聖十二騎士 〜竜の騎士〜

瑠亜

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第一章

1の騎士と兄の想い

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 前国王には、王妃との間に現国王とその弟、現在は他国に嫁いでいるミリア王女の三人の子供がいた。しかし、その三人とは別に、もう一人隠された王女がいたのだという。
 名はセーラ。その王女は、その存在を公にもされず、15年前に15歳という若さでこの世を去った。その際、残された子供がデティだった。
 竜姫の娘の子であるデティも、やはり普通の人ではない。そもそも、人間の子供が生まれるという手順とは全く違う形で現れたのだという。セーラ姫が亡くなった日、その遺体は無く、残されていたのが生まれたての女児。それが、デティだった。その力は、神の力。当時の最高司教でも、その力を抑えるのは困難だったという。
 そもそも、魔術は精神力を消費して行使される感情の力だ。体力と同じように、精神力にも限界は存在する。それが尽きれば死ぬこともある。その精神力が、デティの場合、人間に持てるような力ではなかったのだ。その量も威力も、軽く人間を吹き飛ばしてしまう。その上、幼子の感情は制御が効かない。結果、当時の国王は、ファニス導師に頼み、デティの力に封印を施した。
 ただ、封印は完全ではなく、長く持つものでもなかったらしい。人間程度の魔力は封印下でも使用できたため、幼いうちは魔道具でも封じられていた。さらに、成長するにしたがって封印は解け、今ではほぼ全ての力をデティは使用できるようになっているらしい。それでも、成長とともに感情を制御することができれば、問題ないと導師は言ったのだという。現に今回、ルシスに対して力を暴走させることなく、対処してみせた。
 ただ、強すぎる力は、ルシスもそうだったが、周りに忌避される。理解されるのは難しい。それでも、人ではない力を隠しながら、人の中で生きていかなければならないということは、非常につらいことだろうと思う。今回の件で、ラウルは改めてそれを思い知った。
(神の力を持つと言っても、彼女は、たった15歳の少女なんだ……)
「ん? 何?」
 いつの間にか、デティをじっと見ていたらしい。デティが、不思議そうにラウルを見ていた。先程より顔色は戻り、大分体調も回復したらしい。
「いいや、なんでもない」
 ラウルは苦笑して答えた。デティはそれでも首をかしげていたが、そうしているうちに馬車が止まった。
「着いたみたいだな」
 ラウルは、そう言うと、御者を待たずに扉を開ける。そして、先に馬車から降りるとデティに手をかした。ラウルの手を借りて、デティが馬車から降り、屋敷の扉の前に立ったとき、突然、その扉が凄い勢いで開いた。
「うわっ!」
 重そうな扉が、そのすぐ側にいたラウルに、ぶつかりそうになるくらいの勢いで開いたのだ。目を丸くするラウルだったが、デティは、何故か、げんなりしているようだった。その様子をラウルが何故と問うよりも先に、先程、扉を開けた張本人が、扉の目の前にいたデティに抱き付いた。
「デティ!!」
 その青年は、苦しいだろう、と思うほど強くデティを抱き締めた。
「一体どこへ行っていたんだ。本当に心配したんだよ!!!! 御者は、君が変な男達に連れてかれたなんていうし、君が誰かのところへ、無断で行くはずもないし。それに、デティは可愛いから、無理やり連れてかれたなんてことになったら、僕はどうしたらいいんだ。本当に無事でよかった。でも、一体どこに行っていたんだい?もしかして、男のところ?!デティは、まだ15歳だろ? 彼氏なんかもつには、まだ早いよ。それに変な奴につかまりでもしたら……」
「兄様」
 止まりそうもない怒涛の言葉を、デティは慣れたようにその人物を呼んで止めた。〝兄様〟と呼ばれた青年は、ぴたりと言葉を止めて腕の中のデティを伺った。
「ん、何だい? デティ」
「離してくださいません? 苦しいのですけど」
「ああ。ごめん」
 呆れた声でいうデティに、抱き付いていた青年は、今気付いたように、体を離す。
「それにしても、デティ、どうしたんだい? こんな時間まで」
「それは……」
 デティが十二の騎士だということは、あくまで秘密である。それは、勿論、ブルーフィスの家族にもだ。当主である公爵は知っているはずだが、それ以上は誰に話していいのかわからず、デティは、ラウルの方へ目をやる。
 その視線を追って、青年がその場に立ち尽くしているラウルに気付いた。
「おや?」
 青年は、そう言って眉を寄せた。ラウルも、少しばつの悪い顔をする。青年の事は、少なからず知ってるが、あまり仲がいいとは言えない。しかし、こうなった以上は挨拶くらいしていかねばならない。意を決して、ラウルは口を開いた。
「やあ、クラスト」
「ラウル・ローゼル?なぜ君がここにいる?」
 まさに、敵意をむき出した物言いに、ラウルは思わず苦笑する。
「デティを送り届けただけだ」
 その反応が気に触ったのか、クラストは、デティに向かって言った。
「デティ、中に入ってなさい」
「兄様……?」
 あまり穏やかでない様子に、デティが不安そうな声をあげる。しかし、クラストは、首を振った。
「いいから、家に入っていなさい」
 もう一度言われ、何の反論も出来ず、デティは仕方なしに、家に入った。デティが、家に入った事を確認したクラストは、ラウルの方を向く。
 クラストに睨まれて、ラウルは困ったように肩を竦めた。
「ラウル。なぜ君が、デティを送ってくるんだ?」
「別に深い意味はない。俺は、城から帰るついでに彼女を送り届けただけだ」
「城、だと?」
 クラストの反応で、ラウルは口走った事に気がついたが、すでに遅い。
「何故、デティが城に行く必要がある?」
「それは……」
 ラウルは言葉を濁した。
「言え。何故だ?」
 クラストは譲る気がないらしい。嘘を突き通す自信もない。ラウルは苦い溜め息を漏らした。
 デティの事は、ブルーフィス公爵にも伝わっているはずだ。どんな形にせよ、クラストが知るのも時間の問題だろう。
「……彼女は、12の騎士に任ぜられた」
 ラウルは観念したように告げた。
「12の騎士、だと……?」
 ラウルの言葉を聞いたクラストは、驚き、呟く。あまりの驚き様に、ラウルの方が驚いたぐらいだった。
「そうだ。公爵の方にも、話はいっているはずだ」
 驚きはしても、聖十二騎士になることは、名誉な事である。しかし、クラストは、ラウルの予想に反して、怒りを見せた。
「……お前らは、あの子をなんだと思ってる?」
 視線が現実に見えるならば、思い切りラウルを突き刺していただろう。それほど強く、ラウルを睨付けて、押し殺した声でクラストは言った。
「扱い切れず、危険視し、捨てておきながら、自分達の都合で必要になったから名誉を与える? あの子が、今までどんな思いで生きてきたか、分かってるのか? ふざけるな」
 クラストの言葉を聞き、ラウルは眉を寄せた。
「……何故、力のことを?」
 それは、限られた人間しか知らないはずだった。
「一緒に暮らしていて、気付いていないとでも思っているのか?
 あの子が、家に来た時の事をよく覚えている。そして、誰よりも近くであの子を見てきたんだ。あの子が、あの力のせいで、どれだけ傷ついたか、どれだけのものを背負ってきたのか。お前らに分かるものか」
 怒りを押さえ付けながら、クラストは告げた。
「帰れ」
「……クラスト」
「帰れ。僕の前から消えろ」
「……」
 ラウルには何も言えなかった。
 言われなくても、その矛盾は承知していた。幼い頃、一度は王家から出された彼女に、力が必要だからと騎士の任を任せるのは、国のためといえ、彼女の意思を無視している。だから、それを言われるとラウルには返す言葉がない。
 クラストが怒るのも無理ない、と思う。妹を大事に思っているのならなおさらだ。
「……分かった、帰るよ」
 そう言って、背を向けたラウルを、クラストは、じっと睨み付けている。
 その視線を感じながら、何とも言えない思いで、ラウルは、馬車に乗り込んだ。

------

「兄様、あんまりですわ!」
 家に入ってきたクラストに向かってデティは、言った。どうやら、ラウルとクラストの会話を扉の内側で聞いていたらしい。
「デティ……」
「あれでは、ラウルに失礼です!」
「でも、君のためなんだ。騎士なんか、やってはいけない」
「兄様!! 何故です?!」
 デティは騎士の任務について、クラストに否定されるとは思わなかった。何故なら、この力を使う方法を、魔術の基礎をデティに教えてくれたのはクラストなのだから。
 しかし、クラストは厳しい表情を崩さず、デティを見る。
「その力が、どんなものか分かっているだろう。君の母君だって、そんなこと、望まないよ」
「兄様のばか!!」
 デティは叫んだ。それの声の大きさに、クラストは目を丸くした。
「母様の事、知らないくせに、勝手な事言わないで!!」
 そう言って、デティは部屋へと駆け出す。
「デティ!」
 クラストの呼び止めも聞かず、デティは振り返らず、あっと言う間に行ってしまった。クラストは、デティが見えなくなると、扉に寄り掛かって、座り込んだ。
「まったく」
 デティのためとはいえ、余計なことを言った自分がいやになる。あのタイミングで母親のことなんて出すべきでなかった。
「……ばか、か」
 いくら自分がいけないとはいえ、直接そう言われると結構つらい。
 デティの母親は、もちろん、クラストの母親とは違う。クラストは簡単に言ったわけではないが、事情を知らないデティにそう取られても無理はない。
「……守るって約束したのに」
 クラストは、悲しそうに笑ってぽつりと呟いた。思い浮かべたのは、15年も前の微笑み。
「……僕はどうしたらいいのかな、セーラ」 
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