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第一章
12の騎士
しおりを挟む結局、デティがファニスのもとを訪れたのは、それから四日後、事件から七日が経った日の夜だった。
「……全く、おぬしは、いくらなんでも、やり過ぎじゃ」
「だって、それしか思い付かなかったんですもの。でも、あの式のおかげで、街の妖魔は消えたし、街の人にもほとんど気付かれなかったし、よかったじゃないですか」
聖十二騎士の制服を着たデティが、前に座るファニスに言う。ここは、あの廃墟の教会だった。
「で、ファニス様。約束通り、フェネックのこと、話していただけますよね?」
デティの問いに、ファニスは観念したように息を吐いた。
「誤魔化しても、無駄じゃろ。……奴は、少しの間、わしと一緒におった。奴は、まだ、子供で両親はいなかった。狐どもは、混血の奴を見捨てた。竜姫様も、人界にそういった者が野放しにされていることを憂えた。だから、わしに託され、わしは奴に力を御することを教えた。名が無くてな。フェネックとは、わしが、そのとき付けたのじゃ」
ファニスがデティを伺うが、デティは目だけで先を促す。
「奴は、教えたことは、すぐに覚えた。だが、少し優秀すぎたのじゃ。数か月後には、自ら姿を消した。その後のことは、わしも知らん」
「……」
デティは、何も言わない。嘘じゃなかったんだ。と考えただけだ。
「……フェネック、どこにいるのかな」
ぽつり、とデティは呟いた。ファニスは、静かに言った。
「奴は、どこかにいるだろう。失敗した以上は、九尾のところへは帰れんだろうが、奴ならどこでもやっていけるじゃろ。案外、近くにいるのかもしれんがな」
「そうだね」
あのフェネックのことだ、案外、ひょっこり顔を出しそうな気がした。
------
妖魔は消えた。フェネックが、男爵に力を与えたために妖魔が現れていたのだから、消えて当然だった。それは、良いことだ。ただ――。
「役目が終わった、ってことなのよね」
デティは小さく呟いた。学院の授業が終わって、解放に騒めく周りに、小さな呟きは吸い込まれて消えていった。
思わずつぶやいてしまうほど、なんだか寂しかった。元々、表立っての騎士ではなかったのだが、彼らとの繋がりが消えてしまったように思えてしまう。
「……はぁ」
「デティ、溜め息一つで幸せが飛んでいくわよ」
前の授業の先生へ質問に行っていたリザが、そんなことを言いながらデティの傍にやって来た。なんだか不思議な言葉で慰めてくれるリザには申し訳ないが、どうしても溜め息が漏れてしまうのだ。
「もしかして、恋人でもできた?」
「……どういう理屈よ?」
問い返すデティに、リザは笑い返す。
「恋人に会えなくて、溜め息を吐く乙女。なんだか、絵になりそうじゃない」
「あのねぇ……。そんなこと言いに来たの?」
「いいえ、これはついでよ。デティを呼びに来たの。先生から、呼び出しよ。お客様ですって」
「お客様……?」
不思議に思いながらも言われたとおり行くと、廊下に先生が立っていた。先生は、デティについて来るようにとだけ言い、歩き出した。テラスの長い廊下を通り、裏門の見える廊下に出て、その先にある客間へ。
デティは既視感を覚えた。
「ここでお待ちです。失礼のないように。分かりましたね」
「はい」
先生を見送り、デティは扉に向き直る。貴賓室の重そうな扉。それを見て、デティはふと思い出し、苦笑した。
これは、あの時のようだ。
デティは、息を吐いてから、丁寧にノックする。
「デティ・ブルーフィスでございます」
中からは、返事がない。デティは、もう一度、ノックした。すると、中から入室を促す小さな声が掛かる。本当に、この前と同じだ。
ならば、とデティは何食わぬ顔で考える。
「失礼致します」
そう言って静かに入室し、後ろでに扉を閉め、扉に背中をつけた。
「ルシス、いるんでしょう?」
「……デティ」
デティの問いに答えて、声が返って来る。しかし、意外なところからだった。
「……どいて。入れないよ」
その声は、扉の外、廊下から聞こえた。
デティは、笑って扉から離れる。すると、その扉を開けてルシスが、入ってきた。
「……分かってたの?」
その表情は、悔しそうだ。それを見て、デティは嬉しそうに笑う。
「私が、二度も同じ手に掛ると思った?」
一度目は引っ掛かったが、こんな簡単ないたずらなら、少し考えれば分かる。しかも、ルシスが優秀な術者だと知っていれば尚更だ。
仕掛けは簡単。ルシスは初めからこの部屋にはいなかったのだ。中で声がしたのはルシスが術で中に声を送ったから。初めから中に術を展開しておけば、術を使っても気付かれないし、廊下にいれば、デティが開けておいた扉から入って後ろを取るのは簡単だ。つまり、入ったデティが扉から離れなければ、ルシスは扉を開けられない。つまり、部屋へ入って来れないというわけだ。
説明するデティに、ルシスは、拗ねたように言った。
「デティの意地悪。分かっていたなら言ってよ」
そして、ルシスはどさっとソファーに座る。デティもその向かい側に座った。
「で、今度は何の用? 私の役目は終わったのでしょう?」
デティが聖十二騎士である必要は無いはずだ、とデティは言外に含める。その言葉に、ルシスは眉を寄せた。
「それ、本気で言っているの?」
「え?」
「デティの役目は、終わってないよ。フェネックだって捕まって無い。それに僕たちには、まだデティの力が必要なんだよ」
「……」
「ラウルが、呼んでる。僕はただの使いだよ」
「……ラウルが?」
不思議そうに問い返すデティに、ルシスは、頷く。
「外で馬車が待ってる。一緒に行こう」
「……わかったわ」
ルシスに連れられて裏口から学院を出ると、そこに用意されていたアルア家の馬車に乗り込む。
館に着くと、居間にはラウル、ヴィスコンティ、そしてギアツが待っていた。そこにルシスとデティが混ざって席に着く。見計らって、ラウルが切り出した。
「デティ、突然呼び付けてごめん。家にいるときだと、クラストがいるかもしれないから、ルシスに連れてきてもらったんだ」
「そうね。兄様は何も言わないけど。……それで、用事は?」
単刀直入に訊くデティに、ラウルは苦笑する。
「君を呼んだのは、君に訊きたいことがあったからなんだが」
「何?」
「君は、これからも、十二の騎士をやってくれるか?」
ラウルは、そう言って、デティを窺う。デティは、戸惑うように視線を逸らす。
「……別に、やめろと言われれば、やめるわ。この事件の根本的な原因は私なのだし」
「いや、誰もそんな事思っていないよ」
「でも、フェネックは、私の力を手に入れるために、男爵に力を渡したの」
「それは、君のせいじゃないだろ」
「いいえ。力が暴走したのは、私が油断していたからだわ」
フェネックという存在を知りながら相談もせず野放しにしていたのはデティだ。そして、まんまとフェネックの罠にかかり、結果、力を暴走させた。
責任は完全に自分にあると、デティは思う。
「それでも、君は誰にも被害を出さなかっただろ」
「いいえ、みんなに迷惑をかけた。ラウルたちを危険に晒した。フェネックが諦めてなければ、また、迷惑を掛けるかもしれないわ」
それが、デティは一番怖いのだ。次は、今回ほどうまく止められるとは限らない。
言い合う二人を傍らで見ていたヴィスコンティが、溜め息を吐く。そして、言い合いを続ける二人に割って入った。
「仲がよろしいようで結構なのだが、これでは話がすすまないよ。ラウルがちゃんと言わないのがいけないが、デティもそんな否定することもないと思うんだけど?」
ヴィスコンティの言葉ではっと気がついた二人は、きまりが悪そうにお互いから目を逸らした。ヴィスコンティはそんな二人を見て続けた。
「つまりだね。我々は、デティに聖十二騎士でいて欲しいんだ。フェネックとやらの問題は置いておくとして、君に12の騎士をやめられると困るんだ。陛下もそうおっしゃった。そうだろ?」
最後の問いは、ラウルに向けられていた。
「そうだ」
「と言うことなのだが、デティ、君は聖十二騎士でいるのは嫌なのかい?」
優しく問うヴィスコンティに、デティは戸惑った。
嫌では無い。むしろ、辞めたくは無い。だが、それ以上、彼らを危険に晒し、迷惑をかけたくないのだ。
目を伏せて、困ったように答える。
「……でも、迷惑をかけるかもしれません」
「いや、それどころか、やめられる方が迷惑だな」
この言葉に、デティは驚いて顔を上げる。そしてヴィスコンティの顔を見た。ヴィスコンティの目は、言葉に反して優しくデティを見つめていた。
逆に、今度はラウルが不満気に眉を顰めた。ラウルにはヴィスコンティの言葉は、強制している言葉のように聞こえたからだ。ラウルとしては、デティには、自分で選んでもらいたかった。こうして、国に関われば、狐族に狙われる危険性が増えるかもしれない。ひいては、デティへの危険だって増える。
口出ししようとするラウルを制して、ヴィスコンティは、もう一度デティに訊く。
「デティは、我々のことが嫌いなのかい?」
「そんなことはありません!」
叫んだデティは、ヴィスコンティを戸惑いの目で見つめた。
今まで、力を知った人間たちは、デティの側からみんな離れていった。もちろん、力を恐れたものだけでは無い。政治的理由もそこにはあったのだが、デティにはわからない。
力を知っても変わらず赦してくれる人を、デティは知らない。だから、ここに居座っては我儘だと、そう、思っていたのに。
「……本当に、迷惑ではないんですか? 私が、いてもいいんですか?」
「ああ、居てもらえると非常に嬉しい」
ヴィスコンティは、にっこりと微笑んで言った。
「では、これからも、十二の騎士でいてくれるね?」
「はい」
声が震えた。涙が頬を伝う。
嬉しかった。今までの人生の中で、一番嬉しかった。力を忌避しない彼らが、必要としてくれることが嬉しかった。
だから、涙が流れた。
「デティ!?」
それを見たラウルが慌てた。デティは、そんなラウルを見て泣きながら微笑む。
「これからもよろしくお願いします」
思わぬ成り行きに、ラウルは不思議に思ったが、デティがそう言ってくれたことは、素直に嬉しかった。ラウルは頷く。
「こちらこそ、よろしく」
こうして、デティは改めて聖十二騎士に迎えられ、一連の妖魔事件は解決はした。
そして、ここが新たな竜の騎士の始まりとなる。彼女が〝12の騎士〟の本当の仕事は別にあることを知らされるのは、このすぐ後のことだった。
第一章 完
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