上 下
10 / 90
~プロローグ~ 動き出す闇の一族

闇を統べる者達

しおりを挟む
「姫さん、ほんとに大丈夫か?」

 先に立って進みながら、剛角は後ろを振り返った。

 遅れて歩く刹鬼姫は、まだ表情が優れないものの、気丈にこちらの問いに答える。

「……大した事ないね。口惜しいが、あたしじゃ完全な殲滅呪詛が作れなかった。本当に完成してれば、どうやったって助かるもんじゃないのさ」

「だから、そんな術使わんといてくれ姫さん。そんな思いつめんでも、次はわしがどかんと活躍してやるからのお」

「あんたのそういう所も悩みの種なんだよっ」

 刹鬼姫はいつもの調子でツッコミを入れた。どうやら本当に回復してきているようだ。



 2人が進むのは、やたらと広い石畳の参道である。

 辺りは薄暗く、立ち並ぶ石燈籠の灯りだけが頼りである。

 瓦葺きの随身門ずいしんもんに差しかかると、屋根の鬼板おにいたまたがっていた小柄な鬼……つまり紫蓮が、身軽にこちらに飛び降りて来た。

 念のため先に進んで、襲撃者の有無を確かめていたのだ。

「よお紫蓮、誰かおったか?」

 剛角が尋ねると、紫蓮は首を振って答えた。

「いいや、今日はふっかけて来る馬鹿もおらん。さっさと謁見えっけんの間に行っとるんじゃろ」

 随身門を抜け、石造りの鳥居を幾つも潜ると、巨大な木造建築に辿り着いた。人間どもの神社そっくりの拝殿である。

 中には既に様々な外見の一族が集まっていたが、何人かが振り返り、あざ笑うような表情を浮かべた。明らかに鬼の失敗を喜んでいるのである。

「……くそっ、気が重いのお」

 剛角が呟くと、刹鬼姫が小声でいさめた。

「……我慢しな剛角、責めを負うのはあたしだ。あんたらは黙っといで」

 鬼達は草履を脱いで拝殿に上がると、板間にどっかと腰を降ろした。

 拝殿の最深部、一段高い高座こうざには、古式のすだれである御簾みすが垂らされている。

 御簾の奥には灯りが点され、そこに座す存在達を照らし出していた。

 それぞれ大きさは人間大であるものの、その身は妖しく立ち昇る邪気に包まれている。

 彼らは足つきのお盆、つまり懸盤かけばんから杯を持ち上げ、何度も酒を口に運んだ。

「……夜祖大神やそのおおかみ様。一同、参上つかまつりました」

 頃合を見計らって、黒い衣服を着た青年がそう言った。

 名は笹鐘ささがねといい、つい先日まで、餓霊軍四国統括守護代・爪繰つまぐりの右腕だった男だ。

 刹鬼姫は神妙な面持ちで頭を下げ、侘びの言葉を発した。

「此度の失態、全て私の未熟が故でございます。偉大なる黒の御方おんかたの栄誉を傷つけました事、深くお詫び申し上げます」

 剛角や紫蓮も刹鬼姫に倣い、素直に手をついて頭を下げる。

「ケケ、元々鬼には無理なんじゃねえの?」

 刹鬼姫の右隣にいた、虎柄の衣裳を着た男がそう言った。

 やや小柄だが、髪は獣の毛のように逆立ち、顔は派手な戦化粧いくさげしょうで彩られている。

「ノロマなてめえらじゃ駄目だ、俺が代わりにやってやろうか?」

 剛角はさすがに頭にきて、思わずその場に立ち上がった。

「んだとコラ、もっぺん言ってみろや! 皮ひっぺがして腰巻きにしてやるよ!」

「よっしゃ剛角、わしも乗るぞ!」

 紫蓮も身を乗り出したが、次の瞬間、拝殿全体を揺るがすような振動が起こった。

「……控えろ剛角。わしに恥をかかせるな……!」

 御簾みすの奥に座す角の生えた人影が、低く唸るような声でそう言ったのだ。

 鬼達は弾けるように飛びすさると、深々と頭を下げた。

 刹鬼姫が一同を代表して言葉を発する。

「も、申し訳ございません。双角天そうかくてん様の仰せのままに……!」

 角の生えた人影は、隣に座す相手にも声をかけた。

無明むみょう、貴様も何か言え」

「…………虎丸とらまる、荒事は控えよ」

 双角天の隣にいた長髪の人物がそう言うと、毛皮姿の男も姿勢を正した。

「し、失礼いたしましたっ! 無明権現むみょうごんげん様のお心のままに!」

 御簾の中にはもう2人、別の人影も見てとれた。

 一人は髪の長い和装の女性で、扇で口元を隠している。

 もう一人は直衣のうし姿に烏帽子を被り、いかにも平安貴族のような装いをした青年だった。

 青年はその場を取り仕切る役目らしく、一同を代表して言葉をかける。

「案ずるな、刹鬼姫よ。相手は神人……道和多志みちわたし大鏡おおかがみをはじめ、幾多の神器を有する敵の最高戦力である。故に処罰は考えておらぬ」

「ははっ、夜祖大神やそのおおかみ様の寛大なるお心遣い、我ら一同感謝いたします!」

 刹鬼姫はこれ幸いと答え、再度深々と頭を下げた。

 剛角と紫蓮もそれに続くが、剛角は頭を下げつつ、虎丸と呼ばれた男にあかんべをした。

「くっ、てめえ……!」

 虎丸は顔をゆがめていたが、夜祖大神は言葉を続ける。

「……鬼神族の苦戦の通り、現状で四国を……伊予之二名島いよのふたなのしまを攻めるは至難であろう。当面はここを攻めず、力を西に傾ける事とする」

 夜祖の言葉と共に、虚空に日本地図が映し出される。地図はどんどん拡大され、九州地方が大映しになった。

 九州各地の人間側や餓霊の戦力状況が表示されるが、特に阿蘇山のある辺りに、巨大な赤い円が輝いている。

「阿蘇は日の本でも屈指の龍穴。ここが完全開放されれば、我が軍勢は日の本全土を埋め尽くすだろう。さすれば勝利は時間の問題」

 そこで扇子を持った女が、待ち切れぬように言を発した。

「ふふ、既に手はずは万全じゃ。わらわの可愛い子供達が、懐かしき故郷さとを取り戻してくれようぞ」

「はい、勿論でございます」

 女の言葉に、今まで黙っていた別の男が頭を下げた。

「手はずは九分九厘終わっております。熊襲御前くまそごぜん様の御名みなに恥じぬよう、迅速に鎮西ちんぜいを収めてごらんに入れましょう」

 だがそこで、先程の毛皮を着た男が食い下がった。

「し、しかし、鬼どもは失敗したんですぜ。何かしらのけじめは必要かと」

「てめえ……あいてっ!?」

 剛角は思わず声を上げ、刹鬼姫にゲンコツをくらった。

 やがて角の生えた人影が口を開いた。

「……確かに我ら一族にも責めは必要だろう。剛角、紫蓮、貴様らはしばし鎮西で下働きをせよ」

「なっ……!」

 剛角達は目を丸くし、刹鬼姫は遠慮がちに声を上げた。

「お、お言葉ですが双角天様、これらに責はありませぬ。罰を負うなら私めが……」

 角の生えた人物は、そこで刹鬼姫の言葉を遮った。

「刹鬼よ、お前は呪詛で身を焼いた。しばし動くな、我が命じる」

「……か、かしこまりましたっ……!」

 そうまで言われれば、刹鬼姫も引き下がるしかない。

 夜祖と呼ばれた人影は、そこで一同を見渡して告げた。

「敵の神人は厄介であるが、策が無いわけではない。間もなく肥河ひのかわの奴も動けるようになろう」

 夜祖の言葉と共に、拝殿に大きな衝撃が走った。

 凄まじい轟音が響き、彼方に見える山あいに、巨大な龍のような影がのたうったのだ。

 通常の餓霊を遥かに越えるその巨体は、大口を開けて轟くような声で吠えた。

 すると見る間に黒雲が押し寄せ、激しい雨が拝殿の屋根を打ち付ける。

 夜祖は満足げに続けた。

「……人間どもが勝利に浮かれている間に、鎮西を攻め落とせ。全ては黒の御方おんかた様と、正しきこの世の秩序がためだ……!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない

めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」 村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。 戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。 穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。 夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

皇帝の寵妃は謎解きよりも料理がしたい〜小料理屋を営んでいたら妃に命じられて溺愛されています〜

空岡
キャラ文芸
後宮×契約結婚×溺愛×料理×ミステリー 町の外れには、絶品のカリーを出す小料理屋がある。 小料理屋を営む月花は、世界各国を回って料理を学び、さらに絶対味覚がある。しかも、月花の味覚は無味無臭の毒すらわかるという特別なものだった。 月花はひょんなことから皇帝に出会い、それを理由に美人の位をさずけられる。 後宮にあがった月花だが、 「なに、そう構えるな。形だけの皇后だ。ソナタが毒の謎を解いた暁には、廃妃にして、そっと逃がす」 皇帝はどうやら、皇帝の生誕の宴で起きた、毒の事件を月花に解き明かして欲しいらしく―― 飾りの妃からやがて皇后へ。しかし、飾りのはずが、どうも皇帝は月花を溺愛しているようで――? これは、月花と皇帝の、食をめぐる謎解きの物語だ。

処理中です...