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7. 憧れの王子との冒険
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今日は殿下からお呼び出しがあって、王城に来ていた。
護衛は休みでいつもなら訓練をしているところだけれど、殿下との約束の方が優先に決まっている。
レオポルド殿下とお嬢様にも、きちんと許可をいただいたので何も問題はない。
木に咲いていた花も散り始め、白い花びらがひらひらと空中に舞っている。
あそこにもスカートのフリルをひらひらさせて、集まる花たちが。
「どうしていつものようにおっしゃってくださらないのですか!!」
甲高い声で抗議するご令嬢を前に、バートランド殿下は苦笑いを零した。
周りのご令嬢も戸惑いながら、叫んだご令嬢を止めている。
「どうしてお心変わりされたのか存じませんが、いつもの褒めてくださるバートランド殿下が好きでした」
ハンカチを握りしめ、涙ながらに訴える内容はひどく自分勝手だ。
なんて勝手なことを……。
まるでバートランド殿下が褒めてくれて当然みたいな言い方じゃないか。
捨て台詞を吐いて逃げるように去るご令嬢を追うように、他のご令嬢たちも消えていった。
こちらに気づいた殿下は、待っていたと言わんばかりの笑顔で手を振った。
全く気にしていない様子の殿下に、私は憤慨した。
「さっきのご令嬢はなんですか! 酷すぎます! まるで褒めてもらえるから殿下の所に来るみたいではありませんか! 殿下のことは少しも考えておられない」
ふんっと鼻息荒く言い切った。
あんまり腹が立ったもんだから、息継ぎもせず殿下に思いの丈をぶちまけた。
しかし殿下は少しも悪くない上に、被害者である。
……しまった。
殿下に怒ってどうするんだ、私。
せっかく笑顔を向けてくれた殿下に、失礼もいいところだ。
これじゃあさっきのご令嬢といい勝負かもしれない。
しかし殿下はやっぱり怒るどころか、嬉しそうに笑っていた。
「クルトはオレのために怒ってもくれるのか」
殿下の嬉しそうに下がる目尻に、かあっと顔の熱が上がる。
なんだか自分が癇癪を起こしている子どもみたいに思えた。
「殿下が怒らないからです……」
ブスッと頬を膨らませて俯いた。
きっと今の私はブサイクに違いない。
「殿下は宜しいんですか?」
「何がだ?」
「さっきみたいなの、言われて……」
傷つくのは殿下ばかり……。
お嬢様だって、さっきのご令嬢たちだって、殿下を癒やしてはくれない。
殿下は皆に優しくしているのに、そんなのあんまりだ……。
「ああ、いいんだ。だってクルトがオレに付き合ってくれるんだろ?」
殿下はニッとイタズラっぽく笑った。
その笑い方に少しの違和感も覚えないわけじゃない。
けれど他の誰よりも私がいいと言ってくれた気がした。
胸が嬉しさでいっぱいになったせいで、少しの違和感なんてすぐに忘れた。
*****
鬱蒼と木が生い茂る森の前に、私たちはいた。
深い木々は日光を遮り、薄暗い森の中には怪しい影がいくつも蠢いていた。
「ここは……クレヴィスの森、ですね」
危険な獣だっているこの森に、一体何の用が……。
「討伐に来たことはあるか?」
「はい。護衛騎士になる前に……ってそうではありません! 冒険って本当に大冒険じゃないですか! 二人でクレヴィスの森なんて危険です! もっと護衛を……」
「大丈夫だ。今は獣も少ない時期だし、以前にも一人できたことがある」
「ひ、ひとりで!?!?」
私のひっくり返った声に、驚いた鳥たちが一斉に飛び立つ。
「昔この国の騎士団で手合わせをしたことがあってな。オレが王子だからか、騎士たちは明らかに手を抜いていた」
昔を思い出して殿下は苦笑いを浮かべる。
「ワザと負けたりするんだ。オレはそれが許せなくて、強くなろうとここに来た。護衛や侍従の目を掻い潜ってな」
はは、と殿下は笑って言うけれど、やりきれない思いがあったに違いない。
私が初めて殿下を見た時も、そんな風に剣を振るっていた。
とても悔しそうな顔で、一心不乱に。
「だからクルトが、全力でオレの相手をしてくれた時は嬉しかった」
この間の手合わせの時、私は全力で殿下と戦った。
あれは私が殿下より弱いから出せた力。
私が全力を出しても、殿下には傷一つ付けることはできない。
それほどまでに殿下はお強い。
……いや、こうして貪欲に強さを追い求めたからこそなんだろう。
殿下が少しでも満足していただけたなら、よかった。
殿下の嬉しそうな顔が伝染して、思わず顔を綻ばせていると、徐に殿下は私の手を握った。
ドキッと胸を高鳴らせた私を他所に、森の方に引っ張られる。
「それじゃあ行くぞ!」
「殿下! せめてもっと装備を!」
私の叫びは虚しく二人で森に入った途端、頭に角があるリスに襲われた。
あれに頭突きされたら、ただでは済まない。
しかも動きが素早い。
……素早いが、私ならなんとか捉えられる!
私は剣を抜き、向かってくるリスの軌道を読んで、一閃で仕留めた。
「やるな」
殿下に褒められて嬉しくなり、私は殿下の前に出る。
難なくリスを倒した私たちは、更に森の奥深くに入っていった。
最初こそ殿下に怪我をさせるわけにはいかないと、気を張っていたがすぐに杞憂だと分かる。
私が追い込んで殿下が仕留めると、少しも危うげなく獣たちを討伐できたからだ。
もう何匹倒したかも忘れて、楽しくなってきたところだ。
でもこれ以上深く入ったら流石に危険だ。
「殿下、もうかなり深くまで来ましたし、そろそろ帰りましょう」
「そうだな」
殿下の返事を他所に、私はピタリと動きを止めた。
すぐそこにある恐ろしい気配をピリピリと感じ、大好きな殿下の声も耳に入らない。
木々の間から私たちの2倍はありそうな青い巨体が見えた。
巨体が一歩進んで見えたその指には、私の指ほどもありそうな鋭い爪。
胸には月のような白い模様。
氷柱のような睫毛に、あたりを凍てつかせるような目。
口からはみ出して涎を伝わせている長い牙。
氷爪熊だ!
まだ冬眠している筈の時期なのに!
剣を持つ手が震える。
殿下が何か叫んでいる。
でもこんなの絶対に敵わない。
「殿下、お逃げくださいッ!」
氷爪熊は足も早い。逃げ切れるか?
私が囮になれば、殿下だけは――。
――ボキンッ!
氷爪熊しか見えていなかった私の視界に、一瞬赤い髪が割り込んだ。
気づくと殿下の背中しか見えなくなっていた。
「クルト! 逃げるぞ!」
我に帰った私は、すぐに殿下の声に従い走り出す。
殿下の後ろに付き従いながら、ひどい焦りが湧き上がってくる。
「殿下! 今の音は何ですか! お怪我を!?」
「大丈夫。これだ」
振り返ってみせた殿下の手には、折れた剣が握られていた。
ホッと胸を撫で下ろす。
すると殿下はそれを後ろに向かって投げた。
まだ追ってきている様子の氷爪熊は、殿下が投げた剣を軽々と薙ぎ飛ばす。
一瞬足が止まった隙をついて、私は木魔法を使って熊の足を蔓で絡めた。
氷爪熊はガクッと足を止めたが、すぐに爪で蔓を切り裂き、また追ってくる。
しかし氷爪熊が目を離した隙に、私は殿下を連れて木の影に隠れた。
キョロキョロと辺りを見回す氷爪熊に、私たちは息を殺してじっと通り過ぎるのを待つ。
殿下は丸腰だ。熊がこっちに来たら、私が殿下をお守りしなければ。
手の汗を拭き、私は剣の柄に手をかけた。
すると殿下が肩をちょんちょんと小突いてきた。
「お前の木魔法で、これくらいの丈夫な花は出せるか?」
(今ですか!?!?)
小声で聞いてくる殿下に、私は叫び出したい衝動を必死で堪えた。
でも殿下のことだ。何かお考えがあるのだろう。
「できます。花びらだと薄いので、大きいウツボカズラを半分に切るのはいかがですか?」
「それでいい。これを使う」
殿下の手には黒い粉が入った袋があった。
火薬だ。
「…………」
何をやろうとしているのかは分からない。
けれど爆発に耐えうるウツボカズラを、出さなくてはいけないことだけは分かった。
その間にもザクッザクッと落ち葉を踏む音が近づいてくる。
まだ氷爪熊が私たちを探している。
でもきっとウツボカズラを出したら、気付かれる。
ゴクリと唾を飲み込み、合図を出す。
「出します」
出来るだけ葉を凝縮させるように分厚いウツボカズラを出して、剣でスパッと切る。
それを殿下に言われるまま、斜めに蔓で固定した。
ザッザッと走るような音が近づいてくる。
もう時間がない。
殿下は袋の半分もの火薬をウツボカズラの中に投げ入れた。
多すぎませんか!? と思ったが、今はそれどころではない。
腰に下げていた盾をウツボカズラに斜めにかけて、殿下は私を抱き抱えた。
えっ!と心臓が飛び跳ねた時には、殿下が小さな火魔法をポイッと投げていた。
次の瞬間、スッポーーーーーンッとものすごい変な音が轟く。
私と私を抱えた殿下は、爆発の勢いで飛び上がり、生い茂る木の枝に突進した。
バキバキボキッ!
枝が殿下の腕や顔を傷付ける。
私にも枝は当たったが、殿下が守ってくれたから、ほとんど傷は付かなかった。
降りる時は私の木魔法で木々を避けて、地面まで着地した。
「ははは! うまくいったな」
走りながら殿下は楽しそうに笑っていた。
最悪の場合、死ぬかもしれない危機に見舞われたというのに。
「笑い事ではありません! お怪我が! それに殿下にもしものことがあれば」
「かすり傷だ。すぐ治る」
言いたいことはたくさんあった。
しかし今までで一番楽しそうな顔で笑う殿下に、もう言葉が出てこなかった。
「ご令嬢たちといるより、お前といる方が楽しいんだ。また付き合ってくれるか?」
ずるいです。
そんなことを言われては、何も言えないではないですか。
「危ないことはなさらないのであれば」
これ以上ないほど嬉しい気持ちを、眉間に皺を寄せて誤魔化した。
護衛は休みでいつもなら訓練をしているところだけれど、殿下との約束の方が優先に決まっている。
レオポルド殿下とお嬢様にも、きちんと許可をいただいたので何も問題はない。
木に咲いていた花も散り始め、白い花びらがひらひらと空中に舞っている。
あそこにもスカートのフリルをひらひらさせて、集まる花たちが。
「どうしていつものようにおっしゃってくださらないのですか!!」
甲高い声で抗議するご令嬢を前に、バートランド殿下は苦笑いを零した。
周りのご令嬢も戸惑いながら、叫んだご令嬢を止めている。
「どうしてお心変わりされたのか存じませんが、いつもの褒めてくださるバートランド殿下が好きでした」
ハンカチを握りしめ、涙ながらに訴える内容はひどく自分勝手だ。
なんて勝手なことを……。
まるでバートランド殿下が褒めてくれて当然みたいな言い方じゃないか。
捨て台詞を吐いて逃げるように去るご令嬢を追うように、他のご令嬢たちも消えていった。
こちらに気づいた殿下は、待っていたと言わんばかりの笑顔で手を振った。
全く気にしていない様子の殿下に、私は憤慨した。
「さっきのご令嬢はなんですか! 酷すぎます! まるで褒めてもらえるから殿下の所に来るみたいではありませんか! 殿下のことは少しも考えておられない」
ふんっと鼻息荒く言い切った。
あんまり腹が立ったもんだから、息継ぎもせず殿下に思いの丈をぶちまけた。
しかし殿下は少しも悪くない上に、被害者である。
……しまった。
殿下に怒ってどうするんだ、私。
せっかく笑顔を向けてくれた殿下に、失礼もいいところだ。
これじゃあさっきのご令嬢といい勝負かもしれない。
しかし殿下はやっぱり怒るどころか、嬉しそうに笑っていた。
「クルトはオレのために怒ってもくれるのか」
殿下の嬉しそうに下がる目尻に、かあっと顔の熱が上がる。
なんだか自分が癇癪を起こしている子どもみたいに思えた。
「殿下が怒らないからです……」
ブスッと頬を膨らませて俯いた。
きっと今の私はブサイクに違いない。
「殿下は宜しいんですか?」
「何がだ?」
「さっきみたいなの、言われて……」
傷つくのは殿下ばかり……。
お嬢様だって、さっきのご令嬢たちだって、殿下を癒やしてはくれない。
殿下は皆に優しくしているのに、そんなのあんまりだ……。
「ああ、いいんだ。だってクルトがオレに付き合ってくれるんだろ?」
殿下はニッとイタズラっぽく笑った。
その笑い方に少しの違和感も覚えないわけじゃない。
けれど他の誰よりも私がいいと言ってくれた気がした。
胸が嬉しさでいっぱいになったせいで、少しの違和感なんてすぐに忘れた。
*****
鬱蒼と木が生い茂る森の前に、私たちはいた。
深い木々は日光を遮り、薄暗い森の中には怪しい影がいくつも蠢いていた。
「ここは……クレヴィスの森、ですね」
危険な獣だっているこの森に、一体何の用が……。
「討伐に来たことはあるか?」
「はい。護衛騎士になる前に……ってそうではありません! 冒険って本当に大冒険じゃないですか! 二人でクレヴィスの森なんて危険です! もっと護衛を……」
「大丈夫だ。今は獣も少ない時期だし、以前にも一人できたことがある」
「ひ、ひとりで!?!?」
私のひっくり返った声に、驚いた鳥たちが一斉に飛び立つ。
「昔この国の騎士団で手合わせをしたことがあってな。オレが王子だからか、騎士たちは明らかに手を抜いていた」
昔を思い出して殿下は苦笑いを浮かべる。
「ワザと負けたりするんだ。オレはそれが許せなくて、強くなろうとここに来た。護衛や侍従の目を掻い潜ってな」
はは、と殿下は笑って言うけれど、やりきれない思いがあったに違いない。
私が初めて殿下を見た時も、そんな風に剣を振るっていた。
とても悔しそうな顔で、一心不乱に。
「だからクルトが、全力でオレの相手をしてくれた時は嬉しかった」
この間の手合わせの時、私は全力で殿下と戦った。
あれは私が殿下より弱いから出せた力。
私が全力を出しても、殿下には傷一つ付けることはできない。
それほどまでに殿下はお強い。
……いや、こうして貪欲に強さを追い求めたからこそなんだろう。
殿下が少しでも満足していただけたなら、よかった。
殿下の嬉しそうな顔が伝染して、思わず顔を綻ばせていると、徐に殿下は私の手を握った。
ドキッと胸を高鳴らせた私を他所に、森の方に引っ張られる。
「それじゃあ行くぞ!」
「殿下! せめてもっと装備を!」
私の叫びは虚しく二人で森に入った途端、頭に角があるリスに襲われた。
あれに頭突きされたら、ただでは済まない。
しかも動きが素早い。
……素早いが、私ならなんとか捉えられる!
私は剣を抜き、向かってくるリスの軌道を読んで、一閃で仕留めた。
「やるな」
殿下に褒められて嬉しくなり、私は殿下の前に出る。
難なくリスを倒した私たちは、更に森の奥深くに入っていった。
最初こそ殿下に怪我をさせるわけにはいかないと、気を張っていたがすぐに杞憂だと分かる。
私が追い込んで殿下が仕留めると、少しも危うげなく獣たちを討伐できたからだ。
もう何匹倒したかも忘れて、楽しくなってきたところだ。
でもこれ以上深く入ったら流石に危険だ。
「殿下、もうかなり深くまで来ましたし、そろそろ帰りましょう」
「そうだな」
殿下の返事を他所に、私はピタリと動きを止めた。
すぐそこにある恐ろしい気配をピリピリと感じ、大好きな殿下の声も耳に入らない。
木々の間から私たちの2倍はありそうな青い巨体が見えた。
巨体が一歩進んで見えたその指には、私の指ほどもありそうな鋭い爪。
胸には月のような白い模様。
氷柱のような睫毛に、あたりを凍てつかせるような目。
口からはみ出して涎を伝わせている長い牙。
氷爪熊だ!
まだ冬眠している筈の時期なのに!
剣を持つ手が震える。
殿下が何か叫んでいる。
でもこんなの絶対に敵わない。
「殿下、お逃げくださいッ!」
氷爪熊は足も早い。逃げ切れるか?
私が囮になれば、殿下だけは――。
――ボキンッ!
氷爪熊しか見えていなかった私の視界に、一瞬赤い髪が割り込んだ。
気づくと殿下の背中しか見えなくなっていた。
「クルト! 逃げるぞ!」
我に帰った私は、すぐに殿下の声に従い走り出す。
殿下の後ろに付き従いながら、ひどい焦りが湧き上がってくる。
「殿下! 今の音は何ですか! お怪我を!?」
「大丈夫。これだ」
振り返ってみせた殿下の手には、折れた剣が握られていた。
ホッと胸を撫で下ろす。
すると殿下はそれを後ろに向かって投げた。
まだ追ってきている様子の氷爪熊は、殿下が投げた剣を軽々と薙ぎ飛ばす。
一瞬足が止まった隙をついて、私は木魔法を使って熊の足を蔓で絡めた。
氷爪熊はガクッと足を止めたが、すぐに爪で蔓を切り裂き、また追ってくる。
しかし氷爪熊が目を離した隙に、私は殿下を連れて木の影に隠れた。
キョロキョロと辺りを見回す氷爪熊に、私たちは息を殺してじっと通り過ぎるのを待つ。
殿下は丸腰だ。熊がこっちに来たら、私が殿下をお守りしなければ。
手の汗を拭き、私は剣の柄に手をかけた。
すると殿下が肩をちょんちょんと小突いてきた。
「お前の木魔法で、これくらいの丈夫な花は出せるか?」
(今ですか!?!?)
小声で聞いてくる殿下に、私は叫び出したい衝動を必死で堪えた。
でも殿下のことだ。何かお考えがあるのだろう。
「できます。花びらだと薄いので、大きいウツボカズラを半分に切るのはいかがですか?」
「それでいい。これを使う」
殿下の手には黒い粉が入った袋があった。
火薬だ。
「…………」
何をやろうとしているのかは分からない。
けれど爆発に耐えうるウツボカズラを、出さなくてはいけないことだけは分かった。
その間にもザクッザクッと落ち葉を踏む音が近づいてくる。
まだ氷爪熊が私たちを探している。
でもきっとウツボカズラを出したら、気付かれる。
ゴクリと唾を飲み込み、合図を出す。
「出します」
出来るだけ葉を凝縮させるように分厚いウツボカズラを出して、剣でスパッと切る。
それを殿下に言われるまま、斜めに蔓で固定した。
ザッザッと走るような音が近づいてくる。
もう時間がない。
殿下は袋の半分もの火薬をウツボカズラの中に投げ入れた。
多すぎませんか!? と思ったが、今はそれどころではない。
腰に下げていた盾をウツボカズラに斜めにかけて、殿下は私を抱き抱えた。
えっ!と心臓が飛び跳ねた時には、殿下が小さな火魔法をポイッと投げていた。
次の瞬間、スッポーーーーーンッとものすごい変な音が轟く。
私と私を抱えた殿下は、爆発の勢いで飛び上がり、生い茂る木の枝に突進した。
バキバキボキッ!
枝が殿下の腕や顔を傷付ける。
私にも枝は当たったが、殿下が守ってくれたから、ほとんど傷は付かなかった。
降りる時は私の木魔法で木々を避けて、地面まで着地した。
「ははは! うまくいったな」
走りながら殿下は楽しそうに笑っていた。
最悪の場合、死ぬかもしれない危機に見舞われたというのに。
「笑い事ではありません! お怪我が! それに殿下にもしものことがあれば」
「かすり傷だ。すぐ治る」
言いたいことはたくさんあった。
しかし今までで一番楽しそうな顔で笑う殿下に、もう言葉が出てこなかった。
「ご令嬢たちといるより、お前といる方が楽しいんだ。また付き合ってくれるか?」
ずるいです。
そんなことを言われては、何も言えないではないですか。
「危ないことはなさらないのであれば」
これ以上ないほど嬉しい気持ちを、眉間に皺を寄せて誤魔化した。
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