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第二章
27. 心配事
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検査が終わり、温室見学をしていた面々はそれぞれ自宅に帰ることとなった。
さっき毒を吸ったグリーゼルを心配して、レオポルドは城門まで付き添っていた。
「侯爵邸まで送るよ」
「いいえ、大丈夫ですわ。解毒もしていただきましたし、レオポルド様のお手を煩わせるわけには……」
「僕が心配なんだ。どうか家まで送らせてほしい」
グリーゼルにとっては、王子であるレオポルドに送ってもらうなどとても恐れ多い。
しかしグリーゼルの手を握り、覗き込むように懇願してくるレオポルドを、グリーゼルが拒めるはずもない。
結局二人で馬車に揺られ、ツッカーベルク侯爵邸まで送ってもらうことになった。
グリーゼルは馬車の中で、さっきのことを思い出していた。
(毒の霧の発生源は確かにアコーニタムの花からだったわ。目の前で見たのだから間違いない。あの花はバートランド殿下が陛下に献上した品だと言っていた。であれば真っ先に疑われるのはバートランド殿下だ)
「……バートランド殿下のことが心配ですわ」
バートランド殿下はアコーニタムに詳しい様子だった。興味がなければあのように説明はできないだろう。その花から毒なんて出たのだから、気に病まないはずはない。
「それは僕も考えてたんだ。……だからちょっと疑いを晴らしに行ってくるよ」
(疑いを晴らしに……? 毒の霧が誰かの策略であれば、それを追っていけば今度はレオポルド様が狙われるのでは……?)
「……それは……あまりに危険すぎます!」
「このままではバートは疑いをかけられたままだし、最悪の場合隣国との衝突もあり得る。その前に手を打たないと」
国家間の問題となれば、グリーゼルにはもう口出し出来ない。そうでなくても王子であるレオポルドを止めることなどできるわけがない。
何もできないことが悔しくて、ギュッと唇を噛み締める。
「それよりも僕はグリーゼルが心配だ」
「わたくしが……?」
なぜ……? と首を傾げる。
「不安にさせたいわけじゃないんだけど、さっきのこと……グリーゼルが狙われた可能性がある。だからしばらく護衛を増やさせてもらうよ」
レオポルドは本当のことは伏せていたが、嘘を言っているわけでもない。なんの手続きもなしにすぐ護衛を増やすには、うってつけの理由だった。
「それは……レオポルド様が狙われた可能性もあるのでは……? わたくしよりレオポルド様の方が万が一にも何かあってはいけないお方です!」
王位継承権を取り戻した第一王子だなんて、今まで政治的に王太子であるエルガー殿下に取り入ってきた人に取っては面白いはずがない。警戒して当然だろう。
グリーゼルの不安そうに揺れる瞳を勇気付けるようにレオポルドは笑って胸に手を当てる。
「僕は大丈夫だよ。強いからね」
戦闘訓練を受けたことがないグリーゼルでも、溢れるほどの魔力を持つレオポルドが弱くはないだろうな、とは分かっていた。ただ不意打ちや罠などに遭えばどうなるか分からない。
「……それになんか嫌な予感がするんだ。僕がいない間、できるだけ屋敷から出ないでくれないかい?」
私を狙うメリットはほとんどないように思える、とグリーゼルは考えていた。侯爵令嬢といえど社交会からはほぼ追放されたようなものだし、しばらく辺境伯領にいたので他の貴族との交流も今はほとんどない。
「はい。でもわたくしよりも、レオポルド様の方が何倍も危険ですわ。ご無理はなさらないでくださいね」
「うん」
*****
王城に戻ってきたレオポルドはバートランドが泊まっている部屋まで来ていた。
部屋の前には護衛という名の監視が、扉の横を固めている。
彼らに挨拶してノックをして部屋に入ると、バートランドは一人用のソファに腰掛けていた。両肘を膝につき、顔を覆ったバートランドには……いつもの明るい笑顔はない。
これまでバートランドが築き上げてきたこの国での信頼、両国の関係が、今崩れ去ろうとしていた。
見たことない顔を見せるバートランドに、かける言葉が見つからない。
「いつもの元気はどうしたんだい?」とか「そんな顔するなよ」とか、言葉はいろいろ頭を過るがどれもかけるべき言葉には思えなかった。
ただ彼が座るソファに側に寄り、顔が見えないように隣りにしゃがみこむ。
「僕がマクスタットまで行ってくるよ」
バッと顔を上げたバートランドは、初めてレオポルドが呪いをバートランドに発動させたあの時のような顔をしていた。
「レオポルド……オレには国王陛下への敵意はない」
「うん、知ってる」
「だが今のオレにはそれを証明するすべがない。剣も取られ、監視付きの身でここから出ることさえ……」
「うん」
「力を貸してくれ……」
レオポルドは顔をあげ、バートランドの顔を見ないまま力強く頷いた。
「ああ! きっと君の無実を証明してみせる!」
ーー今度は僕が君を助ける番だ。
さっき毒を吸ったグリーゼルを心配して、レオポルドは城門まで付き添っていた。
「侯爵邸まで送るよ」
「いいえ、大丈夫ですわ。解毒もしていただきましたし、レオポルド様のお手を煩わせるわけには……」
「僕が心配なんだ。どうか家まで送らせてほしい」
グリーゼルにとっては、王子であるレオポルドに送ってもらうなどとても恐れ多い。
しかしグリーゼルの手を握り、覗き込むように懇願してくるレオポルドを、グリーゼルが拒めるはずもない。
結局二人で馬車に揺られ、ツッカーベルク侯爵邸まで送ってもらうことになった。
グリーゼルは馬車の中で、さっきのことを思い出していた。
(毒の霧の発生源は確かにアコーニタムの花からだったわ。目の前で見たのだから間違いない。あの花はバートランド殿下が陛下に献上した品だと言っていた。であれば真っ先に疑われるのはバートランド殿下だ)
「……バートランド殿下のことが心配ですわ」
バートランド殿下はアコーニタムに詳しい様子だった。興味がなければあのように説明はできないだろう。その花から毒なんて出たのだから、気に病まないはずはない。
「それは僕も考えてたんだ。……だからちょっと疑いを晴らしに行ってくるよ」
(疑いを晴らしに……? 毒の霧が誰かの策略であれば、それを追っていけば今度はレオポルド様が狙われるのでは……?)
「……それは……あまりに危険すぎます!」
「このままではバートは疑いをかけられたままだし、最悪の場合隣国との衝突もあり得る。その前に手を打たないと」
国家間の問題となれば、グリーゼルにはもう口出し出来ない。そうでなくても王子であるレオポルドを止めることなどできるわけがない。
何もできないことが悔しくて、ギュッと唇を噛み締める。
「それよりも僕はグリーゼルが心配だ」
「わたくしが……?」
なぜ……? と首を傾げる。
「不安にさせたいわけじゃないんだけど、さっきのこと……グリーゼルが狙われた可能性がある。だからしばらく護衛を増やさせてもらうよ」
レオポルドは本当のことは伏せていたが、嘘を言っているわけでもない。なんの手続きもなしにすぐ護衛を増やすには、うってつけの理由だった。
「それは……レオポルド様が狙われた可能性もあるのでは……? わたくしよりレオポルド様の方が万が一にも何かあってはいけないお方です!」
王位継承権を取り戻した第一王子だなんて、今まで政治的に王太子であるエルガー殿下に取り入ってきた人に取っては面白いはずがない。警戒して当然だろう。
グリーゼルの不安そうに揺れる瞳を勇気付けるようにレオポルドは笑って胸に手を当てる。
「僕は大丈夫だよ。強いからね」
戦闘訓練を受けたことがないグリーゼルでも、溢れるほどの魔力を持つレオポルドが弱くはないだろうな、とは分かっていた。ただ不意打ちや罠などに遭えばどうなるか分からない。
「……それになんか嫌な予感がするんだ。僕がいない間、できるだけ屋敷から出ないでくれないかい?」
私を狙うメリットはほとんどないように思える、とグリーゼルは考えていた。侯爵令嬢といえど社交会からはほぼ追放されたようなものだし、しばらく辺境伯領にいたので他の貴族との交流も今はほとんどない。
「はい。でもわたくしよりも、レオポルド様の方が何倍も危険ですわ。ご無理はなさらないでくださいね」
「うん」
*****
王城に戻ってきたレオポルドはバートランドが泊まっている部屋まで来ていた。
部屋の前には護衛という名の監視が、扉の横を固めている。
彼らに挨拶してノックをして部屋に入ると、バートランドは一人用のソファに腰掛けていた。両肘を膝につき、顔を覆ったバートランドには……いつもの明るい笑顔はない。
これまでバートランドが築き上げてきたこの国での信頼、両国の関係が、今崩れ去ろうとしていた。
見たことない顔を見せるバートランドに、かける言葉が見つからない。
「いつもの元気はどうしたんだい?」とか「そんな顔するなよ」とか、言葉はいろいろ頭を過るがどれもかけるべき言葉には思えなかった。
ただ彼が座るソファに側に寄り、顔が見えないように隣りにしゃがみこむ。
「僕がマクスタットまで行ってくるよ」
バッと顔を上げたバートランドは、初めてレオポルドが呪いをバートランドに発動させたあの時のような顔をしていた。
「レオポルド……オレには国王陛下への敵意はない」
「うん、知ってる」
「だが今のオレにはそれを証明するすべがない。剣も取られ、監視付きの身でここから出ることさえ……」
「うん」
「力を貸してくれ……」
レオポルドは顔をあげ、バートランドの顔を見ないまま力強く頷いた。
「ああ! きっと君の無実を証明してみせる!」
ーー今度は僕が君を助ける番だ。
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