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第一章

12.5. 触れてはいけない距離

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 朝、僕は彼女に専属侍女になるようにお願いしていた。
 昨日は大事を取ってそのまま休んでもらったし、もう1日くらい休んでもらいたかったけど、「働きに来て寝ているだけなんてできません。」と自ら侍女のお仕着せを着て僕のところまで来てしまった。
 僕の女神にはもう少し自分を大事にしてほしい。
 しかも防御魔法をかけたからって、僕にぐいぐい近づいてくる……!

 僕の魔力は貴族の中でもかなり多い。
 風属性以外の魔力だって、それぞれ単体で攻撃魔法が使えるくらいあるというのに、風属性の魔力に関してはその比じゃない。
 魔力が暴走したように出た風魔法を見て、ついに暴走したかと思ってしまったほどだ。
 貴族はこの国を守るのが義務だから、貴族の子息は幼い頃から魔法での戦闘の訓練をする。
 僕も例外でなく、小さな頃からこの風魔法を使って攻撃魔法の訓練をしていた。
 攻撃に特化した火属性の魔法にだって負けないくらい、強い攻撃魔法を使えていた。
 それが呪いで暴走したんだ。ちょっと訓練した程度の防御魔法では太刀打ちできないことは分かっていた。

 それなのに……昨日誓ったばっかりだったというのに、また彼女を傷つけてしまった。
 いくら傷を治したって、傷つけてしまった事実は変わらない。
 また残る傷痕をつけてしまうなんて……。
 やはり僕の側には近寄るべきじゃない。

「私よりもレオポルド様の方が痛そうな顔をなさっておいでだからですわ。」

 ……僕が痛い……?痛いのは君の方だろう。
 それを見て僕は痛そうだと思っても、変わってあげることすらできない。
 それなのに怯えることもなく、また僕に触れ、優しい言葉をくれるのか。

 もう僕に近づくな……と言っても、きっと彼女はまた近づくだろう。
 その度にまた傷を作って……。
 ……それでいいのか?
 …………このまま嘆いているだけでは守れない。
 今度こそなんとしても彼女を守らないと。
 幸いヒント……というより答えはもう貰った。
 今すぐにでも防御魔法を習得して、彼女を僕の魔力から守ってみせる!

 この城の図書室の蔵書は全て把握している。
 今まであんまり土魔法は使っていなかったから、全ては読んでいなかったが、片っ端から読み漁り土魔法の全てを頭にたたき込んだ。
 僕の一番強い風の攻撃魔法を防ぐくらいだ、ただ防御魔法を貼る程度では足りない。
 普通の防御魔法を更に強化するくらいじゃないと。

 防御魔法を腕に貼って、自身で風の攻撃魔法を出して試す。
 腕が多少傷付いたって気にしない。彼女にはそれ以上の傷を負わせてしまったんだから。
 この腕が取れたって彼女を守れるなら構わない。

 やっと僕の攻撃魔法でも傷つかない程度の防御魔法が貼れるようになった。
 でもまだ足りない。僕の最大魔法も防げるくらい強い防御魔法でないと……。
 と思っていたら、もう1時間が経っていたらしい。
 グリーゼル嬢が来てくれていた。
 僕の防御魔法を見て、驚いてくれた。
 ……嬉しい。
 彼女の防御魔法と合わせれば、昨日の風魔法だってきっと防げるだろう。
 これで彼女に触れることができる。

 これ以上続けては今度こそ自らの意思で作り出した風魔法で彼女を傷つけてしまうので、魔法の練習は終わりにして彼女が用意してくれた遅めの朝食をいただくことにした。
 領主としての仕事もある。……忘れていたが、トールキンに怒られることも覚悟しなければ。

*****


 彼女に触れたいとは思ったが、さすがにこれは近すぎじゃないだろうか。まだ心の準備ができていない。
 呪いの呪文を調べるには、呪文に触れてみないと詳しい形や場所が分からないらしい。
 なので平静を装って、それじゃあ触れて確かめてみる?となんとか言ってのけた。
 それなのに目の前のグリーゼル嬢の顔がみるみる赤くなっていく。
 ……触れるってどこに……と思ったけど、すぐに頭の片隅に押し込んだ。
 ここで動揺してはいけない。

 それでも僕のことを意識してくれているんなら、悪い気はしない。
 確かに婚約者でもない男女があんまり近づくのも醜聞が悪いけど、ここには僕たち以外誰もいないし、何よりこれは解呪のためであって、やましいことをしようとしてるわけじゃない。
 解呪のためだと言い聞かせ、もう一度促してみた。

 今度は触れてくれるようだ……と思ったけど、ちょっと思ってたのと違った。
 背中に触れるのにあんなに顔を赤くしてたんだろうか?
 程なくして背中に暖かい手が触れた感触がした。

 グリーゼル嬢に触れられたところが熱い。
 全神経がそこに集中しているような気さえする。
 僕の心臓の音が聞こえてしまいそうだ。

「レオポルド様、確かに呪術の魔力を感じますが、おそらく心臓付近にかけられています。……その……」

 心臓と言われた瞬間、ドクンッと痛いほど心臓が脈打つのを感じた。

「……その、胸を触っても宜しいですか?」

 その後グリーゼル嬢は予想通りのことを言ってきた。
 またドクンッと心臓に痛みが走る。
 平静……平静だ。ここで心を乱してはいけない。
 ふーと静かに息を吹き出し、心を落ち着けクルッとグリーゼル嬢の方を向いた。

「どうぞ。」

 煮るなり焼くなりしてください、と心の中で唱える。
 ちゃんと平気なように笑えただろうか……。

 胸に手を当ててきたグリーゼル嬢は、背中に触れられるよりも断然近く、なんだかいい匂いがする。
 耳鳴りのような自分の心臓の音を聞きながら、それでも心地よいとさえ思えた。
 僕の緊張に気づかれたのか、グリーゼル嬢がチラッと見上げてきた顔は上目遣いで……可愛い。

 ……可愛い。
 …………抱きしめたい。

 そう思うのは当然な気がした。
 このまま抱きしめたい……といつの間にか伸ばしていた手にギョッとして、その場で止めた。

 ……今、何をしようとしてたんだ。
 グリーゼル嬢は解呪のために調べてくれているだけで、僕の婚約者でも何でもない。
 何より呪い持ちの僕が彼女を抱きしめていい筈がない。
 彼女だって嫌だろう。

 そう思ったら、思いの外平静を取り戻せた。
 時間を伸ばすことができないことを言われても、今までと同じだ、とそこまで落胆はしなかった。
 それより僕のために心を砕いてくれるグリーゼル嬢を、側で見ている方がよっぽど幸せだ。
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