みたい状況です。しかし、そうした状況に付け込む輩がいるのも定石。今船団内に入り込まれれば、こちらも対処出来ません……!」

 要人同士の会話に口を出すべきでないのは、天草も分かっている。

 しかしなぜか言葉はどんどん溢れ出て来る。

 止まらない。止められない。

 マグマのような激情が、後から後から湧き上がって来るのだ。

「……そうだな、お前の思う通りだ」

 島津も頷くと、再び画面の佐々木に語りかけた。

「聞いたか佐々木。非常時だろうと何だろうと、他の船団の助けは借りん。我々には我々の誇りがあるのだ」

 島津はそう言って画面を操作し、強引に佐々木との通信を切った。

 無理やりに笑みを浮かべ、島津は力強く言い放つ。

「皆、苦しい中よく頑張ってくれている。結果がどうあろうと、この戦いの全ての責任はワシにあるのだ。だから思い切り、やれるだけの事をやってくれ……!」

 島津の言葉に、兵員達は口々に答えた。

 いかに苦しい状況であろうと、疑わしき相手の手は借りない。最後まで誇りを持って戦い抜く。

 それがこの第6船団……火の国九州に生を受けた、つわもの達の矜持きょうじなのだ。



 同じ頃。

 薄暗い室内に、一人の男が佇んでいた。

 歳は20代の後半ぐらいだろうか。

 ゆるやかなウェーブを描く金の髪。やや垂れ気味の目とニヤついた口元。

 派手な紫のスーツと、光沢のあるレップネクタイに身を包み、ポケットには楕円オーバルフレームの伊達眼鏡だ。ウイングチップの革靴は、爪先に炎を模した点描式穴飾りメダリオンが施されている。

 小物や時計もいちいち自己主張が激しく、持ち主の派手好き具合を如実に表わしていた。

 男は窓辺にもたれかかり、ブラインドを指で押し下げた。

 見下ろす通りに人影は無く、潮気を帯びた寒風が、積もった火山灰を巻き上げていく。

 どうやら既に避難の完了している放棄区画のようだ。

 遠くに緑の桜島と、山頂から立ち昇る噴煙が見える。

「第5船団からの提案は、予定通り突き放したみたいっすよ?」

 男が手にした端末に語りかけると、相手の低い声が漏れ聞こえてくる。

「……分かったほむら。じきに目的は達せられる。お前の働きは、私から御前様に伝えておこう」

「いや、そりゃー助かりますわ。マジで感謝しますって」

 若い男は、大げさな身振りでそう答えた。
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