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第一章

2. 絶望の淵で見つめる先

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 普段地下にあるこの部屋には誰も近づかない。
 それもそうでしょう。
 常に薄暗く、怪しい呪術の装飾が並ぶ部屋は、侍女たちにとっては不気味そうで、近寄りたがらなかった。
 
 それでも夕食の準備をする時間になっても姿を現さなかったからか、侍女たちはおそるおそる呼びに来た。

 煤汚すすよごれ倒れている侯爵令嬢なんて、世界広しといえど、この私一人しかいないのではないかしら。
 それからは屋敷中大慌てで、煤汚れた髪と服を綺麗にしてもらい、ベッドで絶対安静を言い渡された。
 お父様には「侯爵令嬢としてあるまじき姿だ」とお叱りを受けたし、お母様にもとても心配された。

 地下の呪い部屋は1ヶ月立ち入り禁止にされたが、私の闇魔法の才能を誇らしく思っているお父様からそれ以上の罰はなかった。

 ちょうどよかったのかもしれない。
 私には冷静になる時間が必要だった。
 それまで愛してもらえると信じて疑わなかったエルガー殿下が好きなのは、ナーシャ嬢だという事実を知ってしまった。更にそれだけでは収まらず、婚約破棄され死罪まで言い渡される未来を知ってしまったのだから。

 目が覚めたら忘れていれば、どんなによかっただろう。
 思い出したゲームの記憶は今も鮮明に頭に残っている。

 婚約破棄から断罪される光景が脳裏に焼き付いて、何度も頭の中で再生しては、首を振ってかき消す。

 倒れる前、私はナーシャ嬢に呪いをかけていた。
 ナーシャ嬢からエルガー殿下に嫌われるような行動をする呪いを。

 ただ記憶の中で見た光景では、この後ナーシャ嬢はエルガー殿下に嫌われることはない。
 ナーシャ嬢はエルガー殿下に素っ気なくする程度。むしろエルガー殿下がナーシャ嬢への気持ちに気付いて、絆が深まる。
 しかもそこでナーシャ嬢の以前とは違う態度を不審に思ったエルガー殿下は、呪いの存在に気付いてしまう。

 記憶の中の私はそれでもまだナーシャ嬢を呪うことを止めない。そして最後にナーシャ嬢がもがき苦しんで死ぬ呪いをかけたところで、呪いを跳ね返され首に呪いの反動の痕が残ってしまう。

 エルガー殿下は呪った犯人が私だと分かり、貴族が集まるパーティーで婚約を破棄する。
 そして首にある呪いの痕を証拠に私は死罪が決まる。

 相手を殺してしまうほどの呪い……。
 私ならやりかねないかもしれない……。

 事実それほどまでにエルガー殿下に執着していた。
 つい数時間前も本当にナーシャ嬢に嫌われる呪いをかけたところだったわ。
 完全にナーシャ嬢への憎悪に支配されていた。
 あのまま行けば、人を殺していた……と想像しただけで身が竦んだ。

 しかももう呪いは何回かかけてしまっていた。
 このまま行けば間違いなく死罪になるだろう。
 半ば自暴自棄にさえなっていたが、絶対安静を言い渡され、ベッドで寝ているだけなので時間はたっぷりある。
 私はぼーっとする頭で、これからあの結末を回避するために何ができるのか考え始めていた。

「今ならまだ呪いを解くことはできるかしら……?」

 呪いの解呪は難しいと聞いていたが、幸いにも呪術の仕組みは完璧にマスターしてる。
 死罪までもう一年もない。
 それでも今ならまだ解呪すれば、少しはマシな結果になるんじゃないかしら。
 少しでも希望を見出したかった、というのが正直なところかもしれない。
 それでも何かに打ち込めば、気が紛れる気がした。
 そうと決まれば明日は王立図書館で解呪について調べようと決意して、そっと目を閉じた。
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