上 下
9 / 74
第一章

8.5.縋ってはいけない希望

しおりを挟む
 別に誰にも触れられなくてもいいって思っていた。
 呪いが発動した直後だけ、呪いが発動しないのは分かってたけど、誰かを傷つけてまで触れようなんて思わない。

 いつも城の執務室で一人で過ごす日々に、飽きてはいたけどどうということはない。
 トールキンは部屋の入り口の方で、幼い頃からそうしてくれたように話しかけてくれるけど、近づくことが自分も僕も傷つけるって分かってるからそれ以上は絶対に近づかない。
 それがトールキンの優しさだし、心地よくも感じてた。
 でも幼い頃撫でてくれたあの手に触れられないのが、寂しくないわけじゃない。
 それでも僕は貴族だし、恵まれてる方だって思ってた。
 今日来るって聞いてた新しい使用人も、今までと同じだと……。

「レオポルド様、貴方は呪われているのですか!?」

 どうしようもなく胸がざわついた。
 見た瞬間分かった。解呪を調べてたあの女性だ。
 また会えた!という喜びはすぐさま後悔に変わった。
 どうやってまだ発動してない呪いに気づいたのか知らないけど、僕の呪いを責めてるんだと思った。
 解呪を調べてたんだ、呪われた誰かがいたんだろう。
 呪いを嫌ってる筈だ。
 呪われてる男のところでなんて、働きたくないだろう。

 いつもより激しく揺さぶられた感情に合わせて、いつもより激しい風が出た。
 そして傷つけて……罪悪感に押し潰れそうだった。
 痛かったろう。怖かったろう。
 働きにきて1日目でこれなんて、あんまりだ。
 こんな若くて美しい女性の身体に大きな傷をつけてしまうなんて。
 命の危険だってあった。なんとか命は取り留めたけど……。
 僕はなんて酷いことしてしまったんだ……!!

 近づいてきた時、風魔法で押し返せばよかったんだ。
 冷静に対処すればできた筈だ。
 どんな状況であろうと、感情を乱してはいけないと教わった筈なのに、僕には全くできない。出来損ないだ。

「申し訳ありません!主人のベッドで寝るなど、使用人としてあるまじき…」

 目を覚ましたのに、彼女にはあのいつもの恐れるような目も、責めるような目も向けられなかった。
 それどころか、会ってすぐ攻撃された相手にまだ礼儀を気にしてる。
 ……いや、怖がってるのか?
 ベッドの下に落ちて、動けないようだったので、またベッドに戻してあげた。
 また呪いが発動しないか結構怖かったけど、まださっきの呪いから数分しか経ってないし、以前も出なかったから大丈夫だろうと手を貸した。何より床に手をついたままにしておくのも憚られた。

「いいえ、そもそも近づいてはいけないと言われていたのに、近づいてしまった私が悪いのです。それに私は元より誰かに嫁ぐことは難しいので、大丈夫ですわ。」

 言っている意味が分からなかった。
 僕は自分で言うのもあれだけど、それなりに優秀な方だという自覚はある。
 教師の言うこともすんなり理解できたし、今までこれほど何を言ってるのか理解できなかったことなんてない。

 言いつけを守らなかったからって、命に関わる傷を負わされていい筈がない。
 普通はせいぜい叱られて終わりだ。
 それなのに僕を全く責める素振りすらない。
 それどころかまだ自分を責めるのか。
 それに嫁げない……とはどういうことだ?
 あとでトールキンに調べてもらおう。

 見たところ、年齢は充分若いし、こんな美しい女性なら社交会では引く手あまたではないのか。
 しかもツッカーベルクと名乗っていなかったか?
 ツッカーベルクと言えばこの国でも有数の名門貴族、侯爵家で陛下の信頼も厚いと聞く。
 そんな大貴族のご令嬢に傷をつけただなんて、目眩がしそうだ。
 普通に考えて傷害罪で、厳罰に処されるだろう。
 目の前の彼女が訴えれば……。

「どうかわたくしに貴方にかけられた呪術を調べさせていただけないでしょうか。」

 手が震えた。声も出ない。
 これほど望んだことがあっただろうか。
 しかしそれではまた彼女を傷つけてしまう……!!
 今日ほどこの呪いを恨めしいと思ったことはない。
 もう僕は誰も傷つけたくはないのに!

 希望に縋るよりも、恐怖が勝った。
 今度こそ死なせてしまうぞと誰かが囁いた気がした。
 それでも彼女は怯むこともなく、僕に手を差し伸べた。

 ……美しい。

 見目だけでなく、そう思った。
 まだ希望を持ってもいいのだろうか。
 この罪深い僕が希望に縋ることを許してくれるだろうか。
 いや目の前の女神が許してくれるのなら、僕は何をしてでも彼女を守ろう。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「これは私ですが、そちらは私ではありません」

イチイ アキラ
恋愛
試験結果が貼り出された朝。 その掲示を見に来ていたマリアは、王子のハロルドに指をつきつけられ、告げられた。 「婚約破棄だ!」 と。 その理由は、マリアが試験に不正をしているからだという。 マリアの返事は…。 前世がある意味とんでもないひとりの女性のお話。

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

待ち遠しかった卒業パーティー

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢アンネットは、暴力を振るう父、母亡き後に父の後妻になった継母からの虐め、嘘をついてアンネットの婚約者である第四王子シューベルを誘惑した異母姉を卒業パーティーを利用して断罪する予定だった。 しかし、その前にアンネットはシューベルから婚約破棄を言い渡された。 それによってシューベルも一緒にパーティーで断罪されるというお話です。

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

彼女はいなかった。

豆狸
恋愛
「……興奮した辺境伯令嬢が勝手に落ちたのだ。あの場所に彼女はいなかった」

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

悪役令嬢はお断りです

あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。 この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。 その小説は王子と侍女との切ない恋物語。 そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。 侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。 このまま進めば断罪コースは確定。 寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。 何とかしないと。 でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。 そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。 剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が 女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。 そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。 ●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ●毎日21時更新(サクサク進みます) ●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)  (第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。

処理中です...