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留守番
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「しばらく家を空けるよ」
ケイの言葉に、サクは一瞬戸惑った。
「……わかったわ」
そう答えることしかできなかった。言いたいことはたくさんあったけど、全て飲み込んで。
ケイが出て行った後、サクはひとり片付けをして、すぐに寝た。次の日も、その次の日も、サクはひとりで起き、ひとりで過ごし、ひとりで食事をした。
ひとりで居ると、ほとんど喋る事もない。聞こえるのは、森の音だけ。それにこの家は、ひとりで居るには少々大きい。
どうしても、寂しさを感じてしまう。
食卓の椅子にひとりで座ってお茶をしていると、不意に目の前の椅子に座る人がいた。
普段はケイの席であるそこに座ったのは、少し目つきの悪い男。でも、その男はとても優しい。
今だって、寂しそうにしていたサクに気づいて姿を現したのだろう。
「なぁ、人間」
「何かな、使い魔さん」
「俺はお前の使い魔じゃねぇ」
「私も、人間なんて名前じゃないわ」
「お前なんか、人間で十分だ」
いつも通りの応酬。
この使い魔の主人はケイだ。ケイは、この使い魔をユエと呼ぶ。ただ、サクがそう呼んでもいいか、と聞いたら、名前は大事なものだから、お前はダメだと断られた。また、サクの名前も、この使い魔は呼んでくれない。
妙なこだわりがあるらしく、打ち解けるにはまだまだ時間がかかりそうである。結果、この応酬が挨拶がわりになっているのだ。
「なんで、何も言わずに行かせたんだ?」
「何を言う必要があるの?」
「だって、お前、主に行って欲しくなかったんだろう? なんでだ?」
それは、そうだ。
だけど。
「言っても何も変わらないから」
そう言って、サクは立ち上がる。
「私には、あの人の苦しみはわからない。でも、私が言った我儘で、あの人が苦しんでいたのはわかった。だから、もう言わないわ」
出ていけと言われない限りは、そばにいたい。
ただ、それだけがサクの願いだ。
それを聞いた使い魔は、理解できないというように首を傾げた。そして、暫く考えたあと、難しい顔をして言った。
「お前も、主も、頑固だな」
その声を聞きながら、サクはお茶を片付け始めた。その時、ふと玄関の方で物音がした。
ケイが帰ってきたのだろう。居間と玄関の間には、仕切りがあるので直接は見えない。出迎えようと思って、サクは玄関へと向かった。
しかし、玄関が見えたところで、サクの足が止まる。
「誰……?」
そこにいたのは、見知らぬ男たち。その手に見えたのは、銀色のナイフ。
その瞬間、なだれ込んできた男たちが、サクに襲いかかった。
「おい! 何だお前らっ!」
異変に気付いた使い魔が駆け寄ってくる。サクは突然のことに悲鳴もあげられない。間一髪、使い魔に腕を引かれて、襲いかかってきた男のナイフを避けた。
「逃げるぞっ!」
そのまま、使い魔に腕を引かれて居間に戻ってきたサクの後ろを、男たちは部屋を荒らしながら追ってくる。
何なのか、全くわからない。
でも。
振り返ったサクは、花を差した花瓶が棚から落ちて割れるのを見た。
ここは、ケイの家だ。荒らされて良いわけがない。
「やめて!」
使い魔の手をすり抜けたサクは、叫んで男の腕に飛びついた。
「馬鹿、やめろっ!」
使い魔が叫ぶが、サクには聞こえない。
男は腕につかまったサクを振り払う。反動で、サクは食卓の椅子にぶつかり倒れ込んだ。大きな音を立てて、椅子が倒れる。
倒れたままのサクに、男が覆いかぶさるように襲いかかる。その手の中には、銀色のナイフ。
駆け寄ろうとした使い魔を別の男が阻む。
その間に男が振り下ろされたナイフの刃が、サクの腹に刺さる。それを目の端に捉え、舌打ちした使い魔は、男たちを蹴散らした。サクを刺した男も一緒に張り倒した。
腹を押さえたサクの様子を見て、使い魔は逃げることを諦めた。
サクを守るように男たちの前に立つと、襲いかかってくる男たちを、次から次になぎ倒す。その気になれば、この使い魔は普通の人間の男よりも断然強い。数人でかかってきた男たちを全て倒して見せれば、他の男たちも攻撃を戸惑った。
「お前らが何なのかは知らないが、とっとと消えろ」
殺気を込めて睨みつければ、押し入ってきた十数人の男たちは倒れた仲間を引きずって、逃げるように去っていった。男たちが完全に去ったのを確認して、使い魔は倒れたままのサクに駆け寄った。
刺された腹からは血が溢れている。
かなり深く刺さったらしい。白い手を真っ赤に染めて、傷口を押さえたサクは、笑みを浮かべて言った。
「やっちゃった……」
「馬鹿が! 何であんな無茶を……」
思わず声を荒げた使い魔に、サクは血の気が引いていつも以上に白くなった顔で笑って答える。
「だって、留守番だから」
「え?」
「ケイが留守の間は、守らなきゃ」
その言葉に、使い魔はすぐに返せなかった。サクのそばに膝をつき、怪我の程度を確認して、唸るように言った。
「……それで、お前が怪我してどうする」
「はは、怒られる、……ね」
そのまま、疲れたように息をついて、サクが目を閉じる。慌てて、使い魔は叫んだ。
「おいっ! 寝るなっ」
うっすらとサクが反応したのを確認して、使い魔は立ち上がった。
「主を呼んでくる! それまで死ぬな」
「……無茶、言うなぁ」
薄く笑うサクの言葉には、力がない。
「サク!」
焦った使い魔は、思わず呼んでしまった。その声を聞いて、目を開けたサクは本当に嬉しそうに笑った。
「……名前、うれしい、な」
「俺の名前も呼ばせてやるから、それまで死ぬなよ!」
言い捨てて、使い魔は蝙蝠の姿に変わると、月のない夜空に飛び出していった。
ケイの言葉に、サクは一瞬戸惑った。
「……わかったわ」
そう答えることしかできなかった。言いたいことはたくさんあったけど、全て飲み込んで。
ケイが出て行った後、サクはひとり片付けをして、すぐに寝た。次の日も、その次の日も、サクはひとりで起き、ひとりで過ごし、ひとりで食事をした。
ひとりで居ると、ほとんど喋る事もない。聞こえるのは、森の音だけ。それにこの家は、ひとりで居るには少々大きい。
どうしても、寂しさを感じてしまう。
食卓の椅子にひとりで座ってお茶をしていると、不意に目の前の椅子に座る人がいた。
普段はケイの席であるそこに座ったのは、少し目つきの悪い男。でも、その男はとても優しい。
今だって、寂しそうにしていたサクに気づいて姿を現したのだろう。
「なぁ、人間」
「何かな、使い魔さん」
「俺はお前の使い魔じゃねぇ」
「私も、人間なんて名前じゃないわ」
「お前なんか、人間で十分だ」
いつも通りの応酬。
この使い魔の主人はケイだ。ケイは、この使い魔をユエと呼ぶ。ただ、サクがそう呼んでもいいか、と聞いたら、名前は大事なものだから、お前はダメだと断られた。また、サクの名前も、この使い魔は呼んでくれない。
妙なこだわりがあるらしく、打ち解けるにはまだまだ時間がかかりそうである。結果、この応酬が挨拶がわりになっているのだ。
「なんで、何も言わずに行かせたんだ?」
「何を言う必要があるの?」
「だって、お前、主に行って欲しくなかったんだろう? なんでだ?」
それは、そうだ。
だけど。
「言っても何も変わらないから」
そう言って、サクは立ち上がる。
「私には、あの人の苦しみはわからない。でも、私が言った我儘で、あの人が苦しんでいたのはわかった。だから、もう言わないわ」
出ていけと言われない限りは、そばにいたい。
ただ、それだけがサクの願いだ。
それを聞いた使い魔は、理解できないというように首を傾げた。そして、暫く考えたあと、難しい顔をして言った。
「お前も、主も、頑固だな」
その声を聞きながら、サクはお茶を片付け始めた。その時、ふと玄関の方で物音がした。
ケイが帰ってきたのだろう。居間と玄関の間には、仕切りがあるので直接は見えない。出迎えようと思って、サクは玄関へと向かった。
しかし、玄関が見えたところで、サクの足が止まる。
「誰……?」
そこにいたのは、見知らぬ男たち。その手に見えたのは、銀色のナイフ。
その瞬間、なだれ込んできた男たちが、サクに襲いかかった。
「おい! 何だお前らっ!」
異変に気付いた使い魔が駆け寄ってくる。サクは突然のことに悲鳴もあげられない。間一髪、使い魔に腕を引かれて、襲いかかってきた男のナイフを避けた。
「逃げるぞっ!」
そのまま、使い魔に腕を引かれて居間に戻ってきたサクの後ろを、男たちは部屋を荒らしながら追ってくる。
何なのか、全くわからない。
でも。
振り返ったサクは、花を差した花瓶が棚から落ちて割れるのを見た。
ここは、ケイの家だ。荒らされて良いわけがない。
「やめて!」
使い魔の手をすり抜けたサクは、叫んで男の腕に飛びついた。
「馬鹿、やめろっ!」
使い魔が叫ぶが、サクには聞こえない。
男は腕につかまったサクを振り払う。反動で、サクは食卓の椅子にぶつかり倒れ込んだ。大きな音を立てて、椅子が倒れる。
倒れたままのサクに、男が覆いかぶさるように襲いかかる。その手の中には、銀色のナイフ。
駆け寄ろうとした使い魔を別の男が阻む。
その間に男が振り下ろされたナイフの刃が、サクの腹に刺さる。それを目の端に捉え、舌打ちした使い魔は、男たちを蹴散らした。サクを刺した男も一緒に張り倒した。
腹を押さえたサクの様子を見て、使い魔は逃げることを諦めた。
サクを守るように男たちの前に立つと、襲いかかってくる男たちを、次から次になぎ倒す。その気になれば、この使い魔は普通の人間の男よりも断然強い。数人でかかってきた男たちを全て倒して見せれば、他の男たちも攻撃を戸惑った。
「お前らが何なのかは知らないが、とっとと消えろ」
殺気を込めて睨みつければ、押し入ってきた十数人の男たちは倒れた仲間を引きずって、逃げるように去っていった。男たちが完全に去ったのを確認して、使い魔は倒れたままのサクに駆け寄った。
刺された腹からは血が溢れている。
かなり深く刺さったらしい。白い手を真っ赤に染めて、傷口を押さえたサクは、笑みを浮かべて言った。
「やっちゃった……」
「馬鹿が! 何であんな無茶を……」
思わず声を荒げた使い魔に、サクは血の気が引いていつも以上に白くなった顔で笑って答える。
「だって、留守番だから」
「え?」
「ケイが留守の間は、守らなきゃ」
その言葉に、使い魔はすぐに返せなかった。サクのそばに膝をつき、怪我の程度を確認して、唸るように言った。
「……それで、お前が怪我してどうする」
「はは、怒られる、……ね」
そのまま、疲れたように息をついて、サクが目を閉じる。慌てて、使い魔は叫んだ。
「おいっ! 寝るなっ」
うっすらとサクが反応したのを確認して、使い魔は立ち上がった。
「主を呼んでくる! それまで死ぬな」
「……無茶、言うなぁ」
薄く笑うサクの言葉には、力がない。
「サク!」
焦った使い魔は、思わず呼んでしまった。その声を聞いて、目を開けたサクは本当に嬉しそうに笑った。
「……名前、うれしい、な」
「俺の名前も呼ばせてやるから、それまで死ぬなよ!」
言い捨てて、使い魔は蝙蝠の姿に変わると、月のない夜空に飛び出していった。
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