新説・鶴姫伝! 日いづる国の守り神 PART2 ~鎮西のジャンヌダルク~

朝倉矢太郎(BELL☆PLANET)

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~プロローグ~ 動き出す闇の一族

鬼姫は豆の島を狙う

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 夜よりも深い闇の中、青い炎が揺らめいていた。場所は旧岡山県……海にほど近い高台である。

 炎は八角の懸燈籠かけとうろうに収められていたが、燈籠それは虚空に高く浮かんで、どこにも支えが見当たらない。

 燈籠の下には、寺などで祈祷に使う護摩壇ごまだんが据えられ、四方を囲むように石造りの鳥居があった。

 やがて護摩壇の前に、一人の女が進み出た。

 歳は20代の半ば程だろうか。

 一見して中身が分かる勝気な風貌。極彩色の着物と動きやすいはかま。その上から虎の毛皮を羽織り、腰には巨大な太刀を挿していた。

 全身から溢れる力感は猛獣のようで、波打つ赤い長髪からは、二本の角が頭上の天をえていた。

 背後には同じような角を持つ無数の鬼が控えていたが、皆が頭を垂れ、女への敬意を示しているのだ。

 彼女はついと右手を掲げ、人差し指と中指を伸ばした刀印とういんを形作る。それからもう片方の手で、護摩壇に何か投げ入れた。

 投げ込まれたのは護摩木ごまぎであり、それが壇に触れるや否や、護摩壇を青い炎が包み込むのだ。

 女は低く唸るような声で唱える。

「偉大なる祖霊神おやがみよ、真なる始祖しその導きよ。我が祈りをもちて怨みの綱を手繰り寄せ、深淵より黄泉の御霊みたまを引き上げ給え……!」

 その言葉と同時に、周囲の地面が音を立ててひび割れた。地の底から何かが掻き毟るように、無数の爪跡が走ったのだ。

 やがて護摩壇の向こうに、光の円が現れた。円は次第に大きくなり……そこから巨大な怪物が……いわゆる『餓霊がりょう』が湧き上がってきたのだ。

 血走った目を見開き、飢えと渇望のままに牙を剥く彼らは、魔界の怨霊が肉の体を得て、この世に這い出たものである。

「……こんなところか。小型の龍穴りゅうけつにしては上出来だな」

 女は牙を剥き出して笑みを浮かべると、振り返って言い放つ。

「これより戦にかかる。皆の者、心構えは良いか!」

 応、と唸るように鬼達が応えた。

「待ちくたびれたってもんよ、姫さん! ようやく暴れられるな!」

 一際巨体でがっちりした鬼が、嬉しそうにそう答えた。短髪は荒々しく絡み合い、いかにも血気盛んな顔立ちである。

「全く、剛角ごうかくは気ばかりはやる。そんなんじゃから毎度ポカするんじゃ」

 大柄な鬼の隣にいた、わらべのような鬼が嗜めた。

 つややかな黒髪を長く伸ばし、一見して人畜無害な幼子であるが、手には大人数人がかりでも動かせぬような、巨大な斧を持っているのだ。

 彼?は大柄な剛角を横目で眺め、からかうように声をかける。

「こりゃあ、手柄はわしが一番かの?」

「なんだと紫蓮しれん、聞き捨てならんわ!」

 剛角がむきになって身を起こすと、やや年配の鬼が一喝した。

「控えろ剛角、刹鬼せっき姫様のお言葉が最中である!」

「……だってよお……」

 剛角は仕方なく押し黙り、隣の紫蓮は笑いをかみ殺している。

 刹鬼姫と呼ばれた女は、気を取り直して語りかけた。

「知っての通りだ。現在、伊予之二名島いよのふたなのしま……つまり四国は、人間どもに奪われている。時が経てばあちらの備えも整うだろうが、今は色々と手一杯のはず。よって奴らの布陣が完成する前に攻め立てる。狙いはあの小豆島しょうどしまだ」

 刹鬼姫の言葉と共に光が閃き、瀬戸内東部の……小豆島付近の地図が、地面にくっきりと映し出された。

「姫さんよ、何でそこなんじゃ?」

 剛角は頭をかきながら尋ねた。

「まどろっこしい、一気に四国攻めすりゃええんじゃないか?」

「決まっておろう。彼奴きゃつ等の海上路を封鎖するためよ」

 刹鬼姫は淡々と答える。

「小豆島は、餓霊を生み出す地脈の穴……龍穴りゅうけつの候補地であり、海の気が入らぬ大きさもある。ここに餓霊を常駐させ、砲撃陣地を築けば、瀬戸の東側は我等の勢力下となる」

「なるほどのお、いわゆる鬼ヶ島にするちゅうわけか」

 剛角は腕組みして頷いたが、後ろにいたまだ歳若い鬼が後を続けた。

「……しかし姫様、向こうにはあの神人しんじんがいるんでしょう。そううまく事が運びますかね」

「問題ない。西瀬戸で引っ切りなしに挑発し、奴らの注意を引き付けてある。その上でこの小豆島攻めよ。これだけ離れれば、さすがに感じ取れんだろう」

 鬼姫は地図上の各地点を太刀の鞘で指しながら語った。

「わらわとて、いきなり四国に足がかりを築けると思っておらん。しかし闇の御方おんかたの復活までそう時間がない。ならばその間に出来る最大限の手柄がこれだ。あの島は元々単なる避難区であり、守りはまだ手薄のはず。気付かれぬよう上陸すれば、必ず勝てる!」

 刹鬼姫がそこまで言うと、剛角と紫蓮が言い争いを始めた。

「おうとも、先陣はぜひわしにやらせてくれ!」

「いやわしじゃ! 剛角では取り逃がすわ」

「何だとてめえ!」

 もめる2人の鬼達に、刹鬼姫はたまらず怒鳴りつけた。

「ええ加減にせんかこの馬鹿どもっ! お前らはすぐ目的を忘れるからな。砲兵を率いて、渡りの部隊を守っていろ!」

「げえ~、なんじゃい、つまらんのお」

「そうじゃそうじゃ」

「つまるつまらんの問題かっ!」

 刹鬼姫は2人に拳骨げんこつを放った。2人は悶絶し、頭を押さえてうずくまっている。

「これは遊びではないっ、鬼神族の面子の戦だ! 土蜘蛛つちぐもどもが失敗した今、我が一族が手柄を立てる絶好の機会。成功すれば、後の領地分割も有利になるし、双角天そうかくてん様もお喜びになられるのだ!」

 刹鬼姫はそこで太刀の鞘を地に突き立てた。並々ならぬ剛力で大地が揺らぎ、巨岩が落ちたような地響きが起こった。

 彼女は牙の生えた口を開き、高らかに言い放つ。

「さあ野郎ども、戦の時間だ! わずかな勝利に浮かれ、油断した人間どもを蹴散らすのだ!」

「おうよ!」

 鬼達は轟くような声で答えた。


 やがて鬼達の足元から、巨大な何かが競りあがってくる。

 一見して餓霊と同程度の大きさだったが、均整の取れた体躯はより力強さを感じさせた。まるで命ある巨大な鎧のようだ。

「行くぞっ!」

 言葉とともに刹鬼姫が光に包まれ、鎧の中に吸い込まれていく。残りの鬼達も、それぞれ鎧に乗り込んでいくのだ。

「良し、先遣隊、渡れ!」

 刹鬼姫の号令を受け、船のような形をした巨体の餓霊が、多数の足を踏みしめながら波打ち際へと進んだ。背に他の餓霊や鬼達の鎧を乗せると、波を蹴立てて海を渡るのだ。



 しばし後、陸で待つ刹鬼姫の眼前に、渡航する部下の顔が映し出された。

「……刹鬼姫様。今の所、島からの動きはありません。完全に油断しているようです」

 刹鬼姫の周囲は、畳2畳ほどの広さの空洞であり、壁は青紫の肉に覆われていた。

 刹鬼姫は牙を剥き出し、満足げに笑みを浮かべる。

「良し、そのまま一気に押し渡り、浜を確保して陣を築け」

「了解しました」

 刹鬼姫は手早く次の指示を出した。

「モタモタしてたらこの機を逃すぞ! 第2軍、一気に押し渡れ!」

 すぐに先ほどより多数の餓霊が海に乗り出していく。

 先に上陸する面々は、浜辺で警戒しながら橋頭堡きょうとうほを確保、後続の到着を待つ手はずだ。

 陸から見送る紫蓮の鎧が、巨大な斧を担いだまま呟いた。

「うーむ、これは案外簡単に行きそうじゃの、剛角」

「なんじゃいつまらん、暴れられんのか。人間ども、はよ気付けばええのにのぉ」

 剛角も不満げに答えるので、刹鬼姫はたまらず怒鳴った。

「お前ら、どっちの味方なんだいっ!」

 だが、その時である。突如先遣隊からの通信に、激しい音が入り乱れたのだ。

「何だ、一体どうなっている!?」

 刹鬼姫の問いに、歳若い鬼が必死に答えた。

「それが、なんとご説明すればいいか……あの神人が我らの隣に!」

「神人が!? くそったれ、誰かやられたのかい!?」

 刹鬼姫は部下を気遣ったが、そこで通信は途切れた。

 しばらく後、今度は別の部下の顔が映し出される。彼は混乱した様子でこちらに叫んだ。

「ひ、姫様、敵の待ち伏せで、しょうゆが!」

「しょ、しょうゆ???」

 刹鬼姫は一瞬意味が理解出来なかったが、通信は次々入れ替わっていく。

 部下達は口々に惨状を訴え、しょうゆが、いやそうめんが、などと叫んでいた。

「畜生、一体何が起こってるんだい! さっぱり勝手が分からないね」

 刹鬼姫は歯噛みして苛立ちを示すが、剛角と紫蓮は、ここぞとばかりに訴えかけた。

「姫さん、わしらも行った方がええんじゃないか?」

「そうじゃそうじゃ!」

「お前らは戦いたいだけだろうがっ!」

 怒鳴る刹鬼姫だったが、そこで最初の部下が画面に映る。

 部下は目を丸くして慌てていた。

「ひ、姫様すみません、退却して、そちらに、うわあああっ!!!」

「こっちに? うわっ、何だいあれは!?」

 刹鬼姫は海に目をやり、そこで言葉を失った。
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